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嗜好品が支える精神の健康

2023年03月06日 公開
2023年03月06日 更新

松本俊彦(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所部長)

松本俊彦

近年、CBDやエナジードリンクなどの嗜好品が注目を集め、世界中で市場も拡大している。精神科医は、このような動きをどのように見ているのか。身体や精神を支える健康の視点から、嗜好品の意味を考える。(取材・構成:清水 泰)

※本稿は『Voice』2023年3⽉号より抜粋・編集したものです。

 

世界で拡大するCBD市場

――近年、大麻草から抽出される成分の一つであるCBD(カンナビジオール)やエナジードリンクといった嗜好品が注目を集め、市場が拡大中です。都内には複数のCBDカフェもできています。欧米豪では大麻草成分の活用が進む現実もあります。精神科医の立場から、CBDをめぐる動きをどう見ていますか。

【松本】私は大麻合法派ではありませんし、大麻が素晴らしいと思っているわけでもありません。とはいえ、すべての医薬品はもともと植物由来で、アスピリンは柳の樹皮から抽出した成分ですし、ペニシリンは青カビから抽出します。その意味で、これまでは大麻草の医薬品としての可能性が政治的かつ社会的な理由で不当に断たれてきたと思います。

第二次世界大戦後は世界的にも規制が進んだ時期なのですが、日本では大麻の乱用実態がない状態で大麻取締法が制定され、規制が強化されました。近年になってようやく、現行の非科学的な規制や取り締まりのあり方に疑義が生じてきたなかで、大麻成分の新しい可能性に世界が気づきはじめてきたということでしょう。

――大麻草と一口にいっても、じつはさまざまな成分が含まれているのですよね。

【松本】大麻草には、CBDとTHC(テトラヒドロカンナビノール)という成分があります。CBDは、大麻草から抽出されるカンナビノイドという成分の一つです。幻覚作用や依存性はなく、不眠や不安状態などの緩和に効果があるとされています。

一方のTHCは大麻特有の精神に対する活性作用を司る成分で、幻覚や依存性にも関係します。大麻草の樹液に多く含まれ、大麻草の花や葉っぱにはこの樹液が多く含まれているのです。じつはTHCにも、いままで有害とされてきた精神作用以外に人体に有効な成分があるという報告がどんどん出てきているのですが、差し当たってはCBDの有効性から話を進めます。

たとえば、CBDを主成分とした「エピディオレックス」という難治性てんかんの医薬品が開発されています。海外では、難治性てんかんに対する、既存の治療法を凌ぐ有効性と安全性が確認されており、米国やヨーロッパではすでにこの大麻成分由来の薬を正式に医薬品として認可に踏み切っています。日本でも小児神経科の医師やてんかんの専門医、てんかん患者を抱えている家族の会などからの要望で、臨床試験(治験)を始めることになりました。

エビデンスに加えてアロマブームに乗っかるような形で、CBDが新たな市場となり、世界的にはどんどん発展している。日本も無視できない状況になってきたと思います。

 

市場の発展には法改正が必要

――大麻取締法を改正せよ、という動きがあるのはなぜですか。

【松本】現行法でも大麻成分からなる薬の治験は可能なのですが、CBD製剤を医薬品として認可し、継続使用するとなると法律改正が必要になってくるのです。大麻取締法第四条で、何人にも大麻から製造された医薬品の施用を禁じているからです。

大麻取締法は第一条で、THC成分がほとんど含まれていない「成熟した茎」や「種子」の部分を大麻ではない、として規制対象から外しています。日本では伝統的に茎の部分を麻織物や麻縄に利用し、種子を七味唐辛子などに使用していることも規制外となった理由の一つです。

大麻の種子や茎から抽出されるCBDは規制の対象外となるはずなのですが、茎や種子にまったくTHC成分が含まれていないかというと、そうではない。微量なTHCが含まれていることがあり、現行法のままだとCBD市場の発展を阻害すると思います。

――CBD市場の発展にはどのような法改正や規制の仕方が望ましいですか。

【松本】厚労省の有識者検討会が方針を示しているように、部位ではなくTHCに着目した成分規制に見直す方向でよいと思います。そうすることによって、海外メーカーや日本でCBDビジネスに参入したいと考えている人たちが参入しやすくなります。

