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【今週の「気になる本」】『明日と明日』

2018年10月19日 公開

トマス・スウェターリッチ著/ハヤカワ文庫

初心者でも楽しめるサイバーパンク小説

 翻訳物のSFを時々読むのですが、よく理解できず、なんだかわからないまま読みえることが少なからずあります。特に、サイバーパンクに、そういうものが多い。

 何をもってサイバーパンクと呼ぶかは人によって違いがあるようですが、基本的に、サイバーパンクにはサイバー空間が出てきます。人が肉体を離れてサイバー空間を縦横無尽に動き回ったり、複雑なコンピューターネットワークが人間の脳と接続していたりします。それは未来の高度な技術によって可能になっているわけで、読者である我々にとっては未知のテクノロジーが登場する。その時点で、読んでいて少なからず混乱します。

 そして、私が読んだことのある範囲では、しばしば冒頭から人が死ぬ事件が起こります。主人公は、職務として、その事件の真相の解明のために動くのですが(その過程を描くことで、読者に世界観の説明もする)、実はそこになんらかの形で公権力が関わっていることが判明したりする。そこで、体制だとか反体制だとかいう話が出てくるケースがあって、それも話の構造を複雑にします(Wikipediaによれば、サイバーパンクの「パンク」は「構造・機構・体制に対する反発」を指すのだそうです)。

 さて、今回ご紹介する『明日と明日』ですが、サイバー空間のようなものが登場し、人が死んで、その真相解明に主人公が動くうちに、体制側の人間が事件にかかわっていたことが判明する、というのが大枠ですから、サイバーパンク、あるいはそれに似た小説と呼んでいいのではないでしょうか。

 ただ、他に私が読んだことのあるサイバーパンクに比べて、圧倒的に読みやすい。というのは、今よりほんの少しだけ未来という設定で、Facebookなど、登場するテクノロジーに馴染みがあるからです。どうやらリアーナやパリス・ヒルトンが現役で活躍している時代のようですし、トヨタのプリウスも出てきます。

 登場するサイバー空間(のようなもの)も、10年前に大規模な自爆テロ(〈終末〉と呼ばれる)によって失われた都市ピッツバーグをデータとして保存しているアーカイブで、人々は〈アドウェア〉というデバイス(頭に埋め込むところもサイバーパンクっぽい)を使ってアクセスする、というもの。ウェアラブル端末を使ってVR空間に入るようなものですから、イメージしやすいでしょう。

 ということで、サイバーパンクが苦手な方にも楽しんでいただける小説ではないかと思います。

 

 内容の具体的な紹介はインターネットで検索すれば出てくるので省くとして、以下は、タイトルについての推測を書きたいと思います。

『明日と明日』(TOMORROW AND TOMORROW)というタイトルから連想するのは、まず、チャイナ・ミエヴィル著『都市と都市』(THE CITY & THE CITY)でしょう。邦訳者は両方とも日暮雅通氏です。

『都市と都市』は設定がユニークなSFです。ややこしいので、大森望氏による「解説」を引用すると、以下の通り。

「『都市と都市』にも、ベジェルとウル・コーマという、まったく性格の違うふたつの都市(都市国家)が登場する。ただし本書では、ふたつの街は、地理的にほぼ同じ場所を占めている。…(中略)…ベジェルとウル・コーマのあいだに物理的な壁は存在しない。にもかかわらず、ふたつの街のあいだには厳然とした区別があり、両国の国民はたがいに相手の国が存在しないものとしてふるまわなければならない」

『明日と明日』の「訳者あとがき」によると、作者のトマス・スウェターリッチ氏は「手法を学んだ」作品の一つとして『都市と都市』を挙げているそうです。だとすれば、〈終末〉によって失われたピッツバーグとデータとしてアーカイブされているピッツバーグの関係を、ベジェルとウル・コーマの関係になぞらえて、”〇〇 AND 〇〇”というタイトルにしたと考えられるのではないでしょうか(短絡的すぎるか)。

 もしそうだとしても、なぜ「〇〇」に「明日」を入れたのか? 作中でも「訳者あとがき」でも触れられていないので、「tomorrow and tomorrow」とグーグルの検索窓に打ち込んでみると、検索予測で「tomorrow and tomorrow and tomorrow」というものが出てきました。シェークスピアの『マクベス』で、主人公マクベスが夫人の訃報に接して発するセリフだということで、坪内逍遥は「明日が来り、明日が去り、叉来り、叉去って、『時』は忍び足に、小刻みに、記録に残る最期の一分まで経過してしまう」と訳しているようです。

 スウェターリッチ氏は文学と文化理論で修士号を取っているということですし、作中には様々な文学作品からの引用がありますから、『マクベス』も知っているでしょう。とするならば、マクベスのセリフの「記録に残る最期の1分」に〈終末〉を重ね合わせて、タイトルをつけたのではないか。『明日と明日』の主人公は〈終末〉で妻を亡くしていますし。

 しかし、ちょっとググればわかるこんなことが「訳者あとがき」で触れられていないということには、何かしらの理由があるのか……。

 

 最後に、本書に登場する、プリウス以外の日本要素について。サイバーパンクの古典的名作とされるウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』に「チバ(千葉)・シティ」が登場するなど、サイバーパンクには日本のモノがよく登場するのですが、『明日と明日』には、チェコ語の吹き替え付きの『風雲! たけし城』が出てきます。そういうところも親しみやすい小説。


執筆:S.K



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