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日本のサブスク市場を切り拓いたアドビの営業力

2019年11月11日 公開

神谷知信(アドビ システムズ〔株〕専務執行役員)

ローカルな商習慣を尊重し、丁寧な説明に徹した

 

 今やすっかり耳慣れた言葉となった「サブスクリプション(サブスク)」。音楽や動画といったソフトのみならず、衣料品や自動車など、多岐にわたるジャンルでサブスクのサービスが次々と登場している。そのサブスクのクラウドサービスで先駆けとなったのがアドビであり、クリエイティブおよびドキュメントソリューションのビジネスを率いた現・専務執行役員の神谷知信氏だ。いったい、どのようにしてサブスクを日本に定着させたのだろうか。

 

 AcrobatやPhotoshop、Illustratorなどで知られる米国企業・アドビは、これらのソフトウェアをパッケージにし、一度購入すれば永続的に使えるAdobe Creative Suiteを販売していたが、2012年にそれをサブスク化したAdobe Creative Cloudを発表。米国では一気にAdobe Creative Cloudへとユーザーが移った。

 しかし日本では、米国と同時にAdobe Creative Cloudがリリースされたものの、なかなか浸透しなかった。

 そして、2014年にパッケージ版のAdobe Creative Suiteの販売が終了。これにより、アドビは重要な市場である日本での売上を落としてしまう。神谷氏がアドビに入社したのは、そんな時期だった。

 

「米国や英国、豪州などと違い、日本の市場では流通の力が強いのが特徴です。当社も、当時はエンドユーザーへの直販はごくわずかで、ほとんどがパートナーを通して商品を流通させるビジネスでした。パートナーの中には、販売終了前にAdobe Creative Suiteを買い込んだところもあったこともあり、2014年の後半は売上げが伸びず、苦戦を強いられていました」(神谷氏)

 

 パートナーにサブスクへの理解を求めても、「リースなの?」「レンタルなの?」と聞かれる状況だったという。

 

「『いったい何が目的なんだ!?』と怒られることもありました。パッケージの価格よりもサブスクの月額のほうが安いので、短期的に見れば、パートナーの売上げが落ちるからです。そこで、3年後には売上げが戻るということを具体的に示した資料を作って、説明をして回りました。

 また、在庫を抱えないで済むことや、バージョンアップのたびにソフトウェアを入れ替える必要がないこと、継続性が高いのでユーザーが他のパートナーに乗り換える可能性が低くなることなど、サブスクのメリットも説明しました」(神谷氏)

 

 今ではアドビの製品で得る収益が過去最高になったパートナーもあるそうだ。従来は広告代理店に外注していたデザインなどのクリエイティブを社内で行なう企業が増え、アドビの製品の需要が増えたという追い風も吹いた。

 

「パートナーの理解を得られた要因は、基本的なことですが、丁寧に説明をしたことだと思います。あえて言えば、固定観念に囚われなかったことも要因かもしれません。私は当社に入社するまでに、直販のビジネスも、パートナーを通すビジネスも、両方とも経験しています。その経験を通して、業界のローカルな特徴を知ることの重要性をわかっていました。米国本社に対しても、日本では他の国と違ってパートナーが重要なのだという説明を繰り返しました」(神谷氏)

 

 このようにパートナーとのビジネスを拡大させるとともに、インサイドセールスの組織を作って、従来はほとんどなかったエンドユーザーへの直販も急拡大させた。今は、多くの企業はパートナーを通して購入し、フリーランサーなどは直販で購入するというように、ユーザーが分かれているそうだ。

 

「サブスクが定着したことで、営業の仕方も変えました。いわば『買ってもらえば終わり』の商品なら、カンで営業をしても、ある程度は通用するのですが、サブスクだと、既存客に継続して利用していただくために、データを読み解くことが不可欠です。ですから、営業部門のマネージメント層には、外部からデータを読める人材を招きました。

 また、アドビの組織は、上意下達だけではなく、マトリックスになっていることが特徴で、営業マン同士がデータの読み方を教え合う風土もありました」(神谷氏)

 

 2015年からはDDOM(データドリブンオペレーティングモデル)というものをグローバルで導入している。これも、データドリブンな営業活動に役立っている。

 

「企業の中では、営業とマーケティングのように部署が違うと、見ているデータが違い、KPIもそれぞれに設定するので、他の部署がやっていることがよくわからないという状況が起こりがちです。アドビでも、日本だけでなく、米国や欧州、アジアでも、組織の共通言語が必要だという課題意識がありました。そこで、すべての部署で同じデータをリアルタイムに見ることができるようにしたのがDDOMです。これを導入したことで、自然と部署の壁を越えたコミュニケーションが生まれ、各部署がバラバラに動くことがなくなりました」(神谷氏)

 

 直販のためのウェブサイトのABテストも頻繁に行ない、データを取っている。すると、例えば、日本のユーザーは他国に比べてウェブサイトに掲載されている情報量が多いことを好み、体験版の利用は少ない、といった特徴も見えてくるという。

 

 

「今、特に力を入れているのは、小中高生など、子供や若者に向けた製品の展開です。将来のユーザーだということもありますし、”Creativity for All”がアドビのビジョンだからです。

 彼らはPCよりもモバイルの世代ですから、当社のソフトウェアをモバイル用のアプリとしてリリースすることを進めています。そして、学校で使うポスターの制作やプログラミングの授業で作るアプリのデザイン、あるいは趣味でのアニメの制作など、幅広い目的で使っていただきたいと考えています。

 そのためには、学校の先生たちの協力が不可欠です。そこで、教育委員会と組んだり、先生たちが情報交換をするAdobe Education Exchangeというオンラインコミュニティを運営したりしています。〔株〕サイバーエージェントの子会社である〔株〕CA Tech Kidsが運営している子供向けのプログラミング教室『Tech Kids』とも組んでいます。

 高校生以下のユーザーの数は爆発的に伸びていて、大いに手応えを感じています」(神谷氏)

 

 もう一つ、力を入れているのが、既存客の満足度を上げるためのサービス拡充だ。

 

「例えば、オフィスのPCでPhotoshopを使っている途中で外出し、その続きの作業を、電車の中でモバイルのアプリでする、というように、ワークフローがアドビの製品で完結できるように、サービスを拡充しています。

 2,000~3,000人の記者を抱えている放送局で、それぞれの記者が持っているスマホに当社のPremiere Rushのアプリを入れ、撮影した動画をすぐに本社で編集できるようにしているところもあります。

 その他、動画を編集しやすくするためのテンプレートや写真素材などを提供するAdobe Stock、企業とクリエーターをつなぐプラットフォームであるBehanceなども運営しています」(神谷氏)

 

 さらに、電子サインサービスのAdobe Signも、今後大きく伸びる事業だと見込んでいる。

 

「電子サインの市場規模は、これから大きく伸びます。他にも電子サインを手がけている企業はありますが、数多くの企業のデータをクラウドに保管していただいているという実績に基づく信用や、サブスク型のPDFソリューションであるAdobe Acrobat DCとワークフローがつながることなどが、当社の強みだと考えています」(神谷氏)



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