もう一つ、CBD商品を流通させるにあたって必要な措置は、規制対象外となるTHC成分の含有基準を明示すること。いくらTHC成分を除くとしても、やはり100%は抜けない。WHOは「主たる成分がカンナビジオールで、THCが0.2%以下の製剤は国際的な統制を受けない」と勧告しています。米国はTHC成分が0.3%以下なら植物扱いにしています。日本はまだその基準を明示していません。

――医薬品以外のCBD製品の効果は。

【松本】国内で販売されているCBDオイルやクリームは医薬品ではないので、効果効能に関しては薬機法に抵触するためあまりいえません。

ただ、人によってはいろんな良さがあって、私が診ているある患者さんはCBDオイルを購入して寝る前に舌の上に一、二滴垂らしてみると、睡眠薬なしでも眠れるようになりました。そういうことを何も知らない普通のお医者さんに話すと、違法薬物の乱用扱いされてしまい、「薬物依存症専門病院に行け」といわれて、私のところにやって来た患者さんもいました。CBDに関しては、まだまだ正確な知識をもっている医師が少ないです。

 

米国の失業対策と差別感情

――世界的に大麻規制が強化されてきた政治的な理由とは、どういうものですか。

【松本】大麻を最初に目の敵にした政策を取ってきたのは、米国です。戦後の世界的な規制強化の根拠となったのは、国連が1961年に採択した「麻薬に関する単一条約」で、その条約を批准した国々がそれぞれの国内規制法をつくったのです。条約の麻薬の定義に、アヘンやモルヒネ、ヘロインなどに加えて大麻を無理矢理入れたのが米国でした。

なぜ米国が大麻にこだわったのかというと、一つは失業対策です。禁酒法の時代に米国はアルコール捜査官を増やして取り締まりを強化しました。しかし、禁酒法が廃止されるとアルコール捜査官の雇用が失われてしまう。禁酒局副長官だったハリー・アンスリンガーが大麻に目を付け、連邦麻薬局の初代長官になったアンスリンガーは30年以上もその地位に留まりました。アルコール捜査官の雇用をつくるためには、何か規制するものが必要だったのです。

1910年から17年にかけてメキシコ革命が起き、政情不安定で暮らしづらい状況になると、米国にメキシコ移民が大量に流れ込むようになりました。マリファナ(大麻)を吸うメキシコ文化に対する嫌悪感、移民に対する差別感情も絡んで、白人たちからすると治安の悪化や不安を感じる。アンスリンガーたちは大衆の差別感情や不安を煽りつつ、大麻規制の必要性を訴えたわけです。

――人種差別も関係していたのですね。

【松本】1950年代、60年代に入ると、南部を中心に黒人のジャズミュージシャンが人気を集めます。彼らが大麻の愛用者でした。白人女性がジャズミュージシャンの取り巻きになる状況を見た白人男性たちが危機感や嫌悪感を抱く。これも人種差別なのですが、大麻規制を厳しくしたり、黒人歌手なんかを執拗に追いかけ回して薬物違反で捕まえて貶めました。

さらにベトナム戦争が始まると、反戦運動をする若者たちが出てきます。連邦政府に対するアンチという意味で、厳しく禁じられた大麻をわざと吸ってデモをする。反戦運動の高まりで時のニクソン政権の支持率が急降下する。反戦運動を鎮めるために大麻規制を強化し、反戦運動家たちを次々に刑務所へと送り込みました。

――米国の大麻厳罰化は、日本にどう波及したのですか。

【松本】戦後の占領統治時代に日本に駐留している黒人兵たちが大麻を吸っていて、米国から「けしからん」「治安をよくしろ」などといわれ、1948年に大麻取締法が制定されました。ここでも人種差別が出てきます。麻農家もたくさんいたので、大麻を部位規制するというチグハグな法律ができてしまう。成立の経緯、内容からして政治的なものでした。

おそらく日本人の大半は、大麻がどういうものかわかっていなかったと思います。よくわからないが、覚醒剤とかと一緒にされているから、さぞかし危険なものなのだろうと考え、そのイメージが定着しました。

