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夜の街に集う権力者たち...地方のスナックがもつ“公共圏”としての顔

2023年06月23日 公開

若田部昌澄(早稲田大学政治経済学術院教授/日本銀行前副総裁),谷口功一(東京都立大学法学部教授)

 

公共圏としてのスナック

【谷口】スナックに実際に足を運べば、地域経済のみならず、いろいろなことが見えてきます。たとえば、その街のいちばんのスナックでは、地元企業のトップやマスコミのお偉方などが飲んでいます。もちろん値段も張りますから誰でも入れるわけではなく、だからこそ、ほかのお店とは違う世界が広がっている。

私は地方を訪ねる際、その街の産業や選挙区などを予習するのですが、そうした話題を向けると話が弾みますし、東京で触れる文字情報にはない地方の実態が浮かび上がります。

【若田部】面白いですね。印象に残ったお店や街を挙げるならば、どこでしょうか。

【谷口】とくに重工業地帯の街には立派なスナックがありますね。巨大コンビナートがある徳山(山口県)には昔ながらの豪奢なクラブがあって驚かされました。また小田原(神奈川県)は蒲鉾が名産品ですから、誰もが漁業関係者に一目置いていたことが印象的でした。

【若田部】私は神奈川県の横浜で生まれて藤沢で育った人間なので、日本の一部しか知らないままに歳月を過ごしてきました。ただ、日銀副総裁には年に2回は地方に行く決まりがありましたから、地元の方々に対して政策について発信したり企業を視察したりする機会に恵まれました。個人的には非常に貴重な経験でしたね。

日本は面積こそ広くないかもしれませんが、各地に異なる歴史が堆積しています。その意味では深い。江戸時代に培われた個性が各地にまだ残っていて、たとえば青森では津軽と南部で文化が異なります。そんな地方のリアルな姿が、スナックでの会話や人間関係から窺えるのでしょう。

【谷口】そのとおりです。もう一つお話しすると、いわゆる田舎では、善し悪しは別にして、さまざまな利益団体が選挙を動かしています。そして彼らのような有力者あるいは議員本人は、往々にしてその町の「一番店」とでも言うべきスナックに通っている。

政治学者のロバート・A・ダールは『統治するのは誰か』(河村望・高橋和宏訳、行人社)という本のなかで、ある都市の権力構造がどのように作動しているのかを徹底的に分析しましたが、日本の地方ではスナックに来ているような人たちのあいだで回っているわけですね。

こうお話しすると、いかにも前近代的な印象を受ける方が少なくないかもしれません。でも、日本の地方に寡頭的に物事が決まる側面があるのは事実でしょう。

そして、スナックにはそうした権力に関わる公共圏としての側面もあって、普段は冠婚葬祭や土地取引などの話をしている人たちが、選挙前には誰に投票するかなどを話し合っている。とはいえ、最近ではお酒を飲まない議員も増えていることもありますし、徐々に時代が変化している印象も受けます。

【若田部】スナックで経済のみならず政治や社会の変化までわかるとは興味深い。それもまた、スナックの公共圏としての側面だと言えそうです。

 

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