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「しなやかな地方移住」で選択肢は広がる

2017年09月03日 公開
2022年07月04日 更新

藻谷浩介(日本総合研究所主席研究員)

「東京一極集中」は幻想に過ぎない!

「大都市には仕事があるが、地方は仕事がなく暮らしていけない」「大都市=繁栄、地方=衰退」……。いまだに多くの人がそう思い込んでいる。だがそれは大きな誤解であり、むしろ大都市に住み続けることのほうがリスクになるかもしれないと指摘するのは、人気エコノミストの藻谷浩介氏だ。都市と地方の現状と、地方移住の可能性についてうかがった。

 

「首都圏=若者」「地方=高齢者」のウソ

「たくさんの若者が流入し繁栄する首都圏と、高齢者ばかりが残り衰退する地方」──日本の現状をそうした図式で捉えているならば、今すぐ認識を改めるべきだろう。高齢化の問題が深刻なのは、むしろ首都圏のほうだからだ。

 15歳以上65歳未満の人口のことを「生産年齢人口」という。いわば「現役世代」である。2010年から15年の間に、日本全体では100万人近く人口が減ったにもかかわらず、首都圏一都三県だけは人口が51万人も増えた。増えたうちの42万人は、地方から新たに首都圏に流れ込んだ現役世代だ。これだけみれば、首都圏の一人勝ちと思うのも無理はない。

 しかしこの間、首都圏の生産年齢人口は75万人も減少していたのである。14歳以下の子供の数も7万人減り、65歳以上の高齢者だけが134万人も増えていた。首都圏で年々空き家や空き室が増加しているのも、首都圏本拠の大手スーパーや飲食チェーンの中にも経営不振に陥る例が後を絶たないのも、これが理由だ。

 このようなことが起きた理由は、いわゆる「団塊の世代」がいっせいに65歳以上になったからだ。首都圏在住者だけでもその数実に269万人。高度成長時代に地方から大量に流入してきた方々である。これに対し新たに15歳を超えた首都圏の若者は152万人と、団塊世代の半分少々しかおらず、地方から流入した現役世代を加えても、75万人の減少となってしまったわけだ。

 そもそも首都圏の出生率は、全国でも最低レベル。いくら他地域から現役世代が流入しても、彼らの次世代が育たないので、生産年齢人口は減っていく。他方で流れ込んだ層は、ほとんどが首都圏に残って続々高齢者となっていく。

 高齢者の増加は、医療分野や福祉分野の支出の増大を招き、自治体の財政を逼迫させる。子育て支援に予算を振り向ける余裕がなくなり、出生率は回復しない。これが首都圏の現状である。

小さな島で実現している「持続可能な社会」

 これに対して地方では、高齢者がほとんど増えていない自治体や、減り始めた自治体が続々登場している。高度成長期に当時の若者、つまり団塊の世代を大量に都市部に流出させてしまったぶん、新たに高齢者になる人数が少ないからだ。多くの過疎自治体では、医療費や福祉費が予算を下回り始め、そのぶんを子育て支援などに回すことが可能になり始めている。子育て環境をアピールして、若い世代の流入を増やしている自治体も増えてきた。

 その代表例が島根県の隠岐島にある海士町。この町では地域活性のためのさまざまな取り組みが行なわれており、たとえば子育て支援では、出産準備金出産祝い金の支給、子供の医療費助成などが実施され、成果を上げている。

 海士町では、最近5年間に、どの世代の人口も横ばいという状況が実現した。過疎の離島なのでそもそも高齢者が圧倒的に多いのだが、出生率は2を大きく上回っており、子どもが減らなくなったので、これ以上の学校統廃合は必要ない。高齢者も増減していないので、医療福祉負担は増えないし、かといって既存施設もつぶれない。生産年齢人口が横ばいなので、数少ない商店や居酒屋も潰れない。まさに「持続可能な社会」を実現しているのだ。

 もちろん地方のほとんどの市町村は、まだ海士町のように成功しているわけではない。貴重な予算を子育て支援に回さず、道路の整備にばかり充てているような自治体は、早晩衰退の一途を辿っていくだろう。ただし、海士町に続く自治体がいくつも出てきているのも事実。少なくとも「高齢化で衰退する地方」という視点がいかに一面的か、おわかりいただけただろう。

「地方には仕事がない」というのは明らかな誤解

 みなさんが大企業のトップに上り詰めようとでも思っていない限り、高齢者の増え続ける大都市に住み続けるよりも、海士町のような持続可能性の高い地方を見つけて移住することを私はお勧めする。ただ、こう言うと必ず「地方には仕事がない」と反論する人がいるが、これも事実に反している。

 都道府県別の失業率を見てみれば一目瞭然で、東京都や大阪府、福岡県といった大都市圏のほうが高い傾向にある。地方でも高止まりが続いている県もあるが、福井県や和歌山県、島根県など低失業率を維持している県も多い。つまり、「地方=仕事はない」というのは、完全な先入観なのだ。たとえば福井県はハイテク産業の集積地であり、福井大学工学部の卒業生は、地元では引く手あまたである。また共働き率が高いこともあり、勤労者世帯あたりの現金収入は全国1位。ところが、福井に住んでいる人でさえ「地元には仕事がない」と思い込んでいるため、人口流出が止まらない。だから常に人手が足りず、失業率も低いのだ。

 実は、福井のように地元民が地域の魅力を理解していないケースは少なくない。ここに、都市圏から地方に移住する意味がある。外から来た人材だからこそ、地元の魅力を客観的に理解できる。あとは地元の人とうまくコミュニケーションを取ることで、大都市圏や世界を相手にその魅力を発信することも可能になるだろう。複数の仕事で食べていくという発想も

 とはいえ、めぼしい産業が存在しない地域も確かに存在する。「そんなところで本当に食っていけるのか」と不安に感じる人がいるのも無理はない。

 そこで、先日講演に行った長崎県平戸市で出会った、ある若者を紹介したい。平戸市は人口約3万人で人口減も激しい。そんな中、この地に移住をしてきた彼はネット通販の古書店を運営しながら、近隣の人から大工仕事などさまざまな頼まれごとを、少額の手間賃、あるいは取れた野菜をもらうことなどで請け負っているのである。つまり、1つの職業だけで稼ぐのではなく、自分の持てる技術を総動員し、工夫して生計を立てるという発想なのだ。

 元々、家賃は低い。余るほどの作物を栽培している農家も多く、こうした人たちときちんと関係を作れば、頻繁に野菜やお米を分けてもらえる。年収200~300万円程度の収入があれば十分食べていけるだろう。老後も国民年金だけで十分生活できる。

 ただし、そのためには平戸の若者のように、積極的に地元民に関わっていくコミュニケーションスキルと、自分の持つスキルをフルに活用し、受けた恩恵を別の形で返していくという姿勢が欠かせない。与えられた仕事を黙々とこなすのが得意なタイプにとっては、少々難しいかもしれない。

 ただ、うまくいかなかったら引っ越せばいい。地方といっても千差万別であり、人によって向き・不向きがあるのは当然だ。子供が小さいときだけ、子育てがしやすい地方に移住するという発想もあるだろう。そんな「しなやかな」考え方で、地方移住をぜひ人生の選択肢の一つに加えていただきたい。

 

取材・構成 長谷川 敦

 

『THE21』2017年8月号より

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