Voice » もう一度「かっこいいたばこ」へ

もう一度「かっこいいたばこ」へ

2022年01月31日 公開
2023年03月31日 更新

テリー伊藤(演出家/タレント)

コインランドリーに学べ

――世の逆風に身を潜めているだけでは、喫煙者の地位は好転しないということですね。イメージアップには何が必要でしょうか。

【テリー】参考になるのは、最近のコインランドリー。昔のコインランドリーって、どこか薄暗くて現在の喫煙室みたいなところだったでしょ。自宅に洗濯機のない人が利用しにやってくる、夜の溜まり場的な。中に置いてあるのはだいたい手垢の付いた『少年ジャンプ』で、夜10時、11時にコインランドリーに行くとカツアゲされるんじゃないかという怖いイメージや、安い洗剤の匂いのイメージがありましたよね。

でも、いまって違うじゃないですか。昔と比べ物にならないくらい明るくきれいになって、都内だとスタバみたいですよ。下手すると、用もないのにコインランドリーに行って、カウンターに置いてあるコーヒーを飲んでいる。洗剤の香りだけじゃなく、コーヒーの匂いもして、外から見てもおしゃれ。都会の寂しがり屋たちの出会いの場所になってきたじゃない。これですよ。

――何かとセットで、場のイメージを変えていく。

【テリー】そう。喫煙所のイメージを変えようと思ったら、たばこのアイテムや発想だけでは限界があります。そこでコーヒー的なアイテムがあると、違う価値観が出てくる。喫煙スペースをいくらおしゃれにしようとしたって、たばこの匂いだけだと弱いと思うんですよ。それこそコーヒーとたばこの相性はいいし、両方揃うと、その空間に立ち寄る意味が出てきますよね。

ほかにも、たとえば舞浜イクスピアリ(東京ディズニーリゾートの玄関口にある商業施設)内に「トルセドール」というシガーバーがありますよね。

イギリステイストの雰囲気がよくて、「スモーキングジャケット」というたばこを吸うときに着るジャケットを羽織って行くんです。19世紀半ばにイギリスで流行した、タキシードの原型となったジャケット。たばこやパイプの煙を吸収して中の服に匂いが付かないようにして、落ちる灰から衣服を守ってくれる。当時の紳士たちはディナーの後に書斎や喫煙室に入り、このスモーキングジャケットを着てたばこを吸っていた。僕も三着くらいもってますね。

――シャーロック・ホームズやエルキュール・ポアロがドラマで着ているものですね。見たことがあります。

【テリー】19世紀後半から1940年代くらいのイギリスを舞台にしたドラマを見ると、よくスモーキングジャケットが登場します。ガウンのように羽織り、たばこを吸いながらカードゲームをしたりする。映画『タイタニック』にも出てきますよ。

ホームズもそうなんですけど、フランスの警察官小説の主人公メグレ警視は必ず手にパイプを持っているんです。パイプをくわえながら、事件について考察する。効果的ないい小道具で、手にするだけで知的な雰囲気が伝わるアイテムなんです。

喫煙に興味をもったのはやっぱり映画の影響で、どうやったらたばこの火の点け方をかっこよく見せられるか、よく研究しましたよ。若いときなんて、女の子とデートしていても何を話したらいいかわからないから、研究した所作を行なっているあいだに、次に話すことを考えていました。いまは紙巻きたばこはほとんど吸わなくて、ときどきパイプを嗜んでます。

ホームズやメグレ警視に憧れてね。たばこそのものより、たばこにまつわる所作や雰囲気が好きなんですよ。パイプはいくつももっていて、たばこと喫煙具が専門の「銀座菊水」のお店で揃えました。

たばこのもつもう一つの魅力、「気取れる」ような所作をアピールする方法はいいと思う。喫煙具と所作、吸う場所、大人のマナーを提案して、そういう立ち居振る舞いがおしゃれと認知されるように、流れをもっていくわけです。

 

聖地とキャッチコピー

――コインランドリーのイメージが一変したような変化を、たばこにも起こせるということですね。

【テリー】シガーバーのように葉巻の吸える場所が自分の生活圏内にあるっていうのは、おしゃれで素敵だよね。高級ホテル内のシガーバーで葉巻を燻らしていたら、迷惑だと思わずにかっこいい、と感じるじゃないですか。そういうスペースがもう少し、街の目に付くところに生まれるといいと思うんです。たばこ好きが自分たちで喫煙のポジションを上げていくような仕掛けづくりですね。

昔は「お酒を飲む」というと、赤提灯とかビールとか焼酎でしたよね。それが昭和40年代くらいから、酒屋さんが「ワインショップ」って言い出したの。たまたま僕の同級生の家が酒屋で、ある日、店名を「〇〇屋」から「ワインショップ〇〇」に変えたとき「何それ?」ってみんな笑ったわけ。でもしばらくすると、おかしくなくなって世間に馴染み、おしゃれな場所のイメージになりました。食堂だって「ビストロ」と呼ぶようになってイメージが変化しましたよね。だから、価値観って一瞬にして変わるような気がするんです。

――具体的なアイデアはありますか。

【テリー】聖地をつくることですね。都心のおしゃれな街の一画にアンテナショップをオープンさせて、たとえばファッションアイコンになるような服を着た女性が何人もいて、たばこも売っている。もちろん店内で喫煙できて、こだわりのコーヒーや、夜の時間帯にはワインがあってもいい。表通りに背を向けるんじゃなくて、街中や並木通りを眺めながらゆったりと喫煙タイムを味わう空間ですよ。そういう目立つかたちのアンテナショップをやると、おしゃれにたばこを吸う価値が再浮上すると思う。

