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倉本聰・福島のありのままを伝えたい―原発事故が風化の様相を呈している

2014年12月26日 公開
2023年01月30日 更新

倉本聰(脚本家/富良野塾主宰)

 

 

「思いもかけない言葉で傷ついた」

 ――倉本さんが主宰する富良野GROUPの舞台『ノクターン―夜想曲』が2015年、全国公演されます。東日本大震災と原発事故で甚大な被害を受けた福島を舞台に、書き下ろした作品です。2013年初演されたということですが、台本を書くにあたり、被災地での取材を重ねられたそうですね。現場の皆さんはすぐに取材に応じてくれるものですか。

 倉本 当然、最初は抵抗を示します。被災地である南相馬やいわきへも何度も足を運び、住民に話をしてもらおうと試みましたが、僕たちの本気度を徐々に理解してもらい、胸襟を開いて話をしてもらうまではかなりの時間を要しました。理詰めで説得するより、誠意を示すしかありません。そのぶん、胸中を吐露してくれた現地の方がたとはいまでも深い付き合いをしています。

 廃炉作業中の福島第一原発(F1)の免震重要棟まで入らせてもらい、取材もしました。2011年の3月11日に事故が起きた際に、F1から逃げ出そうとした人もいれば、決死隊として中に入り、原子炉を冷却するために注水し続けた人たちもいました。いざというときに逃げる人間と身を挺して立ち向かう人間の違いは何か、考えさせられるいい機会でした。

 今度の舞台では、逃げてしまった側のトラウマや罪の意識を描きます。

 舞台のイメージを固めるために、放棄された人気のない町にも足を運びました。空っぽの家を覗くと、ネズミの糞だらけ。田畑ではイノシシによって作物が食い荒らされ、牛が道路を闊歩するなど非日常的な光景が眼前に飛び込んできます。一軒ずつ家屋を眺めながら「この家の持ち主はどれほどのローンを借りたのか」「希望に満ちて生活をしていたのだろうか」「小さい子供がいたんだな」と思いを馳せていると、ドラマは際限なく生まれてきます。

 ――福島で見た光景すべてが脚本家・倉本聰を刺激したということですね。

 倉本 僕は戦後に作家になりましたが、そのころは大岡昇平さんや野間宏さんなど戦地から帰還した作家がたくさんいました。おかしな言い方ですが、戦地の極限状態を体験した彼らに対して、作家として羨ましいと思ったことがあります。一方でいまの時代は人間の死に真正面から向き合い、生について考える機会はめったにありません。

 先日、夢枕獏さんも「自分の『原風景』がないことがコンプレックスだ」と漏らしていました。

 しかし、今度の原発事故の経験は大きかった。これまでに原発を扱ったコンテンツのほとんどがドキュメントタッチによるものでしたが、今後は3・11を経験した世代のつくり手が、フィクションとしての映画や小説を通して福島の悲惨な現状を伝えるようになるのではないでしょうか。

 ――先ほどの話に出た「原発から逃げた人びと」は、具体的にどのような人たちだったのですか。

 倉本 たとえば、避難区域の病院で働いていた看護師さんです。「自主判断に任せる」といわれ、家族を守るために病院を離れざるをえなかった看護師さんは、逃げる前に、寝たきりの患者の枕元に握り飯を二つ置いていったようです。どのような気持ちで、看護師たちは職場を離れたのか。追跡調査してわかったことは、彼ら、彼女らの逃げているあいだの葛藤や苦しみには凄まじいものがあった、ということです。

 震災後、一斉に津波を撮りに飛び出した『福島民友』の記者からも話を聞きました。ある記者はシャッターチャンスを待ちながら津波を撮ろうとした。

 ところが、別の記者が持っていたカメラには津波の写真がまったくない。周りにいた避難した人たちの話では「あの記者がみんなを避難誘導してくれた」というのです。『記者たちは海に向かった 津波と放射能と福島民友新聞』(KADOKAWA・門田隆将著)という本にも書かれていますが、3週間後にこの記者の遺体が見つかるのです。

 ――実際に芝居のモデルになった人たちも舞台を観にいらっしゃるのでしょうか。

 倉本 観てくれたらうれしいけれど、こちらとしては怖いですよ。2013年8月に富良野市で行なわれた「初演」の実験舞台では、被災地の方も含めて全国から来た人に原発事故の不条理さについての舞台を観てもらいました。なかには涙を流しながら観てくれるお客さんもいましたが、「思いもかけない言葉で傷ついた」という声もありましたよ。

 とくに今回、福島では計5回の公演を行ないますが、台詞の端々で被災者の方々を傷つけてしまわないか、すごく神経を使います。

 

「地方創生」は都会の消費者の理想論

 ――作品を発表する場としてテレビではなく、演劇にこだわる理由はあるのでしょうか。

 倉本 僕は長いこと映像の仕事で食べてきましたが、テレビや映画の場合、脚本家は脚本を書いたら仕事は終わり。それ以上の演出はディレクターや監督の領域で、口出しができない。それどころか、現場にいることすら拒絶されるケースもあります。そうなると、結果的に僕が想像していた作品と全然違ったものができてしまうのです。

 また舞台なら、公演ごとに微調整できます。地域性や劇場のタイプ、お客さんの反応によって変わっていく、変えられる面白さが舞台にはあります。初日と楽日を比べてまったく違う芝居ではないか、というほど様変わりします。まるで生鮮食品のよう(笑)。

