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【今週の「気になる本」】『この世の果て』

2018年07月13日 公開

野島伸司著/幻冬舎文庫

「無償の愛」は幻想か、それとも……

脚本家・野島伸司によるドラマが、ネット配信によって再評価されているという話を聞いた。Huluの『雨が降ると君は優しい』や、dTVの『パパ活』などが人気だという。BPOやスポンサーへの「忖度」からよく言えば健全に、悪く言えば薄味になる傾向の地上波ドラマに比べて、ネットでは規制が緩いために自由にできるのだそうで、そんな中で面白いと言われているとか。

確かに、1990年代の野島伸司作品は、今となっては地上波で放送できるものではなさそうだ。でも私は大好きだった。『高校教師』『人間・失格~たとえばぼくが死んだら』『聖者の行進』など名作が多く、重苦しいテーマと薄暗い雰囲気、登場人物を数々の不幸が襲う展開など、独特の持ち味があった。過激なシーンも多かったが、どの作品にも社会問題や人間の業の深さについて考えさせるようなメッセージが込められていたと思う。「テレビがつまらなくなった」と言われて久しいが、やはり何でもかんでも規制すればいいというものではないと思う。

前置きが長くなったが、そのような経緯で過去の作品を観たくなったものの、むかしのドラマを今観る手段は限られるので、ノベライズでも読んでみようかといくつか入手した。そのうちの1冊が、この本である。実際に読んでみるとドラマの脚本をいい具合に小説に変換したような文章で読みやすく、懐かしい記憶の扉が開いた。個人的には前述した3作品が特に記憶に残っていたが、改めて読んでみて「こんな話だったっけ」と一番驚いたのは本作だった。野島伸司作品の中でも最も暗くて壮絶で、救いがないドラマだったのではないだろうか。この作品の魅力は、大人になった今だからこそ伝わるものがあった。

ヒロイン・砂田まりあ(鈴木保奈美)は郵便局員とホステスの仕事を掛け持ちして働く。子供の頃に自分が起こした火事のせいで妹のなな(桜井幸子)が失明し、そのことで自分を責め続け、目を治すための手術費用を貯めようとしているのだ。まりあはある日、目の前でひき逃げに遭い負傷した男・高村士郎(三上博史)を助ける。士郎は世界的に有名なピアニスト。しかし、まるで自分を「ピアノを弾く機械」のようだと感じ、現状に不満を持っていたため、記憶喪失になったふりをしてまりあと暮らし始める。そのうちに彼の家族が居場所を突き止め、迎えに来るが、士郎はまりあと一緒にいるために自分の手を傷つけ、自らピアニスト生命を断つ。

……序盤のストーリーを書き出しただけでもその暗さが伝わるだろうか。その後も「これでもか」と畳み掛けるように、2人を不幸が襲う。

本作のテーマに「無償の愛」がある。よく、交際相手や結婚相手について「条件」「スペック」などという言い方をすることがあるが、そのスペックを失った相手にどこまで愛を捧げるか。自分の配偶者や恋人が拠り所としている仕事や自信を持っている長所がもしも何もなかったら、相手を好きになったかどうか。考えみると、どうだろうか。

士郎はピアニストとしては一流でも、ピアノ演奏以外のことは何もできない男だ。仕事を始めても続かず、まりあに依存し、時には「俺の手を返してくれ」と無茶なことまで言ってまりあに辛くあたる。そんな士郎をまりあは許し、やがて覚せい剤に手を出した彼を救うために、生命保険の受取人を士郎にして自殺しようとまでする。「まりあ」という名前の通り、無償の愛を貫く女性なのである。

愛する女性のために地位も名誉も収入も、何もかも捨てた男。一時的な自己陶酔によるその選択を後悔する様は、読んでいて実に痛々しい。そんな士郎に献身的に尽くす続けるまりあに対し、全く共感できない女性も多かったのではないだろうかと思う。現実にはあり得ないほどの献身と純愛。男が女より優位に立てることが何もないとき、愛は2人を繋ぎ止めるものになるのかどうか。

物語の終盤、紆余曲折を経て、まりあは大企業グループの御曹司である神矢征司(豊川悦司)と結婚することになる。しかし、披露宴会場から結婚式場にヘリで移動する間にまたひと波乱、大変なラストが待っている。

ネタバレになるが書いてしまうと、まりあは地上で見送る人たちの中に士郎の姿を見つけ、ウェディングドレス姿のままヘリから海に飛び降り、彼の元に帰るのだ。しかし、重傷を負い脳にも障害が残る。最終回のサブタイトル「未来を君に捧げる」の通り、何者でもない1人の男として、士郎はまりあを取り戻し、自分の人生をまりあに捧げることになる。

このラストをハッピーエンドと取るか、バッドエンドと取るかは、人によって異なるだろう。少なくとも私は、この後を想像して恐ろしくなった。士郎は一応、仕事を見つけたようだが、本当に暮らしていけるのか。あれだけまりあに依存していたのに、逆に支えて生きていくことができるのか。2人にとってこれが幸せな道だったのか。あのとき、士郎が自分の手を傷つけず、ピアニストに戻っていれば――。ここから先の描かれていない物語では、彼の「無償の愛」が試される。士郎のこともわからなくなってしまった何もできないまりあを、士郎は愛し続けられるのだろうか。

小説を読むとき、物語の余韻を楽しむのは好きだが、こんなに不安な気持ちで読み終える物語はなかなかない。ドラマの方も観たいと思ったのだが、VHSはあるもののDVDやBDにはなっていないようだ。今こそ、ネット配信をしてくれたら、絶対に観るのだけど。

 


執筆:Nao

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