――大麻に対する認識を改める時期でしょうか。

【松本】2021年に、私たちはネット上で大麻使用経験者4000人以上の調査を行ないました。平均年齢は32歳で、使用期間は平均11年、33%が週4日以上使用する常用者です。結果は、95%の人がきちんと仕事をしていて、幻覚妄想経験のある人も1.3%いましたが、統合失調症の生涯罹病率が1%なので、大麻が精神にとって有害とは一概にはいえないのではないか。データを重ねてみると、専門家ですら大麻のことに関しては十分理解していない可能性もある、と思います。

――米国が変わってきましたからね。

【松本】米国は連邦政府としてはいまだ違法ですけれども、医療目的で医師の証明書や処方箋があれば使用できる州が37州あって、娯楽目的で使用できる州は現在18州+特別区まで増えています。娯楽目的の使用を解禁している国はウルグアイとカナダだけでしたが、2022年に入ってスイスとドイツが娯楽目的の使用を認める法案を可決し、24年からは国として合法化の流れになっています。

何より先日、バイデン米大統領が大麻で捕まった人たちの前科をすべて取り消す恩赦を出しました。その際の言葉がすごく大事で、「連邦政府のこれまでのやり方、その過ちを改めて」と発言したのです。

海外の大麻寛容政策に関して、テレビのワイドショーで有識者がよく「海外は薬物が蔓延しすぎて取り締まりようがないから、泣く泣く寛容政策を取っている」などと発言しますが、完全に誤解なのです。エビデンスに基づいて寛容政策に転換しているわけで、世界的な潮流はその方向にあります。

 

若者の生きづらさに目を向ける

――一つ心配なのは、規制緩和どころか、逆にCBDがたばこみたいに社会の空気で圧殺されかねないことです。

【松本】CBD市場に関しては、規制緩和で門戸が広がっていくのは間違いないと思います。半面、これまで違法薬物で使用罪がないのは大麻だけでしたが、新たに使用罪ができる、といわれています。使用罪がなかった理由はいろいろありますが、麻農家の人たちが収穫時期に麻酔いみたいな感じになって、尿検査をしたらTHC成分が出てしまうからだとか、微量のTHCを含む茎や種子の摂取と大麻の摂取との区別がつかないからだとかが挙げられます。

いまは覚醒剤で捕まる人はとても減っていますし、再犯率も下がっています。覚醒剤はバブル世代以降のオヤジの薬物になっていて、若者は使用しない。その半面、大麻は海外の寛容政策の影響もあって使用者が増えている。そこで使用罪ができてしまうと、若者たちの生きづらさが増すのではないかと案じています。というのも成人年齢が18歳に引き下げられて、18歳、19歳の青年が少年法で守られなくなるからです。

――たとえば、若者にとってどういう弊害がありますか。

【松本】優秀な10代はきっとこれからも海外留学をするでしょう。その優秀な子たちが帰国後に日本の科学技術や政治経済を引っ張っていくと思うのですが、留学先で多い米国は近いうちに連邦政府として大麻を合法化するでしょうし、カリフォルニア州はとっくの昔に合法化されています。カリフォルニア州にある名門校UCバークレーの教員をしている友人に聞くと、学生は娯楽目的の大麻を吹かしながら勉強しているそうです。

海外の大学に留学して、向こうのアカデミックなコミュニティできちんといろんなものを吸収したり、ディスカッションに参加したとき、「いや、自分はやりません」といっていたら本当の仲間になれないかもしれない。

留学先で娯楽大麻の習慣を覚えた子たちが日本に帰国して、空港で使用罪の職質をしたら、検挙し放題。優秀な青年たちを前科者にしてよいのでしょうか。ドイツ、スイスが一年後に合法化したら、他のEU諸国も雪崩を打って合法化に向かうと思います。そして訪日外国人の増加による観光立国は国策でもあり、外国人を使用罪で国外退去させるのも摩擦が大きい。やはり世界の潮流には逆らえず、使用罪で圧殺する時期があるかもしれないけれども、10年、20年の長期スパンで見ると、外交圧力で日本も変わらざるをえない。

――大麻を使用する若者が増えているとのことですが、CBDに加えてエナジードリンク市場の拡大も、それだけ生きづらさを抱えている若者が多いからではないでしょうか。もちろんエナジードリンクのユーザーは若者だけではないと思いますが。嗜好品を求める人びとの置かれた状況をどう見ていますか。

【松本】日本は違法薬物を使う人が少ないのは事実なんですけど、エナジードリンクもそうですが、市販薬や処方薬といった合法薬物の使用者はとても多い。とくに最近、10代では市販薬の乱用が増えています。

