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私たちは「人間らしさ」を問われている



2020年07月30日 公開

瀬名秀明(作家)

《日本で再び感染者が増している新型コロナウイルス。多くの人が「コロナウイルスとの戦いはどこまで続くのか」と不安感を募らせているのではないだろうか。しかし、インフルエンザウイルス研究者である鈴木康夫氏を父に持つ気鋭の作家は、「人類vsウイルス」の視点で向き合うべきではないと説く。》

※本稿は「Voice」編集部編『変質する世界 ウィズコロナの経済と社会』(PHP新書)に掲載された「私たちは「人間らしさ」を問われている」(瀬名秀明、初出は月刊『Voice』2020年6月号)より一部抜粋・編集したものです

 

「人類vs.ウイルス」という視点の陥穽

新型コロナウイルスが日本で本格的に猛威をふるいはじめた3月下旬に、テレビで『インデペンデンス・デイ:リサージェンス』という映画が放送されました。その後、ツイッター上で「時節柄スカッとした」という感想が多くつぶやかれた様子をみて、私は驚きました。

もともと一作目の『インデペンデンス・デイ』は、宇宙人が地球を攻める非常時、米国大統領が「今日がわれわれのインデペンデンス・デイだ」とスピーチすると、皆が「ウォー」と快哉(かいさい)を叫び団結する内容です。アメリカ人には感動的かもしれませんが、そのほかの国民にとっては米国のパトリオティズムが想起される複雑なシーンです。

『インデペンデンス・デイ』はアーサー・C・クラークの小説『幼年期の終わり』(光文社古典新訳文庫)が元ネタです。しかし本書は、宇宙船の襲来を描いているものの団結して戦うストーリーではない。

あまりにもけた違いの科学技術を目の前に、人類が成長を諦めてしまうという、イギリス人作家クラークらしい皮肉の効いた展開です。ところが新型コロナに関しては多くの人がハリウッドのように「人類vs.ウイルス」という第三次世界大戦的な視点で捉えた。その事実に私は驚いたのです。

偶然にも先日、ジョージ・オーウェルの『あなたと原爆』(光文社古典新訳文庫)を読みました。ご存じの方も多いでしょうが、オーウェルは『1984年』(ハヤカワ文庫)で管理社会、全体主義の恐怖を描いた作家です。

『あなたと原爆』のなかには「右であれ左であれ私の国」というタイトルのエッセイが収められていますが、これはスペイン内戦勃発直前の1936年のある日、反戦活動を行なっていたオーウェルが、戦争がすでに始まった夢をみた話が紹介されています。

興味深いことに、彼は夢を通じて二つのことに気付いたといいます。一つは「長らく恐れてきた戦争であっても、始まってしまえば、私は単純にほっとするのだろう」ということ。

それから「私は心の底では愛国者なので、戦争が始まってしまえば(中略)戦争を支持し、可能であれば従軍して、みずからも戦うだろう」ということ。

新型コロナを巡る騒動をみるうえで、誠に示唆的な言葉です。つまり、私たちが「人類とウイルスの戦いなんだ」と思えば、じつはいったんはほっとする。先行きがみえないとき、「人類」という究極に大きな視点にみずからを置けば、一時的には不安から逃げられるのです。

上手いことをいっているようだし、科学的でもあり、自分の尊厳が保たれているようでもある。愛国心というよりも愛人心から、「戦争に参加する」と気持ちを切り替えられます。日本にもそんな空気が流れたわけです。

ところが、今回の新型コロナウイルスは非常にたちが悪く、おそらくは根絶できません。動物と人間のあいだで感染が行き交う人獣共通感染症とみられており、またRNAウイルスに分類され、変異が速いと考えられます。不顕性感染者も多くて「見えにくい」感染症です。

ユヴァル・ノア・ハラリ氏は米『TIME』誌への寄稿で人類が天然痘ウイルスをワクチンで根絶したことを引き合いに出していましたが、天然痘はヒトからヒトにのみ感染し、DNAウイルスで変異も少なく、また感染者は発疹が出るので見分けやすいなどの特徴もあったことからワクチン対策が奏功したのであり、単純には比較できません。

いまのところ人類が根絶できたウイルス感染症は天然痘と家畜に伝染する牛疫の二つだけです。今回の新型を含むコロナウイルスは、ちょっと専門的になりますがニドウイルス目に分類され、このニドウイルス目はRNAウイルスのなかでも例外的に、ゲノムを複製するときミスを直す「修復酵素」を持っているのが特徴です。

そのため他のRNAウイルスであるインフルエンザウイルスと比べると変異の度合いは遅いとは思われますが、天然痘ウイルスよりは速い頻度で変異は起こるでしょう。

新型コロナウイルスのワクチンを開発するとしても、こうした変異株のことも考えて方策を練る必要があります。この「見えにくい」感染症が根絶できるとは思えません。

ですから、新型コロナの長期化を避けるのは容易ではありません。ウイルスを「征服」しようと考えるならば、行動様式やグローバル化そのものを見直す必要がありますが、われわれが歩みを止められるとは思えない。

すると、最初のうちは戦時下で気持ちが昂(たかぶ)っていても、長期化すれば当然疲弊するし、むしろ不安感や圧迫感は増していく。先の大戦の経験から容易に想像できる未来です。

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