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報道ベンチャーがつくる共助の仕組み

2023年02月06日 公開

米重克洋(JX通信社代表)

米重克洋

誰もがスマホやSNSのアカウントをもつ1億総メディア時代、記者ゼロ人の通信社としてさまざまな取り組みを行なうJX通信社。われわれは「情報のライフライン」をどう守るべきか、同社の代表を務める米重氏に話を聞いた。

※本稿は『Voice』2023年3⽉号より抜粋・編集したものです。

 

既存メディアを苦しめる負のスパイラル

インターネットあるいはSNSの普及について、近年ではデマやフェイクニュースなどの「影の側面」が強調されがちです。もちろん、いずれも対策が急務な課題であることに議論の余地はありませんが、他方で、テクノロジーの進化によってもたらされる「光の側面」があるのも事実です。

ネットやSNSにデメリットがあるからと言って、私たちはそれを手放すことができるでしょうか。その選択肢は、地球環境問題が深刻化するからと言って江戸時代以前の暮らしに戻れないのと同様、現実的ではないはずです。われわれとしては、ネットやSNSの性質を見極めたうえで、そのメリットをいかにして増幅して社会に還元するか、という態度をとるべきではないでしょうか。

私が代表を務める「JX通信社」はそうした問題意識のもと、さまざまな活動を展開している報道ベンチャーですが、もともとは既存の報道産業の持続可能性が失われていることへの強い危機感から設立しました。

報道を巡る問題は大きくわけて三つあって、真っ先に指摘できるのが「流通構造と収益」の課題です。いわゆる四マス(新聞、雑誌、ラジオ、テレビ)のネットへの対応の遅れは広く指摘されているところですが、結果として何が起きたかと言えば、日本で言えばヤフーやグーグルなどのプラットフォームの台頭でした。

プラットフォームはその仕組みとして、ユーザーが集まれば集まるほど、集積されたデータを精緻に分析・活用し、社会のニーズに合った記事を発信したり、ユーザーの滞在時間を増やす工夫を施したりできます。

彼らが先行者利益でビジネスモデルを強化したことで、既存のメディアは消費者に情報をリーチする手段を失い、厳しい状況に追い込まれました。いまでは、無料でネットニュースを見たり読んだりするのは当たり前です。

このように四マスを利用する時間、すなわち滞在時間が減れば、二つ目の問題である「コスト構造」の課題が生じます。新聞を例に挙げれば、購読者が減れば重要な収入源である広告集稿まで目減りするでしょう。新聞社やテレビ局が依然として人海戦術を基本とする労働集約型のビジネスモデルに依存している点も、収益の帳尻が合わなくなっている要因に挙げられます。

これまで新聞社やテレビ局は、全国に取材ネットワークを張り巡らせてきましたが、それも重たいコストをカバーする収益があってこその話。いまではそれを維持するのも難しいのが現実なのです。

四マスが取材にかけられる時間・金銭・人的コストはすでに制限されており、その結果、「報道の質」が下がる現象が起き始めています。これが報道を巡る三つ目の問題点ですが、察しのいい読者はすでにお気付きのとおり、報道が以前のようなクオリティを保つことができなければ、消費者が四マスに滞在する時間は減ります。

すなわち、最初に挙げた「流通構造と収益の課題」に立ち戻るわけで、これが既存のメディアを苦しめている負のスパイラルなのです。

整理をすれば、四マスは直ちに、コストを下げつつ収益を上げて、かつ競争力に投資するという、ある意味では矛盾した問いに向き合わなければなりません。そのとき、解決の手段になりうるのがテクノロジーであると私は考えています。

コストを下げるために可能な部分をデジタル化・自動化し、より速くより多くの情報を、適切に消費者に届ける仕組みをつくる。その過程で消費者の滞在時間を増やして、収益を高められれば、余資を競争力の向上に投資して新しいコンテンツづくりにだってチャレンジできるはずです。

