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社会主義精神が強く「赤い牧師」といわれたメルケルの父・カスナー

2021年03月31日 公開
2023年01月12日 更新

川口マーン惠美(作家/評論家/ドイツ在住)

 

なぜかカスナーの記録が残っていない

カスナーが果たした役割については多くが憶測の域を出ないが、不思議なのは、シュタージの記録にカスナーに関するものがほとんど残っていないことだという。

シュタージの記録というのは、壁の落ちたときに民衆が腹立ち紛れに破棄してしまったものを除いては、今でも多くが保管されている。ところが、カスナーに関しての記録は、なぜか1981年までのものしか残っていない。東ドイツの、特にシュタージに関することでは、統一後も解明できていないことが多くある。

カスナーは、いわゆるマイホーム型の人間ではなかった。それは、初めての妊娠中の妻を置いたまま、政情の怪しい東ドイツへ単身旅立ってしまったという事実からも想像できる。

メルケルはのちに子供の頃を回想し、父親は厳しく、完璧主義者で、「仕事と余暇の境目が曖昧だった」と語っている。それでも父親が大好きで、振り向いてもらいたいといつも思っていた気持ちが言外に滲む。いずれにしても、カスナーはメルケルにとって、生涯に亘って尊敬する人物であったという。

カスナーは2011年に亡くなった。統一後はSPDを支持し、娘のメルケルがCDUの首相になった後も、最後までそれを貫いた。メルケルの母親に至っては、統一後、テンプリンでSPDの政治家として活動している。

両親のこの社会主義精神が、娘メルケルに受け継がれていないわけはないだろう。そんな彼女が、よりによってCDUという保守政党のトップに立ったという事実が、今になって、静かにドイツを揺るがし始めているのではないか。

 

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