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「リバタリアン」はなぜ民主主義を否定するのか? 激変するアメリカ現代思想

2022年01月19日 公開

岡本裕一朗(玉川大学文学部名誉教授)

 

民主主義に叛逆するリバタリアン:カーティス・ヤーヴィン

こうしたティールのリバタリアニズムと、いわば共同戦線を張るように展開されたのが、ティールの知人でもあり、シリコン・ヴァレーの企業家であるカーティス・ヤーヴィン(1973―)だ。彼は、ウェブ上でメンシウス・モールドバグという筆名を使い、過激な議論を展開していた。特に注目すべきは、リバタリアニズムの立場から、民主主義を厳しく批判する議論を次々と発表したことである。

ヤーヴィンが民主主義に反対して、提示した国家は「新官房学(ネオカメラリズムNeocameralism)」と呼ばれるものである。これは、18世紀のプロイセンのフリードリヒ2世が行なった統治法から命名されたものだ。

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新官房学からすれば、国家は一つの国を所有するビジネスとなる。他の大規模なビジネスと同様に国家は、形式上のその所有者、それぞれが国益の正確な一部分と名に対応するような流通性のある株式へと分割するかたちで経営されるべきものとなる(よって首尾よく機能している国家は、多くの収益を生むものになる)。それぞれの株式には一票の投票権があり、株主は経営陣の雇用や解雇を決定する役員を選出する。

このビジネスにおける顧客はその住人である。収益を生み出すものとして経営される新官房学的な国家は、他のビジネス同様その顧客に対し、効率的で効果的なサービスを提供する。したがって、統治の不振は経営の不振を意味することになる。

(モールドバグ「政治的自由に抗して」)
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ここでポイントになるのは、国家の運営がビジネスとなることである。企業が利益を生み出すことを目指すように、国家の運営でも収益を生み出すことが重要だ。そのため、国家の運営は、企業の運営と同じように、民主主義という非効率なシステムを採用しないのである。

また、ヤーヴィンは、民主主義を「大聖堂(The Cathedral)」と呼び、社会における「支配的な存在」と見なしている。それが「大聖堂」と呼ばれるのは、民主主義という思想がいわば宗教性を帯びて、あたかも神のように人々の信仰の対象となっているからである。今日、世界のほとんどの地域で、民主主義は「惑星規模の神学」にまで高められている。

こうした民主主義の問題が、もっとも先鋭的に現われるのが、「人権」ないし「人種差別」に対してである。リベラルで民主的な考えによれば、人間は生まれながらに平等であり、人種の違いで差別されることは許されない。このように見ると、民主主義が、現代社会ではいわば自明な前提のように見なされ、異を唱えることなど不可能なように思われていたことが分かる。

このいわば世界の常識に対して、リバタリアンであるヤーヴィンは、公然と対立したのである。たとえば、彼がどんな国家をイメージしているかは、次の文章を見るとよく分かるだろう。

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完全な新官房学的なアプローチはいまだ試みられたことがないが、歴史上それに最も近いものとしては、フリードリヒ大王に代表されるような18世紀の啓蒙的な絶対王政の伝統や、香港や上海やドバイといった、かつての大英帝国の断片に見られるような21世紀の非民主主義的伝統が挙げられる。こうした国家は、有意味なものとしての民主主義をまったく伴わないままに、市民たちにたいして非常に質の高いサービスを提供している。犯罪率はきわめて低く、個人や経済の自由は高いレベルにあり、全体として今後も繁栄していく傾向にある。政治的な自由度のみ低いが、しかし政府が効率的で安定したものである場合、政治的な自由などあきらかに重要なものではない。(同論文)
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リベラル・デモクラシーの伝統からすると、「非民主主義」を問題とはせず、むしろ「国家が個人や経済の自由」を保証するなら、民主主義のような非効率的なものは必要ではない、というヤーヴィンの主張は常識に反しているように見えるだろう。それにもかかわらず、彼の記事は多くの賛同者を生み出すことになった。

 

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