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日下公人 天皇はなぜありがたいか

2018年05月08日 公開

日下公人(評論家)

「あらゆる罪は私が引き受けます」という天皇の祈り

 日本という国を考えるにあたって、天皇ご自身が「情」の存在であったことの意味は、とてつもなく大きい。

 だが残念なことに現代では、天皇の「情」というものがピンときていない日本人が多い。

 たとえば、昭和天皇は戦争の責任を、すべて一身に引き受けようとされ、さらに国民を力強く励ましてこられたわけだが、そのご覚悟がわからないと、昭和天皇の「情」の深さもわからない。一例を挙げよう。昭和50年(1975)、昭和天皇は訪米されたが、そのあとに行なわれた日本記者クラブ主催の公式記者会見(同年10月31日)で、次のような問答があった。記者が「戦争終結に当って、原子爆弾投下の事実を、陛下はどうお受け止めになりましたのでしょうか」という質問をしたのに対して、昭和天皇はこうお答えになった。

「原子爆弾が投下されたことに対しては、遺憾には思っていますが、戦争中であることですから、広島市民に対しては気の毒であるが、やむをえないことと私は思っています」

 このご発言に対して、「天皇は逃げた」「陛下は『やむをえなかった』などということをおっしゃるべきではない」などと評する向きがあった。

 これは勘違いも甚だしい。戦争の責任を一身に引き受けていらっしゃる昭和天皇は、「戦争になれば、どんなこともある。広島市民にはまことに気の毒だったが、それは全部私の責任だ」と答えておられるのである。それが汲み取れなかった人たちが、昭和天皇に批判がましいことをいっている。やはり、自分の理解をはるかに超越した答は、真意がわからないのであろう。

 とにかく天皇の「情」の深さは、われわれの理解を大きく越えたものである。その「情」を、せめてわずかなりとも理解するためには、天皇が行なっておられる宮中祭祀について知っておくとよい。

 たとえば、大晦日元旦にかけて、皇室では重要な宮中祭祀が続く。はたして、天皇は何を祈っておられるのか。もちろん、宮中祭祀で何が行なわれているかは秘されているが、西暦1100年ごろに藤原の師通の命を受けて大江匡房が編纂したと伝わる『江家次第』などから、その一端を垣間見ることができる。

 簡単にいえば、天皇は大晦日から元旦にかけて、「あらゆる罪や厄災は私が一身に引き受けます。国民を罰しないでください。国民をお守りください」と祈っておられるのである。

 これはこういうことであろう。

 日本神話には天岩戸の話がある。天照大神が須佐之男命との乱暴狼藉に驚き歎いて岩屋に籠もってしまい、世の中が真っ暗になって禍々がしいことがたくさん起きた、という神話である。つまり、天照大神がお怒りになると、日が昇らなくなってしまうと考えられていたのである。日本には、そういう発想があった。

 大晦日から元旦もそうである。大晦日は1年の終わりだが、この1年の罪障が多ければ、天照大神が怒って、新しい年の太陽が昇ってこないかもしれない。そこで天皇は、天照大神はじめ神々に、「今年はこのようなことがありました。しかし、全部、私が悪いのです。国民に当たったり、国民を罰したりするのはやめてください」と一生懸命お祈りする。天照大神が「お前にも色々あるのだろうから、今年は許しましょう」とお許し下されば、元旦の太陽が昇ってくる。

 元旦の太陽が昇ってくれば、国民は喜び、祈ってくれた天皇に感謝する。だから「明けましておめでとう」ということになる。去年1年の罪悪や厄災は、天皇の祈りによって許され、新しい1年がやってきた。ありがたいし、おめでたい。去年のことはすべて水に流して、今年1年、また気持ちを新たに頑張ろう。それが日本のお正月の伝統なのである。

 古来、日本人は日の出が大好きである。大昔の日本人は、日が昇るところを求めて東へ東へと進み、それで海にぶつかって気に入った日向(宮崎県)、伊勢(三重県)、さらに常陸(日立=茨城県)の地に、大きな神社を建てたのではなかろうか。そんな風に考えたくなるほど、日本の太陽信仰には根強いものがある。天照大神をお祀りしている神社は、日本各地にあるが、とりわけ伊勢(三重県)には数多くある。さすがに伊勢の神宮があるだけのことはある。

 ともあれ、日本の天皇は、千年単位の長い期間にわたって、このような祈りを毎年毎年、積み重ねてきた。マッカーサーが来たからといって祈りを変えるはずがない。国民のなかには、長い間にわたって天皇がそのように祈っておられるのも知らず、天皇との一体感を持たなかった者もいるが、天皇は、常に国民と一体だと認識してこられた。

「大御心」と「御心」という言葉がある。「御心」といえば、その天皇個人の「お心」ということになるが、「大御心」というと、歴代天皇すべての「お心」を合わせたものを指す。

 歴代の天皇が積み重ねてきた祈り、国民への思い、そういうものをすべてわが身で背負おうという「心」である。もちろん、それが容易いはずはない。だが、そうあろうと、日夜、天皇は努力しておられる。

 天皇が国や民を思う心の深さは、われわれの想像の及ぶ範囲ではない。

天皇ご自身が「情」の存在である日本はいい国 >

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著者紹介

日下公人 (くさか・きみんど)

評論家

1930年、兵庫県生まれ。東京大学経済学部卒業。日本長期信用銀行取締役、東京財団会長などを歴任。現在は、日本財団特別顧問、三谷産業株式会社監査役などを務める。著書に、『新しい日本人が日本と世界を変える』、『絶対、世界が「日本化」する15の理由』(以上、PHP研究所)。

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