課題を抱えているメディアに対して、テクノロジーの力で矛盾のない正のスパイラルを生み出すサポートをすることが、JX通信社のミッションです。

具体的には大きく二つのサービスを展開していて、一つは既存のメディアを手助けする「FASTALERT(ファストアラート/https://fastalert.jp/)」です。AIを活用した緊急情報サービスで、テレビや新聞の日々の事件・災害の報道に貢献しています。かつて報道現場で、これほどまでにAIが活用された事例はないでしょう。

もう一つが、一般消費者向けのニュース速報アプリとして展開している「NewsDigest(ニュースダイジェスト)」です。これもやはりAIを利用して「記者ゼロ」で運用しているのが特徴で、現在ではアプリは500万ダウンロードを超えています。ストレートニュースをいち速く、多くの情報を消費者に届けるためには、必ずしも人海戦術が唯一の手段ではないことを示すことも狙いの一つです。

「FASTALERT」にせよ「NewsDigest」にせよ、われわれがめざしているのは、報道の世界が変わるきっかけを生み出すことです。この二つのサービスの詳しい内容については、後ほどあらためて触れたいと思います。

 

1億総メディア時代の到来

既存のメディアの影響力が下がっているのは、まぎれもない事実です。私がなぜその点を問題視しているのかと言えば、このままでは日本の社会から、「正確な情報をより速く届ける」という報道の究極的な役割を果たすメディアが消えかねないと危惧しているからです。それは言い換えれば、国民が「情報のライフライン」を失うことと同義にほかなりません。

たとえば、災害や事件、あるいは戦争などの有事が発生したとき、「正確な情報をより速く届ける」メディアの存在が死活的に重要であることは、あらためて説明するまでもないでしょう。

しかし、いまや多くの国民が情報源としているSNS上に目を転じれば、デマやフェイクニュースが蔓延しています。あれだけの数の情報に接すればもはや確率論の話で、何が信頼できる情報かを見極めることは決して容易ではない。コロナ禍で事実関係が確かではない情報がいくつも流れていたことは記憶に新しいでしょう。

われわれがいま生きているのは、「1億総メディア時代」です。従来は四マスだけが情報発信の主体でしたが、スマートフォンやSNSが普及したことで、誰もが情報を発信するメディアになれます。四マスだけが情報をコントロールしたりコンテンツを生み出したりできる時代はすでに終わっており、彼らにとって競争相手はもはや国民全員だと言える。

本来、これだけ情報が爆発しているならば、正確な情報をより速く伝える報道の本来の役割はより意味をもつはずですが、既存のメディアはこの状況を前に、有効なビジネスモデルを構築する発想や手段に欠けているように思えます。

 

SNSが変えたニュースの概念と危うさ

SNSの普及はニュースの在り方そのものを変えました。従来、ニュースとは「5W1H」の情報がしっかりとまとまっていることが大前提と考えられてきたし、さらに言えば、四マスが選んだものがニュースである条件だと捉えられてきました。しかし、誰もが情報の発信者になれるいま、「速さ」という面では、むしろ既存のメディアは劣っています。

2014年に御嶽山(長野県・岐阜県)が噴火したときにも、報道が情報をキャッチアップするよりも、火口付近にいた一般人が撮影した動画のほうが早く世間に流れました。動画はたしかに報道機関が発信したものではありませんでしたが、あれだけ現場の状況をリアルに伝えていましたから、その動画がニュース性を帯びていたことを否定する人はいないでしょう。

ニュースとはこのように、すでにフォーマットが溶けて、きわめて多様になっているのです。

四マスがニュースの発信手段を占めていた時代、情報流通は「1対n」の構図でした。すなわち、四マスが不特定多数の国民に情報を発信していたわけですが、いまでは「n対n」、日本であれば「1億人対1億人」でニュースがやりとりされている状況です。これは、情報の受け手の目線に立てば、報道を相対的に見ている時代とも言えるでしょう。

