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人工知能が仕事を奪う「Xデー」は2026年か?

2018年06月19日 公開
2023年07月31日 更新

【連載】「AI失業」前夜(第3回)鈴木貴博(経営戦略コンサルタント)

それでもまだ「仕事が消えない」理由

さて、そこで問題にしたいのは「なぜその後、人知を超えた人工知能がまだ限られた分野でしか出現していないのか?」ということである。

2015年にグーグルの「アルファ碁」が世界最高峰のプロの囲碁棋士を打ち破ったことは人類に衝撃を与えた。しかしアルファ碁は2017年に引退し、どこかへ消えてしまった。なぜアルファ碁は引退したのだろう? そして人知を超えた人工知能はいったいどこに潜伏しているのだろう?

ディープラーニングの技術を用いれば、専門領域の仕事を人工知能に置き換えるのは比較的短期間で達成できる目標だと言われている。弁護士、会計士、行政書士といった士業の仕事や、内科医のような診断の仕事、多くの銀行業務などは、早い段階で人工知能にとって代わられると考えられてきた。

人工知能の能力をもってすれば、給料の高いナレッジワーカーと呼ばれる専門家の仕事のほとんどは消えていくのではないかと言われてきた。なのにまだ、そのような話は現実的には聞かれない。何かが間違っているのか、それとも何かの事情があるのだろうかと不思議に思われる方もいらっしゃると思う。

実は「ある事情がある」から、まだ弁護士も医者も仕事として成立しているのだ。その何かの事情には二つある。

その一つは学習する人工知能の開発においては、まだいくつか乗り越えなければならない研究テーマが残っているということだ。東京大学の松尾豊特任准教授によれば、人工知能はまず、自分の行動が引き起こす結果を学べるようになる必要がある。

そのためにはPDCAを学べるようになったり、フレーム問題と呼ばれる人工知能の技術的問題を乗り越える必要がある。具体的に言えば「完璧な金融商品トレーダー」の人工知能は、この問題を乗り越えて初めて出現するわけである。

また「行動を通じて経験を蓄積する」という課題もある。ガラスのコップを落とすと割れるが、プラスチックのコップは割れにくい。そうした経験を経て「ガラスを扱うときには気をつける」ことを人工知能が自ら学べるようになる必要がある。

さらにその先に言語の学習ができるようになるというゴールがある。ここまで人工知能の学習能力が到達すると、あとはナレッジワーカーの仕事の置き換えは一気に進むことになる。

 

研究者に対してコンピュータが足りない!?

では、人工知能の研究者がどれくらいのペースで研究を進めれば、そこに到達できるのか。ここに実は二つ目の現実的なボトルネックが存在している。日本の人工知能の研究者がこういった研究を進めようとすると、大型コンピュータの処理能力を確保するのが大変なのだ。

アルファ碁レベルの人工知能を開発しようとしたら、世界でも最先端の巨大なハードウェアを必要とする。現在「京」はやや順位を落として、世界10位である。言い換えると、世界には「京」を上回るハードウェアが9台ある。1位と2位は中国、アメリカが4台、日本が3台、スイスが1台。これが「人間の脳を超えるスピードで計算処理できるコンピュータ」の台数である。

アルファ碁が囲碁の対戦から引退した理由は「世界にはもっと研究しなければいけない他のテーマがたくさんあるから」なのだ。2018年現在の世界では、たぶん、世界最高峰の能力を持ったコンピュータの台数よりも、世界最高峰の人工知能の開発競争を目指す科学者の人数のほうが多い。

研究テーマもさまざまで、自分の研究テーマを先に進めるためには巨大なコンピュータの利用時間のすきまを確保するか、ないしはそれよりも性能の低い汎用型の高性能コンピュータでできる範囲内の研究をするかのどちらかである。年間予算数億円の研究者はそのような制約の下で研究を進めている。

例外はグーグルとアマゾン、マイクロソフトと中国だ。年間1兆円規模の研究開発投資を投下して人工知能の研究を進められるのは、世界では彼らだけである。

そこでは世界最高水準の研究者らが集められ、ふんだんな研究開発予算を元に、巨大コンピュータを自由に使いながら自分の研究を進められるといううらやましい環境の下で、人工知能の開発が進められている。

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著者紹介

鈴木貴博(すずき・たかひろ)

経営戦略コンサルタント

東京大学工学部卒。ボストンコンサルティンググループ等を経て2003年に独立。過去20年にわたり大手人材企業のコンサルティングプロジェクトに従事。人工知能がもたらす「仕事消滅」の問題と関わるようになる。著書に『仕事消滅』(講談社)、『戦略思考トレーニング』シリーズ(日本経済新聞出版社)他があり、後者は累計20万部超のベストセラー。経済評論家としてメディアなど多方面で活動している。

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