また、カフェインの急性中毒で救急搬送される人も2013年以降増加しました。ただ、オーバードーズ(過剰摂取)で使用されるのは、ブロンやパブロンといったカフェインを含む市販薬です。カフェインは比較的安全な薬物なのですが、ある一定の基準を超えると、不整脈が出て心臓が止まったりすることがあります。問題はなぜ、2013年から市販薬のオーバードーズとカフェインの急性中毒が増えているかです。

――2013年に日本で何かがあったのですか。

【松本】これは完全な私の推測なのですが、2013年は全国の自販機でレッドブルを販売するようになった年です。その翌年にはモンスターエナジー社が日本に上陸して、全国のコンビニで販売が開始されました。

いまや大学の生協に行くと、エナジードリンクの物産展みたいになっています。大学生の大人はいいのですが、問題は子供たちが飲むようになったことです。

たとえば、中学受験をめざす小学生たちが通う塾への父兄からの差し入れや部活の差し入れがエナジードリンクなのです。まだ脳が脆弱な状態のときから、エナジードリンクを飲んで化学物質の効果を知るわけです。でもカフェインはすぐ効かなくなるし、エナジードリンクを20本も30本も飲めない。だから市販薬に行く。それで10代の市販薬によるオーバードーズという深刻な状況が準備されてきたのではないか、と考えています。

さらにいうと、アディクション(依存症)の問題は必ず自殺の問題と正比例します。たとえば日本では戦後3回の覚醒剤乱用期があったのですが、乱用期のピークは戦後の自殺急増のピークと見事に一致しているのです。世界的にも同じような現象が起きています。

ではいまの若者たちはどうかというと、2019年の年末時点で、児童・小学生・中学生・高校生の自殺は戦後最悪といわれました。コロナ禍に入ってまた一気に若者の自殺者数が増えていて、高校生女子の自殺が顕著に増えています。高校生女子というのは、私の薬物依存症の専門外来に大勢来ている市販薬依存症の子たちです。原因が何なのか、何が苦しいのかはわからないけれど、いまの子供たち、若者たちがメンタル的に厳しい状況にあるのは間違いない。

 

しんどい状況を踏んばるために

――依存は快感を得るためではなく、「苦痛の緩和」が目的というのも世間には伝わらず、誤解されていますね。

【松本】そのとおりです。多くの人は市販薬を風邪や頭痛の治療で飲んでいますが、依存症にはなっていない。結局、人を依存症にさせるのは、その人がいまどんな状況にあるのか、どれだけつらいのかということなんですね。臨床現場で見ていると、依存症は快楽を貪った人たちでは決してなくて、しんどい人がしんどい状況をさらに踏ん張ろうとして、薬物を使用しているうちに止まらなくなり、薬にコントロールされる状況になってしまった人たちなんです。

――大麻もそうですが、合法化の前段階として非犯罪化もあります。たばこでも未成年者の喫煙は犯罪ですが、吸った本人を処罰してもかえって非行に走らせるきっかけになりかねません。

【松本】嗜好品の規制は本来、身体や精神を支える健康の視点から考えるべきです。そして取り組む際に肝要なのは、ジョン・スチュアート・ミルらが説いた自由の考え方。つまり人に迷惑をかけていなければ、どんなに馬鹿げていたり自分を傷つけたりすることであっても、それは本人の勝手で法律や罰でコントロールされるべきものではない、ということ。

私はたばこを奨励するつもりはないですが、最近は加熱式たばこが普及してきて他者への迷惑も最小化されつつあるので、情報提供はするし、止めるための助言をするけれども、目の敵にする必要はないと思います。

一度、目を付けられたら徹底的に悪者にされるのは大麻も同じです。精神疾患になるとか、無気力人間になる、などというエビデンスを度外視した内容の記述が、厚労省のサイトにも掲載されています。

私たちはニュートラルに見ないといけないし、誰もが依存症になるわけではない。その人は嗜好品を嗜むことで「しんどい状況を踏ん張れているのかもしれない」という見方をしてあげること。だからこそ、人に迷惑をかけるリスクを減らすにはどうしたらいいかを議論できます。これは、私がかねてから主張しているハーム・リダクション的な考え方でもあります。

 

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