たとえば、『読売新聞』や『朝日新聞』の記事と一人のインフルエンサーのツイートを、いまの情報の受け手はある意味では相対的に並べています。

ポジティブな言い方をすれば、先入観なく情報に接していると言えますが、そこには危険性もはらんでいます。人はどうしても複雑さを遠ざけて「わかりやすさ」を好むので、エビデンスが明確ではないニュースでも、説明が明瞭ならば信用して受け取ってしまうからです。

ある意味では、情報の受け手にとってはかなりのリテラシーが求められる時代だと言えるでしょう。

すべてのニュースにはバイアスがあり、それは『読売新聞』にせよ『朝日新聞』にせよ、あるいは個人の発信者にせよ変わりありません。これだけ多くの情報と発信者に接する時代では、「意見」と「事実」を切り分けられるリテラシーなくしては、デマやフェイクニュースのターゲットになりかねません。

とくに、もしも最初に印象を受けたインフルエンサーが、じつのところデマなどの発信源であれば、SNS空間では似たような発信者が推薦されるアルゴリズムになっていますから、いわゆるフィルターバブルやエコーチェンバーに陥って、抜け出すことは難しくなるでしょう。

 

リスク情報の共有で社会の安全を守る

     FASTALERTの画面(写真提供:JX通信社)

以上はSNSの「影の部分」ですが、冒頭で申し上げたように「光の側面」も明確に存在しますし、私たちはその点にも目を向けなければ、たんなる悲観論にすぎません。

たとえば、昔のように情報流通が「1対n」の時代であれば、全国に取材ネットワークを張り巡らせる新聞社でさえ報じられないニュースがありました。

そもそも新聞社は、大勢の人に伝える価値があるニュースだけを最大公約数的に取捨選択して届けていますから、ある特定の層には価値があるニュースであっても、時には切り捨てざるを得ないのです。

他方で現在は、SNSが発達して皆がさまざまな情報を発信していますから、四マスだけが情報を発信していた時代と比べて、情報の量や密度は格段に向上しています。事件や事故などの情報を含めて、自分の身の回り半径何百メートルで起きている事柄を知ることだって可能でしょう。

だからこそデマやフェイクニュースの問題も浮上してくるわけですが、上手に使えば、社会をいま以上に安全にすることだってできるはずです。

その実例としてJX通信社が取り組んでいるのが、先ほども紹介した「FASTALERT」です。より具体的に紹介すると、災害、事故、事件など現在進行形でリアルに起きているさまざまなリスク情報を、SNS投稿などのUGC(「User Generated Content」の略で、一般ユーザーによってつくられたコンテンツのこと)を利用することで、目撃者の生の声をいち早くキャッチ・分析して届けるサービスです。

災害時にはさまざまな未確認情報がネット上を駆け巡り、誰もが意図せずともデマやフェイクニュースを拡散してしまう危険性があります。それを防ぐには、膨大な枯葉の山のなかから針一本の重要な情報を見つけ出す必要があるのですが、この点に関して、当社の技術的な強みであるデータマイニングを活かしています。

「FASTALERT」はもともと報道機関向けに開発したサービスでした。従来の記者は電話をかけるなどして警察や消防に直接コンタクトをとって、人海戦術で情報を集める方法が基本でした。

そこで「FASTALERT」では目撃者がその目で見た生の情報を即座に集約し、何が起きたかを分析して報道機関にお届けすることで、取材にかかる時間や手間を大幅に削減することを目的としたのです。現在ではNHKやすべての民放キー局と全国紙に導入いただいており、各社の機械化に寄与しています。

また、昨今では自治体にも導入いただき、防災・減災対策などに活用されています。たとえば、内水氾濫(下水道や排水路が水をさばききれなくなって地上に溢れだすこと)は外水氾濫と異なって災害後に痕跡が残りにくいこともあり、対策を講じにくい特徴があります。そこで「FASTALERT」を用いれば、SNSの位置情報などをふまえ、内水氾濫のデータを集積することができるのです。

