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日米安保条約に潜む「アメリカが日本を助けない理由」

2019年07月05日 公開
2022年07月08日 更新

北村淳(軍事社会学者)

 

具体的に軍事的な支援の方針をアメリカが明言したことは過去に一度もない

日米安全保障条約を自らに都合のよいように解釈し、完全なる「米軍依存」、すなわち「いざという場合にはアメリカが日本を助けてくれるに違いない」との思い込みは、日本側の願望にすぎない。

同盟関係を情緒的に考える日本と違い、アメリカは同盟関係を契約として考える以上、日本側が日米同盟に抱いている願望が実現しない可能性もある。というより、実現する可能性はきわめて低い。

それにもかかわらず、きわめて危険な防衛思想である「アメリカに頼りきる」という姿勢を日本は堅持するのであろうか?

日本政府は、アメリカ政府高官に「尖閣諸島は日米安保条約の適用範囲であり、有事に際してアメリカは条約の規定に従い適切に対処する」といわせることを、あたかも最強の尖閣諸島防衛戦略と心得ているようだ。

アメリカ側も、日本政府の要望に応じてそのような模範解答を口にすると、日本政府も日本メディアも「尖閣有事の際には、アメリカが救援軍を派遣して尖閣諸島を奪還してくれる」といった趣旨の論評を国民に向けて喧伝している。それを受けて、多くの日本国民も胸をなで下ろしている状態だ――とんでもない身勝手な解釈である。

オバマ政権にせよトランプ政権にせよ、「第三国間の領土問題には介入しない」というアメリカ外交の伝統的原則を変更してはいない。すなわち、アメリカ政府は「尖閣諸島の領有権が日本に帰属しているのか否か」に関しては一切触れていない。

 

安保条約を過信した「願望」の怖さ

アメリカ側は、このような基本原則を土台にして「現状では、尖閣諸島は日本の施政下にあると理解している」という立場を取っているのだ。

もっとも、日米安保条約第五条には「各締約国は、日本国の施政下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和および安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定および手続きに従って、共通の危険に対処することを宣言する」と規定されている。

したがって、アメリカ政府が尖閣諸島を日本の施政下にあると理解している限りは、当然ながら尖閣諸島は日米安保条約の適用範囲ということになる。

そして日米安保条約が適用される以上は、もし中国が尖閣諸島に侵攻してきた場合に「アメリカは日米安保条約第五条の規定に則して対処する」のは、日米安保条約が存在する限り、きわめて当たり前のことである。

アメリカ政府高官たちが繰り返し明言しているのは「尖閣有事の際には、アメリカ政府はアメリカ合衆国憲法や法令などに従って適切に対処する」という基本原則を確認しているのであって、「自衛隊と共に中国侵攻軍を撃退するため、アメリカ軍を派遣する」といった具体的対処方針を口にしたことは一度もない。

ところが、日本政府は伝統的に上記の日米安保第五条の規定を「アメリカが日本に対して救援軍を派遣する」といったイメージで解釈しており、現在もそのような手前勝手な解釈を維持している。

それどころか、安保条約が適用される日本の領土領海ならびに日本が施政権を行使している領域において軍事衝突や戦争が起きた場合には、アメリカが軍隊を派遣して日本を救援することがアメリカの義務であるかのように喧伝している。

日米安保条約の条文には、日米安保条約が発動される事態が生起した場合には「アメリカは救援軍の派遣を含む軍事的行動をもって対処しなければならない」といった文言はまったく記されていない。

また、尖閣諸島に関してのアメリカの基本姿勢を繰り返し公言してきたアメリカ政府高官たちの口からも、「救援軍を派遣する」とか「全面的な軍事支援を実施する」といった具体的対処行動については一切語られていない。

「尖閣有事に際してはアメリカが防衛義務を果たしてくれる」という表現は、日本政府やメディアの多くのたんなる願望にすぎないのである。

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