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岡村青 どうなる?豊洲移転

2017年07月03日 公開
2017年07月03日 更新

岡村 青(ジャーナリスト)

破壊される「都民の台所」

 このようなシステムは場外市場の成り立ちに由来する。

 現在の築地市場は、関東大震災で日本橋魚河岸が打撃を受けたため昭和10(1935)年に現在地に移転し、開設したもの。銀座から徒歩20分ほどで消費地に近い立地条件の良さや人口増加などから、築地市場はわが国屈指の水産物市場に発展。いまや世界の築地と評され、店名に「築地」の名を付ければそれだけでグレードも上がり、付加価値をもつほどになった。築地市場の発展や賑わいは場外にも客を呼び込み、これにあやかろうとするさまざまな業者が市場周辺に店舗を構え、場外市場を形成するようになる。

 これが現在も続いているわけだが、ならば場外市場とはどの辺りを指すのか。それは、南北は築地四丁目交差点から市場橋交差点および築地六丁目交差点から波除け稲荷神社まで。東西は築地四丁目交差点から築地六丁目交差点および市場橋交差点から波除稲荷神社まで。これらを線で結んだ長方形を指し、徒歩で1周15分ほどのエリアと思っていい。

 エリア内には晴海通りと波除通りをつなぐ築地東・仲・西の各通りおよび、もんぜき通り(築地門跡会)などがあるほか、築地横丁など人が擦れ違うのもようやくという細い路地が、まるで迷路のように入り組んでいる。

「けっして広いとは言い難いエリアに水産、青果、乾物、精肉、珍味、冷凍食品、飲食店など411の業者が店舗を構えている」と鹿川賢吾「築地食のまちづくり協議会」事務局長はいう。実際、路地に面して間口2m、奥行き2・7mほどの店から5階建てビルまで軒を連ね、まさにひしめき合っている。

 狭いうえに店舗自体もセピア色。おまけに精肉店の隣は鮪専門店、あるいは乾物店の隣に厨房用品専門店というように混在し、脈絡もない。スーパーやデパ地下に慣れ親しんだ消費者には戸惑いの連続に違いない。

 とはいえ創業50年、60年という老舗もざらにあり、この伝統は〝築地ブランド〟に支えられたもの。消費者はプロも購入する新鮮、安全、本格的な食材の〝築地ブランド〟だから信頼し、場外市場を訪れる。「都民の台所」といわれる由縁もここにある。

 にもかかわらず築地市場の豊洲移転は〝築地ブランド〟をも破壊しかねないものがある。だから場外業者は豊洲移転に猛反対なのだ。

 主な反対理由として場外業者は客足の減少、豊洲・築地間を往復する時間的ロス、そして築地ブランドの低下などを挙げる。豊洲市場が開業すれば場内業者は新市場に移転。それに伴って事業者も新市場ですべてを調達し、2・5㎞も離れた場外市場まで足を運ぶ機会は低下する。顧客の減少が収益減につながるのは明白だ。

 

移転後の跡地利用は白紙

 場外業者にとって、時間も収益を左右する。事業者は早朝から市場内に入り必要な物を仕入れ、午前中にはすべての商品を店頭に揃え、消費者の来店に備える。したがって場外業者もこの要望に応えなければならず、早朝の店内はまさに戦場、息つく暇もない。

 築地市場に隣接してさえこうなのだから、これが豊洲に市場が移転すれば、2・5㎞離れた豊洲市場で商品を仕入れ、現在の場外市場まで運搬するため、往復に費やす時間と距離が負担となり、いま以上の労力が強いられる。往復途中で交通渋滞に巻き込まれ、顧客の納品時間に間に合わないとなれば、信用問題にも関わる。

 築地ブランドはただちに数値化されるものではないにせよ、軽視はできない。消費者にしろ、観光客にしろ、築地市場があるからこそ場外市場も訪れるとの思いが湧く。このように思わせるところに築地市場の誇りがあり、それこそがブランドだ。

 だが、築地市場が消滅すれば築地ブランドに陰りが生じ、来訪者の心理に微妙な影響を与えることは容易に想像できる。

「だから、場外市場は築地の灯を消さないように豊洲には移転せず、このままずっと築地で営業を続けます。場内業者だって気持ちは私らと同じ。築地の看板をなくしたくないというのが本音なんです。けど、場内業者はいわば店子。場所代を払って商売をしてる身だから、家主である都が移転するといえば従わざるをえない。なので移転を契機に閉店したりほかの卸売市場に鞍替えする業者もいるんです」(場外の水産物問屋)

 築地場外市場は豊洲市場に移転せず、現在地で営業を継続する。とはいえ、場外業者にとって築地市場は大きなよりどころだけに、消滅は収益面のみならず心の支えを失うに等しく、落胆は隠せない。このダメージの緩和措置として、前出の「築地食のまちづくり協議会」は東京都に対して次のような要望を行なっている。

(1)豊洲移転後の築地市場跡地を場外業者のための集荷場および物流拠点に使用する。(2)市場内にある駐車場など既存施設の使用。(3)場外市場活性化のため跡地には、高層マンションなど定住施設ではなく、集客力があり、人の動態を促進する施設の建設を講じる――というものだ。

 じつは移転後の跡地利用はいまだ白紙状態。初めに移転ありきなのだ。そのため跡地をめぐって水面下では、某大手貸しビル業者が動きを見せている。あるいは環状2号線の開通を見越して土地の買収が活発化している、などさまざまな憶測が飛び交っている。

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