最近では兵庫県三田市や佐賀県武雄市などと連携協定を締結しましたが、防災・減災対策は自治体にとって最重要課題の一つです。今後も、さまざまなかたちで連携を深め、市民の安全を守る手助けができればと考えています。

 

共助を生み出すプラットフォーム

「FASTALERT」は、じつはもう一つのサービスとして紹介した「NewsDigest」とも連動しています。

たとえば災害が起きたとき、その地域で「NewsDigest」を利用しているユーザーに正確な位置のデータとともに情報を提供してもらい、それを「FASTALERT」で解析することで、どこでどのような被害が生じているかがより正確にわかるのです。

ここで重要なことは、「NewsDigest」のユーザーから寄せられた情報が、地域の安全や安心につながるということです。昨今、自助・公助・共助という言葉がよく用いられますが、われわれが「FASTALERT」や「NewsDigest」でめざしていることは、つまり共助の動きが生まれるプラットフォームづくりなのです。

コロナ禍を見ても、自治体に住民一人ひとりのリスクにきめ細かく対応するよう求めるのは、どうしても限界があるでしょう。そのように公助だけでは不十分であれば、重要になるのが共助ではないでしょうか。

「FASTALERT」と「NewsDigest」を上手く組み合わせ、地域住民に情報を提供するだけではなく収集もできれば、共助を促すプラットフォームとして機能するし、それが現実になるように、いままさに育てているところです。

もちろん、ただ呼びかけてもユーザーにとっては動機づけになりませんから、「NewsDigest」に情報を提供するごとにポイントが貯まるような工夫を施しているところです。

「NewsDigest」をつくった意図としては、冒頭で申し上げた既存の報道機関に対する問題意識がありました。

既存のメディアは速報にしても人海戦術で届けてきましたが、AIで速報価値の高いニュースを判別できればより速く速報を届けられる。その仮説を一般ユーザー向けに具現化したのが「NewsDigest」ですが、一方で、ニュースになる前の情報をいち早く検知するのが「FASTALERT」です。両者は言わば川上と川下の関係なのです。

JX通信社がめざしているのは、「NewsDigest」や「FASTALERT」をデータインテリジェンス・プラットフォームに育て上げることです。私が考えるデータインテリジェンスとは、「n対n」のあいだで情報がやりとりされている時代、ビッグデータなどから必要な情報を取り出して、正しく、あるいはわかりやすく伝えるジャーナリズム的な営みのことです。

たとえば、政府が公開しているデータを根源としても、情報と情報を組み合わせて複合的に分析すれば、一本の統計を読むだけではわからないことが見えてくることもある。それもデータインテリジェンスの一つの在り方です。

他方で、コロナ禍におけるJX通信社の取り組みを振り返ると、国や自治体が発表している統計を取りまとめるだけではなく、企業の発表などを収集して、たとえば感染者がどこで発生しているかを建物レベルで明らかにしてきました。

その元データは東北大学などに提供され、研究に活用していただきました。コロナ禍では地域を絞った感染対策が重要ですが、それをテクノロジーの力によって可能にしたのです。

データインテリジェンスを実現するために、JX通信社がサポートしているのが既存の報道機関です。その意図は、日本の社会に「情報のライフライン」を担保するためには、少なくとも現時点では、新聞社やテレビ局が果たすべき役割は大きいと考えているからです。

SNSが普及して一億総メディア時代が訪れたいま、報道の価値を維持するためには、四マスの社会的なプレゼンスはやはり必要だし、JX通信社としてもさまざまな工夫を凝らしてサポートしていく所存です。

 

【お詫びと訂正】「Voice」2023年3月号に掲載した同記事にて、JX通信社と静岡県浜松市が連携協定を締結しているとの記述は(P162)、正しくは実証実験の開始でした。お詫びして訂正致します。

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