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なぜ『論語』と儒教はまったく関係がないのか

2019年04月09日 公開

石平(せき・へい:評論家)

時間的にも質的にも完全な隔たりがある

儒教が成立したのはいつなのか。それに関しては諸説あるが、有力な説の一つは「漢代成立説」である。たとえば中国思想史家の東京大学大学院教授・小島毅氏は、「漢代成立説」を主張する一人である。小島氏はその近著『儒教の歴史(宗教の世界史5)』(山川出版社)でこう述べている。

「筆者の学術的認識では、儒教が誕生したのは漢代のことである。その理由は(中略)簡単にいえば、経典の確定とそれをめぐる教学が成立するのが漢代だからである」と。

あるいは『世界大百科事典(第二版)』は「儒教」について、「中国で前漢の武帝が董仲舒(とうちゅうじょ)の献策で儒家の教説を基礎に正統教学として固定し、以後、清末までの王朝支配の体制教学となった思想」と解説しているが、これも明らかに、儒教の成立を漢代(前漢)とする見
方である。

筆者も儒教の成立は前漢時代であると考えているが、その成立時期の点からしても、儒教は、孔子や『論語』とはほとんど関係がないのではないかと思われる。前漢時代というのは、孔子および『論語』の時代とはあまりにも時間的な隔たりがあり、質的にもまったく違った時代だからである。

孔子が没したのは紀元前四七九年であるが、前漢王朝が成立したのは紀元前206年、孔子が死去してから273年も経ってからのことである。

しかも、前漢王朝成立後に儒教が直ちに誕生したわけでもない。儒教が教学としてきちんと成立したのは紀元前141年に漢の武帝が即位した後のこと、孔子の死去から数えると三百数十年後のことである。

儒教は厳密に言えば宗教ではないので、安易に比較することはできないかもしれないが、世界三大宗教であるイスラム教・仏教・キリスト教の場合を見てみよう。

イスラム教と仏教は、それぞれの創始者であるムハンマドや釈迦の生前においてすでに宗教としての形を整えて大きな教団を作り上げている。キリスト教の場合、イエス・キリストが十字架の死から復活したその直後から、教団としての布教活動は始まった。

それらに比べて儒教の場合、「教祖」あるいは「始祖」とされる孔子が没して三百年も経ってから教学として成立したというのはいかにも異様だ。孔子や『論語』と後世の儒教との関係の薄さは、それによっても示されているのである。

孔子や『論語』と儒教の隔たりは、時間的間隔だけではない。実は孔子の生きた中国史上の春秋時代と、儒教が成立した前漢時代とはまったく異質の時代であって、政治体制も社会の仕組みも完全に違っているのである。
孔子が生きていた春秋時代は、中国史上の封建制時代である。

当時、中国大陸には周王朝の王室を頂点とした封建制の政治システムが成立しており、周王朝を宗主国と認める各諸侯が天下を分割統治していた。そして孔子の死後に始まった戦国時代に各諸侯国が戦いと併合を繰り返した結果、紀元前221年に七つの大国(戦国七雄)の一つである秦国が他の列強を滅ぼして天下を統一し、中国史上初めての統一帝国である秦王朝を樹立した。

秦王朝は周代以来の封建制を廃止して、中央集権制の政治システムを作り上げ、皇帝一人が官僚を手足のように使って全国の土地と人民を直接支配するようになった。

それ以来、統一帝国と中央集権制は中国の政治的伝統として受け継がれ、現在に至っても健在であるが、秦王朝の後を継いだ前漢の時代、特に儒教が成立した前漢第七代皇帝の武帝の時代は、まさに統一帝国と中央集権制がきちんと整備され定着した時代である。

 

もし孔子が甦って中国の皇帝独裁を目にしたら

こうして見ると、孔子の生きた時代と儒教の成立した時代は、中国史上のまったく違った時代であることがよくわかる。前漢の時代に成立した儒教が、政治システムも社会の仕組みも完全に異なる三百年前の春秋時代に生きた孔子を「教祖」に奉ったのは、何かの間違いとしか思えない。

実際、孔子が『論語』の中で何度も述べているように、彼自身が政治制度としてもっとも推奨しているのは周王朝のそれであり、要するに前漢時代とはまったく異なった封建制なのである。

もし孔子が前漢の時代に蘇って皇帝独裁の中央集権制の政治を目にしたら、もう一度憤死するに違いない。この孔子を、前漢時代を代表するイデオロギーである儒教の「始祖」にするとは悪い冗談というしかない。

結局のところ、漢代に成立した儒教は、「孔子と『論語』の思想を継承した」云々というよりも、むしろ孔子の名声を悪用して、孔子・『論語』とはほとんど関係のないところで自分たちの教学を作り上げただけのことである。孔子と儒教、そして『論語』と儒教とは、最初から別々のものなのである。

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