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「巨大化」「高層化」する組体操の病

2016年05月26日 公開
2016年11月11日 更新

内田 良(名古屋大学大学院教育発達科学研究科准教授)

 

感動と引き換えにされる子供の安全

 ――しかし、実際に組体操で多くの事故が起きており、学校の先生方もそのリスクは十分認識しているはずです。それでも「巨大化」「高層化」に歯止めがかからなかったのは、なぜでしょうか。

 内田 まさにそれが「教育という病」なのです。子供がどのようなリスクに直面していようと、その活動は「教育」という名のもとに正当化されてしまう。事実、組体操の事故がこれだけ社会問題化した現在でも、ツイッター上で「巨大化」「高層化」した組体操の写真を掲げ、「子供たちの笑顔、この頑張る姿を見てほしい」と訴える先生がいます。組体操事故の危険性に耳を貸すことなく、組体操を称賛する人たちがいまだに存在するわけです。

 ――わかる気がします。本書では組体操の傾向として「巨大化」「高層化」と並び、「低年齢化」が進んでいると指摘しています。以前、横浜市の幼稚園で組体操に励む園児たちの懸命な演技を見て感動したことがあります。「あんな小さい子があんな難しい技に挑戦している」「日本の子供の団結力はすばらしい」「指導役の先生のなんと立派なことか」と、心が震える思いがしました。

 内田 子供が歯を食いしばって頑張っている姿を見て感動するのは、私もよく理解できます。ただ、組体操は生身の人間である子供たちが演じていることを忘れてはなりません。私が読者から寄せられた感想でもっとも嬉しかった言葉の一つは、「自分の子供の組体操を見たことがあるけれど、ただ感動するばかりだった。しかし、(私の)記事を読んで、たしかに危険だと思った」というものです。「感動」が組体操のポジティブな側面だとすれば、他方でネガティブな側面として「負傷」のリスクを抱えている。私たちの感動は、子供たちの生の身体を多大な危険にさらすことと引き換えとして得られているのです。

 ――たしかに内田さんの発言を注意深く読んでいくと、事故につながるような「巨大化」「高層化」には歯止めをかけるべきとしており、組体操を全否定しているわけではありません。

 内田 私に対して「組体操を潰すつもりか」という批判が山ほどきますが、まったくそんな気はありません。「感動」「一体感」「達成感」が教育として重要であるというならば、高さや大きさを求める必要はないでしょう。低い段数でも、一致団結してダイナミックな演技は可能であり、それらの教育効果は十分に得られるはずです。

 

事故が起きても謝罪がない場合も

 ――事故が起きてしまった場合、学校現場はどう対処しているのですか。

 内田 2014年5月に私が初めて組体操の問題を訴えたとき、思い出深い電話がありました。「自分の子供が小学生だったときに『人間ピラミッド』の頂点から地上に墜落して重傷を負い、数カ月間の絶対安静を強いられた」というものでした。初めて組体操被害者の家族の肉声を聞いた瞬間でした。「ところが学校からはほとんど謝罪もなく、翌年も運動会で同じように『人間ピラミッド』をやっていた」と悔しそうに話されていました。組体操で事故が起きても、それがむしろ生徒たちを団結させる道具にされてしまうことがあります。「怪我をした〇〇ちゃんのためにも頑張ろう」と。

 ――犠牲者の出現によって、かえって組織の“絆”が強化される。俺の屍を乗り越えて行け、というような集団主義、日本的なあり方といえるかもしれません。

 内田 学校としての対応にも問題があります。たとえば、入院中の負傷した生徒にクラスメートのメッセージを集めた手紙を渡しに行く。そこに「早く治ってね」という言葉があると、学校からの謝罪がなくても、手紙を読んだ生徒や親が感動して泣いてしまうような構図がある。これは、まさしく日本人的なメンタリティーといえるかもしれません。

 ――事故が起きても学校から謝罪がない、というのは一般的な対応なのですか。

 内田 もちろんケースによるでしょうが、「組体操の事故は教育活動のなかで起きたもの」というのが学校側の認識です。校内で子供が転んで骨折しても親に謝らないのと同じで、「たまたまドジだから、事故に遭った」という程度の感覚なのでしょう。だから、学校から謝ろうとする発想が出てこないのです。

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著者紹介

内田 良(うちだりょう)

名古屋大学大学院教育発達科学研究科准教授

博士(教育学)。専門は教育社会学。学校生活で子供や教師が出遭うさまざまなリスクについて調査研究並びに啓発活動を行なっている。ウェブサイト『学校リスク研究所』『部活動リスク研究所』を主宰。主な著書に、『柔道事故』(河出書房新社)、『「児童虐待」へのまなざし』(世界思想社、日本教育社会学奨励賞受賞)

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