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数学力のある方が事実を捻じ曲げる...心理学が明かす「バイアスにかかる人の特徴」

2021年10月14日 公開

ターリ・シャーロット(聞き手:大野和基)

 

数学力がある人のほうがバイアスにかかりやすい?

――そもそも、よりバイアスにかかりやすい人の特徴はあるのでしょうか。

【シャーロット】それについては確かな調査はなされていませんが、論争にはなっています。分析力・数学の能力がある人のほうが、自分に都合のいい情報しか見ない「確証バイアス」がかかりやすく、勝手にデータを捻じ曲げる傾向があるのではないかという論争です。

イエール大学のダン・カハン氏が行なった素晴らしい研究があります。その研究では、数学の能力がある人のほうが「確証バイアス」にかかりやすいことがわかっています。彼はまず1000人のアメリカ人に数学のテストを行ない、その結果に基づいて、被験者を数学の能力・分析力があるグループとそうではないグループに分けました。

次に、彼らにある資料を二揃い渡しました。一つは、肌の手入れをすることで吹き出物が改善するかどうかをみる資料です。すなわち、データを分析して効果の程度を見極めるテストです。大方の予想通り、そのテストでは数学の能力・分析力がある人のほうが、成績が良かった。

ところが、その次に銃規制法が犯罪を減らしているかどうかを見極めるテストをしたところ、数学の能力・分析力がある人のほうが、逆に成績が悪かったのです。なぜなら、銃規制法については皆あらかじめ強い信念を――賛否を問わず――もっていたからです。

一方で、MIT(マサチューセッツ工科大学)のデイヴィッド・ランド氏が行なった研究では、分析能力が優れた人のほうがフェイクニュースを見極めることができると示されています。ただしこの結果は、「確証バイアス」と関連性があるかはわかりません。個人的には、ダン・カハン氏の研究結果を支持します。

――一般に、学歴が高い人のほうが多様なデータを収集するようにも思えます。バイアスと学歴との関係はどう考えられますか。

【シャーロット】数学の能力・分析力がある人とバイアスとの関係はいま述べた通りです。この研究では学歴そのものとバイアスとの関係は検証されていませんが、数学の能力・分析力がある人ほどよい教育を受けているということは言えるでしょうね。

 

人は「自分の選択を正当化する」ようにふるまう

――"The Influential Mind"で指摘されているように、事実よりも感情に訴えたほうが相手を説得できることがあるように思います。

【シャーロット】感情がどういう役割を果たすかが重要です。感情は人の注意を集めやすいので、感情を伴う情報はより記憶に残りやすい。つまり、感情は人の記憶を強化するのです。とりわけ、エビデンスよりもストーリーを使って相手を説得しようとするときはそうですね。

相手の考えがあなたと異なるとき、エビデンスだけでは相手の考えを変えることが難しい。相手が特に何の考えももっていない場合はエビデンスだけでも十分ですが。そして、さらに強力なのはストーリーにエビデンスを盛り込むことです。

考えてもみてください。われわれ人類が何百万年にもわたって進化を続けてきたのは、データがあったからではないでしょう?人類には、データも統計学もなかった。あったのは、周りの人とのかかわりです。

狩りに行った家族に何が起きたのか、近所の人に何が起きたのかというように、人類は周りの人たちのストーリーから学んできました。図表やグラフといったデータ、統計学の手法が出てきたのは、人類の歴史からすればつい最近のことです。

もちろんそこからの学びもありますが、我々の本能はやはりストーリーから学ぶことです。ストーリーは感情を呼び起こし、我々の注意と記憶をより強化するのです。

――感情はそもそも、生来備わっているものですね。

【シャーロット】感情そのものは、人類がもつ進化上最も古い特性の一つです。感情があるおかげで、われわれは生存することができます。感情は物事の善悪を教えてくれるからです。蛇やライオンを見ると、恐ろしくて逃げ出したくなりますよね?

「恐ろしい」という感情を抱くからだけではなく、その感情に(蛇やライオンに襲われて負傷する、命を落とすといった)実例やストーリーが伴うから逃げ出したくなるのです。そのようにして、人間は社会動物として学び続けてきたのです。

――トランプ大統領など、いわゆる「ポピュリスト」と呼ばれる人たちは、人の感情を巧みに操っていると言えるでしょうか。

【シャーロット】(2016年の大統領選挙の際)トランプ、あるいはトランプ陣営は、影響力の強い特性を多く突く手法を使いました。その手法とは、一つはストーリーと感情を使うこと。二つ目は、人にコントロール感を与えることです。

彼があれほどの得票数を得た理由の一つは、自分の言いたいことがいままで通らなかった有権者に対して、トランプに投票することで何かが変わる感覚を与えたことです。現状を変えられるかもしれない、というコントロール感をトランプに投票した有権者は取り戻しました。

このコントロール感というのが、人に影響を与えるうえで非常に重要な特性なのです。われわれは誰かに影響を与えようとするとき、多くの場合、やり方を誤ります。あれをしろ、これを信じろと相手の主体性を制限し、不安を抱かせ、かえって相手を身構えさせてしまいます。

一方、相手にコントロール感を与えれば、その人は考えを変えやすくなります。この「感」が必須なんです。ベストな方法は、相手自身に物事を選ばせること。方向性は示してもいいですが、最終的に相手が自分で選択すると、その選択によりコミットしやすくなります。

たとえば、あなたがバケーションの行き先としてタイかギリシャで悩んでいて、仮にタイを選んだとしましょう。すると、選んだ瞬間からタイがより魅力的な選択肢に感じられ、逆にギリシャはそれほどよくないと思うようになります。自分で選んだからにはその選択によりコミットする作用が働きます。つまり、自分の選択を正当化するのです。

他の誰かに選択してもらったときには正当化は起きません。選択は自分で実際に行なわなければなりません。それはSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)でも同様です。ある投稿を見て気に入ったら、人は「いいね!」やリツイートをしますね。

その自らの行動により、人は投稿に対してよりコミットする、つまり発言に責任をもつようになります。そして「いいね!」やリツイートをすることで、それ以前よりもさらに投稿の内容を信じるようになるのです。

 

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