バブルの時代だって、西麻布交差点近くのホブソンズ(アイスクリームショップ)の前に、ハイセンスな女性が夜中にこぞってアイスクリームを買うのに行列して、お店がブレイクしたことがありました。何でもそうだけど、かっこいい女性たちが自然とおしゃれなたばこカフェバーに集まれば、大きな話題になるんです。

――たばこ好きだけでなく、世間からの見え方もがらっと変わりそうですね。

【テリー】できれば一店舗だけじゃなくて2、3店舗、中心街のほかにハブ駅にもあればいい。ビジネスパーソンがお酒を飲んだ帰りに立ち寄って、コーヒーとたばこをやって帰っていく。締めはラーメンじゃなくて、「締めはシガー」。あるいはそんな習慣、まだないけど「コーヒーとたばこを味わってから家に帰ろう」みたいなキーワードにしてしまう。

1971年に放映されたワインメーカーのテレビCMで「金曜日は花買って、パン買って、ワインを買って帰ります」という歌のキャッチコピーがありました。このCMが放送されるまでそんなことする人、ほとんどいなかったと思いますよ。でも、コピーの効果一つで実際にワインは売れたんです。「朝シャン」もそう。それまでも朝にシャンプーをする人はいただろうけど、言葉ができて一気に広がったんです。

大事なのは一行か二行かの言葉の力。「金曜、お酒の締めはコーヒー・シガーで」とか、キャッチコピーを先に広めればいいんですよ。すると聖地のアンテナショップが発信源、受け皿になりますから。

 

「お前、いいのもってんじゃん」

――聖地に男性ユーザーを集めるためにも、女性ユーザーへの働きかけが必要ですね。

【テリー】そうなんですよ。たばこの復権、おしゃれ化のキーポイントは女性の喫煙者。男性ユーザーが減り続ける半面、若い女性ユーザーは昔より増えた印象があるでしょ。

――たしかに、20代から40代女性の喫煙率を見れば平成に入って昭和40年代の数倍に上昇しています。加熱式たばこの女性ユーザーも目立ちます。

【テリー】たばこをやめる男性が多い一方、女性のやめる割合はゆるやか。ということは、女性の喫煙者を大切にすべきです。イケメン男性がいるような紙巻きたばこ&シガーカフェバーがあるといいし、お店にはワインソムリエみたいな銘柄、フレーバー選びの専門家がいて「本日はこんな甘い香りの葉巻はいかがですか」と接客する。

平安貴族は、お香を焚きしめて自身の香りを保っていました。通い婚の男性は暗がりの中、香りで女性が誰かを判別する。ニコチンのためじゃなく、香りを身にまとうためにシガーバーに立ち寄るなんて、おしゃれの極みじゃないですか。

――若い成人向けにはかっこよさが絶対条件ですね。

【テリー】昔はたばこのパッケージデザインに規制がなく、手に持つだけでかっこよく、羨ましがられる海外の洋モクがありました。もちろんスタイルにもこだわりがあって、マルボロなら映画『アメリカン・グラフィティ』(1973年)の青年ジョン・ミルナー(ポール・ル・マット)みたいに、Tシャツの袖をまくってたばこの箱を挟み込む。たばこ自体が若者のおしゃれアイテムの一つでした。

日が沈むころ、若者たちが車に乗っていつもの溜まり場「メルズ・ドライブ・イン」に集まってくる。旅立ちを控えた青年たちの輝きと哀愁が漂う、青春映画の名作。僕も仲間と喫茶店に行くと、ドイツの「ゲルベゾルテ」という甘い匂いのする両切りたばこを見せびらかしていました。

チョコレートの箱みたいな四角い紙製のハードケースをテーブルにバーンと置くと「お前、いいのもってんじゃん」といって、そこから会話が始まる。ライターの点け方にも凝ってました。ジッポーのライターは片手で点けて片手で消す。みんな一所懸命、練習してましたよ。新品で金属ケースがピカピカのジッポーがかっこ悪くて、紙やすりで削ってわざと錆付かせて。

たばこってただの嗜好品じゃないんです。おしゃれアイテムだったり会話のきっかけだったり、大人の世界への入り口だったり。人間関係の潤滑油や気分転換、リラックスの妙薬などいろんな楽しみ方、使い方があるんです。吸わない人には人間のおしゃれの一つとして大目に見てもらい、毛嫌いしないでほしい。たばこを吸う人は、いつも申し訳なさそうにしているだけだとつまらないし、社会のイメージもトレンドも変えられません。毎日をよりよく生きるため、積極的に大人のマナーあるかっこよさを追求してもらいたいですね。

 

Voice 購入

2024年6月号

Voice 2024年6月号

発売日:2024年05月07日
価格(税込):880円

関連記事

編集部のおすすめ

「業務マニュアルがない職場」は本当に問題なのか?

森本あんり(国際基督教大学教授)

「リバタリアン」はなぜ民主主義を否定するのか? 激変するアメリカ現代思想

岡本裕一朗(玉川大学文学部名誉教授)

古坂大魔王「『進撃の巨人』は巨人よりも人間のほうが怖い」

古坂大魔王(お笑い芸人/音楽プロデューサー)
×