Voice » 「考えること」を許さない日本の職場

「考えること」を許さない日本の職場

2022年03月14日 公開

太田肇(同志社大学教授)

太田肇

たばこ休憩バッシングの裏にあるものは、はたして何なのか――。『同調圧力の正体』が話題を呼んだ筆者が考える、日本社会の問題点とポスト工業社会に求められる姿勢。(取材・構成:清水 泰)

※本稿は『Voice』2022年3⽉号より抜粋・編集したものです。

 

見せかけの健康経営

――太田先生はご自身のツイッターで「たばこを吸わないし、職場での禁煙にも賛成だが、喫煙者を排除するような会社には入りたくない」と投稿されています。しかし現実には、「社内は全面禁煙」「喫煙者は不採用」など、喫煙者排除の動きが日本企業のあいだで広がっているようです。この状況をどう見ていますか。

【太田】私が問題だと思うのは、日本で法律上、認められている行為に対して規制や自粛、高いハードルを課す傾向が最近、強まっていることです。

たとえばコロナ禍における自粛について、公務員が緊急事態宣言中、飲食店で会食したことが市民の通報で発覚し、職務違反として処分されたことがありました。喫煙についても、敷地内禁煙のため1日に数回、民間ビルの喫煙室でたばこを吸っていた職員が処分された例があります。しかしいずれも違法であるとはいえず、市民社会のルールと組織内のルールとのあいだに、大きなギャップが生じている、と感じました。

――先生の著書『同調圧力の正体』では、日本型組織の特徴として、本来は目的遂行のための組織が、集団としての振る舞いを求められる「共同体」へと変貌し、閉鎖性や同質性による「同調圧力」が強化される点を指摘しています。その結果、共同体内部のルールが法制度とずれてしまったのでしょうか。

【太田】共同体内部における規範の厳しさと、自粛の実質的強制や喫煙者排除の問題は少し異なるように思います。最近のたばこ批判は、本当に従業員の健康を案じるというより、むしろ社会に向けたアピール、もしくは一種のポピュリズムではないでしょうか。関連するものとして、経営者が「顧客第一」を強調するあまり従業員の行動管理を強化し、個人の自由を統制する傾向があります。いずれも対外向けの行動として捉えるべき現象ではないか、と考えています。

――社会に向けたアピールは、組織にとってどんなメリットがあるのでしょう。

【太田】わかりやすい例は、地方自治体です。自治体の首長は選挙で選ばれるので、選挙に勝つためには市民によい顔をしようとする。半面、下手をすると職員が犠牲になる構図があります。企業においても同様に、経営者の打ち出すスローガンに社員が引きずられ、現場が疲弊してしまう。本来、トップの行き過ぎにブレーキをかける存在が労働組合ですが、いまや労組も弱体化し、経営者や消費者を敵に回してまで従業員を守ることができなくなっている。ルールの厳罰化によってしわ寄せを受けるのは、職員や従業員など立場の弱い人たちです。

――緊急事態宣言下の2021年8月には勤務時間中、市バスに偶然乗っていた妻と車内で飲食をした運転手が市民の通報によって問題となり、減給処分を受けました。処分した市の交通局によると、処分の理由は飲食ではなく、ドライブレコーダーをチェックして見つかった道路交通法違反等だったそうです。

【太田】道交法違反は問題ですが、アメリカの場合、昔であれば音楽を聞きながらバスを運転するとか、いまでも勤務時間中にハンバーガーなどを食べるドライバーは皆無ではありません。やはり日本の自治体の場合、労働者より世間の側を向いて職員を厳しく管理し、罰するきらいがあります。

以前、アメリカの自治体を回って行政組織の実態についてヒアリングを行なったことがあります。「日本では仕事中、公務員が喫茶店や買い物に行ったことが発覚すると処分を受ける。こちらではどうか」と聞くと、「何も問題ない」。

なぜそういえるかというと、アメリカの市役所はシティ・マネージャー制だからです。日本のように直接選挙で選ばれ、有権者の目を気にする市長ではなく、市議会が選んだ行政の専門家が自治体運営の権限を握っている。いわば間接民主制に近く、行政がポピュリズムに陥りにくい仕組みである、といえます。

――日本の場合は首長が政治家であり、行政のトップ。職員のマネジメントを含めた自治体運営の責任も負わなくてはなりません。

【太田】もちろん、シティ・マネージャーのところにも「職員がサボっている」という類の苦情は入ります。その場合は職員の仕事を調べ、問題がなければ「彼(彼女)は自分の仕事をきちんとやっている」と堂々と答えられます。

――日本企業の昨今の厳罰主義は、株主あるいは顧客の目を気にしすぎる構造に由来するのでしょうか。

【太田】株主は利益を上げていればよいので、経営者が恐れるのはマスコミ、あるいはネットに先導される世論でしょう。たとえば職務を離れているところを動画で撮られたりすると、一気に拡散されて自社が大バッシングに遭いますから。喫煙者をひたすら排除しようとする経営者は、クレームを恐れ、時流に乗じて「見せかけの健康経営」をアピールしているにすぎません。仕事の価値は時間の長さや物量の多さだけでは測れない。かくいう私たち学者の世界も、「論文の長さだけが能ではない」と知りながら、なかなか変われずにいますが(笑)。

 

日本のオフィスは「作業所」にすぎない

――とくに喫煙者は、職場でたばこを吸うために離席をするせいか、しきりに「生産性が低い」といわれます。

【太田】もし本当に喫煙者の生産性が低いのであれば、職場での喫煙規制の強化は理に適っています。ところが、実際にはそうとは言い切れない。

近年はIT化やリモート化によって、仕事のやり方や中身が昔と大きく変わっています。かつての仕事は狭い意味での「事務作業」が中心で、とにかく机の前で手を動かしているのが「生産性を見せること」でした。したがって日本の職場では、つねに手を動かさなければ働いていると見なされず、「考えること」や雑談を許さない。これではたんなる「作業所」にすぎず、クリエイティビティを発揮する空間とはいえません。

