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なぜ大久保利通の殺人犯は称賛された? “暗殺事件に同情する”日本の風潮

2023年09月22日 公開

筒井清忠(帝京大学文学部教授)

大久保利通
出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」 (https://www.ndl.go.jp/portrait/)

日本中を震撼させた安倍晋三元首相暗殺事件から1年以上が経った。日本の近現代史に精通し、今年7月に『近代日本暗殺史』(PHP新書)を刊行した筒井清忠氏は、安倍元首相暗殺事件の源流は大正時代にあるという。近現代の暗殺事件に詳しい筒井氏が、現代に通ずる暗殺事件の特徴から、暗殺者に同情的な日本の文化まで語る。

聞き手:Voice編集部(中西史也)

※本稿は、『Voice』2023年9月号より抜粋・編集したものです。

 

「承認欲求」を爆発させて起きた大正の暗殺事件

――筒井さんの『Voice』での連載「近代日本暗殺史」(『Voice』2023年4月号~8月号)を書籍化した『近代日本暗殺史』(PHP新書)が今年7月に刊行されました。本書の執筆に至った経緯について教えていただけますか。

【筒井】直接のきっかけは、昨年7月に起きた安倍晋三元首相暗殺事件です。事件の一報に触れたときは寝耳に水で衝撃を受けましたし、容疑者の山上徹也氏の不遇な家庭環境から事件が発生したという背景も、研究者として気がかりでした。

私はもともと昭和史に関心があって、二・二六事件などについて研究してきましたが、安倍元首相暗殺事件が起きたことで、近代日本の暗殺史についてあらためて調べてみようという気持ちになったんです。

すると、大正時代の重大な暗殺事件も安倍元首相暗殺事件と同じく、犯人個人の内面的事情から起きた事件だったことが思い出された。今回の暗殺の源流は大正時代にあると、近代日本の暗殺史について本格的に研究を進め、『Voice』での連載から書籍化に至りました。

――本書では主に、大久保利通暗殺事件(紀尾井坂の変、1878年)や大隈重信爆弾遭難事件(1889年)といった明治の暗殺(未遂)事件と、朝日平吾事件(安田善次郎暗殺事件、1921年)や原敬暗殺事件(1921年)といった大正の事件を取り上げています。明治と大正の暗殺にはどのような違いがあるのでしょうか。

【筒井】明治時代の暗殺(未遂)事件の特徴は、士族がナショナリズムに基づき政治的な理由によって行なっていることです。

最も有名なのが、頭山満らが結成した玄洋社の一員で士族出身の来島恒喜による大隈重信外務大臣爆弾襲撃事件でしょう。この事件は、大隈の外交交渉を阻止するという政治的目的が明確でした。

幕末に欧米列強との間で結ばれた不平等条約の改正交渉に際し、日本国内に在留する外国人の犯罪において外国人も裁判官に任用するという大隈外相の方針に、来島は異を唱えたわけです。結果的に暗殺は未遂に終わったものの、大隈は外交交渉に失敗し、来島は事件後に自刃しました。

一方で大正時代の暗殺の特徴は、暗殺者個人の内面的な問題から事件が引き起こされている点です。

安田財閥の祖で富豪の安田善次郎を朝日平吾が暗殺した事件の背景には、朝日の母親の死といった家庭的不幸や貧困がありました。安田善次郎が犯行の標的にされたのは、社会的弱者のための救済事業の意義を解しない大富豪と見なされたからであり、著名だったからです。

――貧富の差に疑義を呈するという意味では朝日平吾も、来島恒喜のように明確な政治的目的があったとは言えないのでしょうか。

【筒井】朝日に、社会的弱者への同情と大富豪への憎悪という現状認識があったのは確かでしょう。ただ彼が生きた大正時代が来島の明治時代と大きく異なるのは、新聞や雑誌といったマスメディアの影響力が非常に強かったことです。朝日は犯行がマスメディアに取り上げられることを頻りに気にしており、自らが伝記に書かれることまで想定していたと言います。

あくまで武士としてのナショナリズムに基づき政治的目的の達成を狙った来島に対し、朝日はマスメディアや大衆の喝采を意識したうえで、個人的な不遇から生まれる「承認欲求」のようなものを爆発させたわけです。

その意味で朝日平吾事件は、現代的暗殺の起点であり、父親の死や母親の旧統一教会への傾倒という不幸な家庭環境で育った山上氏が凶行に及んだ安倍元首相暗殺事件との共通点も多いと言えるでしょう。

 

暗殺者に同情的な文化は日本特有

――現代的暗殺にマスメディアが深く関わっているとすると、大正の暗殺事件の教訓を踏まえて、いまのメディアに求められる役割とは何でしょうか。

【筒井】暗殺という暴力は断じて容認できず二度と起こしてはいけない、という社会的な合意をつくり上げていく必要があります。そのうえでマスメディアの果たす役割はきわめて大きいはずです。

1921年9月28日に朝日平吾事件が起きた約1カ月後、原敬首相が中岡艮一(こんいち)によって暗殺されました。中岡を凶行に駆り立てた要因の1つは、安田善次郎を殺害した朝日がマスメディアや世論から糾弾されるより、むしろ同情・称賛されたことです。当事のメディア報道とそれによって醸成された世論によって、朝日平吾事件が原敬暗殺事件に連鎖したのです。

昨年の安倍元首相暗殺事件から約9カ月後の今年4月には、和歌山の漁港で岸田文雄首相に対して爆発物が投げ込まれる事件が起きました。両事件の因果関係ははっきりしていませんが、前者が後者を誘発した可能性は否めない。

岸田首相に危害を加えようとした木村隆二容疑者は、安倍元首相暗殺事件を模倣して犯行に及んだのかもしれません。これ以上「暴力の連鎖」を生まないためにも、マスメディアの報道のあり方を問い直さなければなりません。

――暗殺者に同情的な文化は、日本特有なのでしょうか。

【筒井】そう思います。大久保利通暗殺事件では、犯人の不平士族・島田一郎をモデルにした小説が暗殺の翌年に出版され、大衆の人気を博したほどです。日本の暗殺事件とその後の社会の反応を詳しく調べていくと、日本はこれほどまでに暗殺者に同情的な風潮が強かったのかと驚きました。

一方で海外を見渡すと、たとえばアメリカではこれまで、エイブラハム・リンカーン大統領、ウィリアム・マッキンリー大統領、ジョン・F・ケネディ大統領などが暗殺されましたが、犯人への同情的な意見はあまり聞かれません。

ケネディ大統領暗殺事件については、同事件を扱った映画『JFK』(1991年)をご存知の方も多いはずです。犯人のリー・ハーベイ・オズワルドは逮捕された2日後に殺害されていますが、彼には謎が残るばかりです。アメリカは暗殺者に対して非常に厳しい文化であり、他の欧州諸国もおおよそ同様の傾向にあります。

 

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