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“日本の若者は右傾化”したのか? リベラル台頭の裏にある不都合な現実

2023年07月12日 公開

橘玲(作家)

 

世界的な格差拡大とリベラルの関係性

世界的に格差の拡大が大きな問題になっている。その元凶とされるのが「グローバル資本主義」や「新自由主義」だが、それが真っ当な「資本主義」や「自由主義」とどこが違うのかが定義されているわけではない。

リベラルな知識人は認めたがらないだろうが、誰もが「自分らしく」生きられる社会では、必然的に経済格差は拡大する。なぜなら、リベラルな社会ほどもって生まれた能力を発揮できるし、知識社会に適応できる能力にはかなりの個人差があるからだ。

北朝鮮は、一部の者を除けば、国民のほとんどがきわめて貧しい、格差の小さな社会だろう。市場が自由化されれば、それぞれが自らの才覚で商売を始め、格差が拡大すると同時に社会全体が豊かになっていく。これが、鄧小平(とうしょうへい)の改革・開放以降に中国で起きたことだ。

ここから、「リベラルな社会ほど遺伝率が上がる」という、一見奇妙な結果が導かれる。能力は、遺伝と環境によってつくられる。「自分らしく生きられる」社会では、誰もが生得的な資質を開花させられるから、北朝鮮のような社会と比べて遺伝率は高くなるのだ。

このことは、行動遺伝学の多くの調査によって明らかにされている。ノルウェーでは、第二次世界大戦前は、大学進学における遺伝の影響が41%、環境の影響が47%だったが、戦後になると、男性は遺伝的な影響が67~74%に上がり、環境の影響は8~10%まで下がった。

この調査で興味深いのは、女性の場合は教育達成度における遺伝と環境の比率に違いがなかったことだ。

これは、1960年代のノルウェー社会にはまだ男女の性役割分業が深く根づいていたからだろう。その結果、リベラル化の恩恵を先に受け、貧しい家庭からも大学に進学できるようになった男の遺伝率だけが上がったのだ。

ここから、「男女が平等な社会ほど性差が拡大する」という、もうひとつの奇妙な結果が導かれる。男と女の平均的な知能は同じだが、得意分野が異なるからで、経済的に発展した国のほうが数学の平均点が高くなると同時に、男のほうが数学の成績がよいという一貫した傾向が見られる。

それに対して経済発展が遅れた国では、成績に顕著な性差は見られないが、全体として平均点が低い。

これは、「男は生得的に論理的・数学的知能が高く、女は言語的知能が高い」という(これまで性差別と批判されてきた)主張が正しいことを示唆している。

近年では芥川賞・直木賞の候補者の大半を女性作家が占めるのも珍しくなくなったが、社会がより豊かになり、リベラル化が進めば、男女ともに自分が好きなこと、得意なことを伸ばせるようになるのだ。

リベラルな知識人は多くの基本的なことを間違えているが、そのなかでももっとも荒唐無稽なのは、「リベラルな政策によって格差を解消できる」だろう。なぜなら、リベラル化が格差を拡大させているのだから。

このことはどれほど強調してもし足りないが、リベラル化によって格差が拡大しているにもかかわらず、「リベラルな政策で格差を解消できる」という強固な信念を抱いていると、破滅的な事態を引き起こしかねない。

どれほど社会がリベラル化しても格差が拡大する一方なら、現実と信念の不一致(認知的不協和)を解消する唯一の方法は陰謀論しかない。

「レフト(左翼)」「プログレッシブ(進歩派)」と呼ばれる過激なリベラルの主張が、「世界はディープステイト(闇の政府)によって支配されている」というQアノンの陰謀論と不気味なほど似ているのは、どちらも世界に対する認識が根本的に間違っているからだ。

 

自由恋愛が生み出した暴力と絶望

リベラリズムは「自分らしく生きられる」社会をめざすが、「自分らしく生きられる」ことを保証するわけではない。これはヒトが徹底的に社会化された動物で、私たちが社会に埋め込まれているからだ。

私とあなたの「自分らしさ」は、つねに一致するわけではない。その典型が自由恋愛の市場で、私が「自分らしく」生きるためにあなたとの恋愛関係(あるいは性交)を望んだとしても、あなたもまた「自分らしさ」を追求しているので、それに同意するとはかぎらない。これが経済学でいうマッチング問題だ。

生物学的には、男はほぼ無限に精子をつくることができるので、最適な性戦略は「妊娠可能な女性と無差別にセックスしてできるだけ多くの子どもをつくる」になる。

それに対して女は妊娠・出産までに9カ月かかり、子どもが生まれてからも授乳や子育てに多くの資源を投入しなければならない。この場合は、自分と子どもの生活を長期にわたって支援してくれるパートナーを「選り好み」するのが最適戦略になる。

この男女の性の非対称性から、自由恋愛の第一段階では女が男を選択し、第二段階では、選ばれた男が女を選択する。この競争はきわめて過酷なので、人類社会は男が結託して、平等に女を分配することで共同体を維持してきた。

ところがリベラルな社会では、このような「女の分配」が不可能になり、恋愛(男女のマッチング)は完全に自由化された。このことによって、第一段階で女から選択されず、恋愛市場から脱落してしまう若い男が大量に生まれることになった。

これは日本では「モテ/非モテ問題」と呼ばれ、英語圏では「インセル(「不本意な禁欲主義者」の略称)」を自称している。

リベラルな社会のもっとも不都合な真実は、この問題が原理的に解決できないことだ。家父長制社会が女性の権利を制限してきたのは、女を分配されない男が既存の秩序を破壊するのを防ぐためだった。

ところが恋愛に「自分らしさ」を求めることが当然とされる現代社会では、国家が非モテの男に女を分配することなど許されるはずがない。

このようにして、リベラル化は必然的に(非モテの)男の暴力を誘発することになる。最終的にはVR(ヴァーチャルリアリティ)とセックスロボットがこの問題を解決するのかもしれないが、それまでには多くの驚くような出来事が起きるだろう。

※本稿は5月23日に長野で起きた猟銃立てこもり事件の前に執筆されました

 

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