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揺れる「元徴用工」判決 韓国が狙った“請求権の枠外“

2018年12月25日 公開
2023年02月22日 更新

篠田英朗(東京外国語大学教授)

請求権協定の枠外を狙った

ICJの判例があるため、韓国大法院の協定解釈は破綻している、という説も見られる。だが今回の事件は、ある程度はICJ判例を研究したうえで行なわれているようにも見える。

前例となっているとされる2012年のICJ判例は、イタリア国民がイタリア国内裁判所において、ドイツに対する損害賠償請求を行なった事件についてである。

このときICJは、イタリア国内司法における裁判権免除を主張するドイツの主張を全面的に認めた。ただし、その理由は、国家免除(主権免除)に関する国際法にあった。

国連憲章にも定められている「主権平等」の原則、つまり主権国家はすべて平等であり、法の下で一方が他方に優越することはない、という理論により、主権国家は他の主権国家を国内法廷で裁くことができない。

それが主権免除と呼ばれる国際法原則である(ただし不法行為がすべて免責されるということではない)。

戦争犯罪をめぐる個人の責任と、国家の責任は、違う。国家元首ですら戦争犯罪を問われて裁かれることがある。しかし国家それ自体は別である。国家それ自体の戦争犯罪という考え方は国際法では確立されておらず、まったく別のかたちで不法行為の責任が問われるだけである。

個人と国家は違う存在であるため、前者が問われる罪を、後者は問われない、という考え方を理解すると、今回の「元徴用工」の訴えが、日本政府に対するものではなく、私企業に対するものであったことの意味がわかってくる。

おそらく原告は、請求権協定によって、日本政府への請求が不可能になっていることを、理解している。そこであえて、個人が、私企業を訴える、というかたちをとって、請求権協定の枠外と主張する請求権の確立を狙ったのだろう。

その戦略が奏功し、韓国大法院は、請求権協定の枠外の請求権だという論拠で、今回の決定を行なったわけである。

政府間協定の効力が、私人間の関係を自動的に無効化するわけではないことは、一般論としては妥当である。しかも三権分立の原則に則って行政府が司法府に命令を下せないことにも疑いの余地はないため、司法府が行政府とは異なる法理論に従って判断を下すことも、破綻した話ではない。

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