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廃業寸前の地方水族館・ハマスイを復活させた「積極的にブレる」経営

秋澤志名(桂浜水族館・館長)

一時は廃館の危機に陥った桂浜水族館を、わずか数年で全国にファン網を広げる大人気水族館へと押し上げた第7代館長・秋澤志名氏。

話題性十分かつ実直な改革を成功させたのは、つないできたものを次世代に「残す」ことへの思いと、時代に適応する姿勢だという。最前線で館を指揮する秋澤氏の原動力をうかがった。

※本稿は、『THE21』2022年5月号特集「私の原動力」より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

フォロワー数20万人超!人主体の広報戦略

高知の名勝・桂浜に建つ小さな水族館。それが私たちの桂浜水族館、通称ハマスイです。

ただのアドバイザーだった私がまさかの館長に就任して早くも3年半が経ち、Twitterのフォロワーは今や22万人超。

こんな小規模地方水族館を全国の方に応援していただき、本当にありがたく、誇りに思います。

昨年90周年を迎えた当館は、私の父方の家系が代々経営してきた私営の水族館です。幼い頃に訪れた際は、バックヤードに入れてもらって遊んだり、活餌用の金魚をもらって家で飼ったりしていました。

とはいえ、高校を出てからはインテリアやグラフィックを東京で学び、高知の百貨店に就職。その頃には、水族館のことなど忘れていたのが本音です。

しかしその後、百貨店が高知から撤退。私は知人の紹介で高知初の生涯学習施設の職員となり、そこで仕事相手となった近隣の文化施設の中に、かつて親しんだ桂浜水族館の名前がありました。

それからすぐに、当時館長だった叔父の誘いで兼業アドバイザーとなって、もう20年近くが経ちます。その頃の桂浜水族館は、良くも悪くも「変わらない」水族館でした。職員にも、職人気質の方が多かったように思います。

転機は2014年。様々な問題が重なり、当時の飼育担当者5人が一斉に館を去りました。全国紙にも載った一大事です。長年蓄積されてきた飼育中の生き物たちについての情報も多くが失われ、一時は施設存続の危機に陥りました。

そうなると、もはやなりふり構っていられません。「なんか変わるで桂浜水族館!!」をスローガンに、全面改革に乗り出しました。

かつて働いていた職員を数名呼び戻しつつ、ゼロどころか、あるべきデータすらない「マイナス」の状態から、再出発したのです。

85周年を迎えた16年には、愛称として「ハマスイ」という呼び方をつけました。公式キャラクター「おとどちゃん」を新たに制作。Twitterも始めました。

それからは、「おとどちゃん」の文才に頼って詩的なツイートをしてみたり、若い飼育員の写真をSNSにあげたら「イケメン」だとファンがついたり、水槽前に手書きPOPで「この魚の美味しい食べ方」を掲示したり。水槽のレイアウトにも工夫を凝らしています。

極めつきは、顔を赤くペイントしたコワモテ職員が、金属バット片手に鬼に扮する節分イベントでしょうか。どれもこれも「水族館らしくない」と言われ、各種メディアに何度か取り上げてもらっています。

結果、一時は年間7万人にまで落ち込んだ来館者数は、わずか3年で10万人超に回復。職員ら館内の「人」と生き物双方にフォーカスする広報戦略が奏功したからこその成果です。

当然、館内の導線を見回りやすく整理するなど、できる限りの設備改善も行なっています。

 

「前例も現場感覚も知らない」だからこその改革

改革の一番の成功要因は、実は「本当に白紙からのリスタート」だったこと。

まず、いなくなった職員の穴を埋める際、専門学校を出たばかりの若い職員を、何人も採用することができました。

「ハマスイを全国の人に知ってもらいたい」という野望を抱いていた私のやり方は、どれも従来とはまるで違うもの。「前例」を知らない新人たちとでなければ、本当の意味で一丸になることは難しかったでしょう。

第二に、私自身も「現場はこういうもの」という感覚を知らなかったこと。

その代わりに持っていたのが、学生時代に得たデザインや色彩の知識と、百貨店時代に得た接客の知見、そして生涯学習施設で子供と文化施設をつなぐ中で培った「あるべき博物館像」のイメージでした。

水族館や動物園の展示は、いつしか「職員が見せたいもの」になりがちです。しかし、ハマスイはれっきとした「博物館」登録施設。文化施設の使命は、来る人が「見たい」と思うものを並べ、楽しんで学べる場所であることでしょう。

そうした視点で展示や見せ方を考えるうえでは、私の高校以来のキャリアも案外、様々な面で役に立ってくれたように思います。

また、他館や周囲からの反感が少なかったことも、大きな救いになりました。実は、博物館登録施設で、公営ではなく私営で、運営に自治体が一切かかわっていない、なんて水族館は、日本にハマスイしかないのです。

公益社団法人の認定も大変珍しく、しかも戦前から続く老舗企業。そんな館がさらに奇抜なことをしても「変な館がまた変なことをしている」くらいにしか、思われなかったのかもしれません。

ハマスイだからこそ、これほど円滑に「変なこと」を繰り返してこられたのだと思います。

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