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移民の制限を訴えたら「極右」なのか?欧州で台頭する「自国ファースト」の最前線

2018年11月06日 公開
2018年11月15日 更新

宮下洋一(ジャーナリスト)

移民・難民問題をめぐって欧州が揺れている。ドイツのアンゲラ・メルケル首相が、与党・キリスト教民主同盟(CDU)の党首から退任する意向を表明したのも、同氏の難民政策に対する不満が噴出した影響が少なくないだろう。スペイン在住のジャーナリスト宮下洋一氏が、「自国ファースト」の動きが高まる欧州の現状をレポートする。
 

高福祉の北欧も自国ファーストへ

今年9月に議会選が行われたスウェーデンでは、これまで実権を握ってきた中道左派の社会民主労働党に対抗する形で、「反移民」で極右とされるスウェーデン民主党が躍進した。

同国は1975年以来、欧州の中でも、多文化の移民にもっとも寛容だったといわれ、共存のお手本となってきた。しかし現在では、この移民政策を嘆く国民も多く、自国文化の崩壊や治安の悪化に加え、移民保護制度の負担によって財政破綻の危機にも陥ったといわれている。

この移民政策を側から批判してきたのが、EU(欧州連合)非加盟国であり隣国でもあるノルウェーだった。

ジャーナリストの鎧麻樹氏によると、ポピュリスト政党・進歩党のシルヴィ・リストハウグ副党首は、「ここでは、豚肉を食べ、酒を飲み、顔を見せるのです」と、イスラム教徒に対する挑発を繰り返してきたという。

この進歩党が、昨年9月に行われた国政選挙の結果、保守党連立を組み、政権を担っている。

高福祉国家のデンマークでは、今年5月、イスラム教の女性が顔や全身を覆う「ニカブ」や「ブルカ」の着用を禁止する法案が可決。2015年には、「デンマークは、難民にとって魅力のない国にする」などと書かれた広告が、一〇言語に翻訳され、移民局のウェブサイトに掲載されたようだ。

福祉国家として知られる北欧諸国も、今では自国ファースト主義へと移行しつつある。その背景には、治安の悪化、失業問題、そして伝統文化の崩壊に対する危機感の表れが露呈している。

ダブリン規約は、当初、EU共通移民政策の発展に向け、保護制度の調和を目的に構築された。しかし、この規約も成功したとは言いにくい。

ブリュッセル自由大学で移民問題を専門に扱うフィリップ・デ・ブルイカー教授は、今年10月19日付のルモンド紙で、「これ(ダブリン規約)は、加盟国が他国に責任をなすりつけることを望んだ身勝手なメカニズムだ」と語っている。

ヨーロッパはもはや、四半世紀前までのように、難民や移民を受け入れる寛容さを失ってしまった。特に、イスラム圏からの移民に対し、EU市民はアレルギー反応を示しているのが現状と言わざるを得ない。

英王立国際問題研究所が昨年2月に公表した調査では、「イスラム圏から、これ以上の移民受け入れを停止すべきか」との質問に対し、調査対象者合計1万人のうち、55%が同意している。

対象国は、英国、フランス、ドイツ、スペイン、ベルギー、イタリア、ギリシャ、オーストリア、ハンガリー、ポーランドの10カ国。中でも、ポーランドでは、71%という高い結果が出ていた。

2015年の大量難民入国に危機感を抱き、国境を封鎖したハンガリーでは、今年4月の議会選挙で反移民のオルバン首相率いる右派政党が圧勝している。

中・東欧でも、反移民感情の波が押し寄せ、それを後押しする政党が周辺諸国で増加している。私が訪れたチェコ共和国には、その傾向が顕著に現れていた。

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著者紹介

宮下洋一(みやした・よういち)

ジャーナリスト

1976年、長野県生まれ。18歳で単身アメリカに渡り、ウエスト・バージニア州立大学外国語学部を卒業。スペイン・バルセロナ大学大学院で国際論修士、同大学院コロンビア・ジャーナリズム・スクールでジャーナリズム修士。著書に、第21回小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞作『卵子探しています 世界の不妊・生殖医療現場を訪ねて』(小学館)など。

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