 東京ではぜひ大勢の人に観てほしい。はっきりいって、福島の人たちのなかには東京を恨んでいる人もいますよ。福島の原発でつくられた電気は、ほとんど東京の人が使っていますから。

 それと東京オリンピックが決まり、都内のインフラ整備が被災地の復興の足かせになっていることも福島県民を苛立たせる要因になっています。一国の首相が「原発はアンダー・コントロール」といってしまうのは論外にしても、まず労働力やエネルギーがオリンピック関連の仕事に集中されている現状にもっと目を向けてほしい。いままさに私の塾生が原発で働いています。彼がいうには、とにかく現場の働き手が少なく、人材を募集しても集まらないそうです。

 メルトダウンの始末もつかず、核燃料廃棄物の処理の方策が見つからないまま、原発再稼働へ舵を切り、原発輸出さえ進めようとしている。被災者の思いを汲み取れば、オリンピックを東京で開催するのは非常識だと思いますね。

 ――その点から今後、地方と東京の関係はどうなっていくとお考えですか。

 倉本 いま東京で暮らす人はいずれ地方に移住し、自分の食べるものをつくる生活に回帰する「逆・金の卵」現象が起きるのではないでしょうか。

 僕は、本格的なオイルショックがもうじき起きると思っています。いま石油の埋蔵量は、全世界で富士山の体積の7分の1といわれています。もう石油文明は崩壊に瀕しているにもかかわらず、依然としてすべての物流は石油に頼っている。石油がなくなれば、飛行機や船などの輸送分野が機能せず、東京に食料をはじめ物資が届かなくなります。

 でも東京のようなコンクリートで固めている不毛の土地で、食料の自給自足は現実的に不可能です。必然的に、食料を生産するために、都会に住む人びとはコンクリートのない場所、すなわち地方・郊外に行かざるをえない。

 地方の人口減や少子高齢化問題に鑑みると、東京だけでいまの人口を維持することは現実的ではありません。

 ――東京以外の場所から「地方創生」について、もっと建設的な意見が発信されてもいいのでは。

 倉本 それが理想だと思いますが、権力も財力も発言力までもすべて中央に集中している一方で、地方には力のある発言者・情報の発信者が圧倒的に少ない。だから政治家でもない僕のもとにも、地方で暮らすことや機能性について意見を求めて取材がくる。官僚機能を地域に移譲する案も検討されていますが、その前に各地域で発言力があり、政策を動かせる人材を、国が積極的に育成すべきだと強く思います。

 それと「地方創生」という国の方針も、都会の消費者たちが勝手に考えている理想論であり、長く地方で暮らしている僕らの立場からすれば、地方の目線に立って考えていない無茶苦茶な政策ですよ。

 ――今回の舞台で、全国を公演して巡ることにより、どのような思いを発信したいですか。

 倉本 今回の『ノクターン―夜想曲』には、「福島」を風化させないでほしい、という強い思いを込めています。

 ですから被災者にできるだけ寄り添うために、脚本をぎりぎりまで練っているところです。僕は反原発の立場ですが、この舞台は自分のイデオロギーを訴えることが目的ではありません。福島のありのままの姿を伝えたい。

 ――風化するスピードが本当に速いと感じます。

 倉本 本来、風化とは岩が何千年、何万年、何億年かかって塵となり飛散することをいいます。それがわずか数年前の原発事故がこんなにも脆く、早くも風化の様相を呈していることに激しい憤りを感じます。

 1億総認知症っていいたいですよ。

 


<掲載誌紹介>

2015年1月号

突然の衆議院解散・総選挙が行なわれ、2015年は新政権でスタートすることになる。 そこで、新年1月号の総力特集は、「2015年を読む 世界の大停滞、日本の正 念場」とした。シンポジウム「レジームチェンジをめざ せ」では、小浜逸郎氏、藤井聡氏、三橋貴明氏、柴山桂太氏の4名が2015年の 世界と日本の経済・財政について激論を交わした。また、吉崎達彦氏は2015年 の米国経済について、オバマ人気が凋落する一方で、米経済強気論が続く理由 を解説した。中西輝政氏は11月10日の日中首脳会談を取り上げ、中国が今後 「よりソフトな『微笑外交』を交えつつ、政治戦争にシフトしていくだろう」 と読む。さらに、イスラム国、台湾、香港についての専門家の見解とともに、 小川榮太郎氏の安倍政権の真の理念、目的は何かを問う論考を掲載した。 

第二特集は、「甦る消費」と題し、物流・消費の現場で何が起こっているのか を、三越伊勢丹、大戸屋、福島屋の3人の経営者に聞いた。
ほかに、ドイツの「脱原発」政策がどうなっているのかを、ドイツ在住の川口マーン惠美氏と渡部昇一氏が対談。 今月号から巻頭エッセイは、東京大学名誉教授で解剖学者の養老孟司氏が担当する。 

2015年を先読みするオピニオンを多数掲載した今月号、ぜひご一読を。

 

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著者紹介

倉本 聰(くらもと・そう)

脚本家/富良野塾主宰

1935年、東京都生まれ。東京大学文学部美学科卒業後、ニッポン放送入社。63年に退社後、脚本家として独立。劇作家、演出家としても活躍。77年、富良野に移住。84年から役者やシナリオライターを養成する私塾「富良野塾」(現・富良野GROUP)を設立・主宰。代表作に『北の国から』『前略おふくろ様』『昨日、悲別で』『ライスカレー』『優しい時間』『風のガーデン』など多数。

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