しかしコロナ禍以降、定型的な業務の多くが電子化・省力化されました。むしろ企画、判断、調整、問題解決など創造的な仕事が大きなウエイトを占めるようになっています。席に座ったまま手を動かすより、むしろ仲間と会話をするとか、黙って考えているときのほうが生産的な場合が多い。

喫煙者に話を聞くと、喫煙室で思いを巡らせるとか、リラックスした状態で立ち話をするとアイデアが浮かび、問題の解決策が見つかることがあるという。「大事な意思決定は喫煙室で行なわれる」ともいわれます。喫煙室だからこそ可能な本音の会話や仕事にプラスの発想、クリアな判断が生まれてくるのでしょう。

就業時間中ほとんど離席せず、まじめに席に座って仕事をしているように見える非喫煙者も、じつは妄想にふけっているだけかもしれない。人間の頭の中を覗けない以上、外見や振る舞いだけで生産性を判断することはできないのです。

――日本の職場ではたった5分、10分のたばこ休憩で「生産性が下がる」といわれるほど相互監視をされているわけですが、なぜ「見せかけの労働時間」にそんなにシビアなのでしょうか。

【太田】先ほど外部へのアピールという話をしましたが、より本質的で構造的な話をすると、人事と雇用の側面に関わります。

日本の組織の最大の特徴は、成果をアウトプットではなく「インプット」で評価する点。インプットとはすなわち「頑張り」のことです。

――長時間のデスクワークをこなして残業も厭わず、上司にやる気があるかのように見せる働き方ですね。

【太田】根本的な原因は、個人の仕事の分担が明確になっていないから。一人ひとりに与えられたタスクが不明確なので、仕事の達成度や貢献度、成果を上司や会社が正確に把握できない。したがって、代理の指標としてインプットで評価することになります。共同体のためにどれだけ汗をかき、犠牲になったかが基準になる。ゆえに、たばこ休憩や在宅勤務を行なって会社の席にいない者は、サボっているかのように映るわけです。

少品種・大量生産が求められた工業化社会の時代には、インプットとアウトプットの相関が高く、インプットでの評価にある程度の合理性がありました。しかしポスト工業化のなかで、「見せかけの勤勉」では絶対に生産性は上がらず、むしろ職場の不満も高まることが明らかになりました。個人の分担が不明確な共同体(メンバーシップ)型組織では、一人ひとりの貢献度が見えず、成果も把握できないからです。仕事と給与に正確な対応関係がないため、年齢が上がるほど分不相応な給与となり、肩叩きをされてしまう。

 

強まる「横」の同調圧力

――コロナ禍でリモートワークが進みましたが、企業では「早く元に戻したい」という声も聞きます。

【太田】最大の理由として、まさにリモートワークは従業員の「頑張り」が見えないからだと思います。仕事の分担の問題にメスを入れないかぎり、小手先で制度の導入や工夫をしても、ポストコロナでのリモートワークの定着は難しい。すぐに「見せかけの勤勉」が跋扈する状態に戻ってしまうでしょう。

――太田先生がかねてより指摘されているように、ポスト工業社会では仕事の成果が変わります。しかしたばこ休憩すら憚られる現状は、クリエイティビティや革新性とは対極にあります。「見せかけの勤勉」に唯々諾々と従う組織の風土は、トップによる「縦」の圧力が強く作用しているのでしょうか。

【太田】どちらかというと、「横」の同調圧力が強くなっていますね。同僚間の足の引っ張り合い、牽制のし合いが足枷になっています。

私がどの国へ行ってもいわれるのは、「日本人は会社にいることが仕事だと思っている」。GAF(M)Aをはじめ、欧米の主要企業はとにかく仕事に特化している。実務上、必要があれば会社に行って話すし、なければ行かない。どこで仕事をしていても問題なく、「つねに最適な環境で働く」というコンセンサスとメッセージが明確です。一般社員は、職務記述書に書かれた仕事ができているか否かの一点で評価される。管理職は、どれだけパフォーマンスを上げたかで評価される。だから上司も部下も、互いがどこにいるかはあまり興味がない。

――ジョブ型になると、組織内の人間関係、働き方・休み方、キャリアの築き方、人や組織との距離感もかなり変わりますね。

【太田】日本でも、自営業やフリーランスの人がチームで仕事をする業種・業界は欧米のジョブ型と似たところがあります。決まった期日までに要求した水準の成果物を出してくれれば、あとはいっさい自由です。

――共同体型組織の解体は、どうすれば進むのでしょう。

【太田】すでに萌芽はあると思います。一つは、「業務委託」が増えたこと。リモートワークで従来のメンバーシップ型の働き方が困難になる半面、完全なジョブ型に移行するには法的な規制が伴い、企業としては社員の使い勝手が悪いし、働く側の自由度も低い。ならばいっそ業務委託にしてしまおう、という流れが強まっています。これは個人と仕事の対応関係を強化するものです。業務委託の比重が大きくなれば、否応なく仕事の分担を明確化せざるをえません。

もう一つは、「副業」。コロナ禍を機に、副業を始める人が増えてきました。副業というのはメンバーシップ型の共同体意識からすれば背信行為ですが、ジョブ型社会では個人の自由を保障するものです。

――経団連など大企業まで副業の解禁を言い出しているのは、「もはやメンバーシップ型組織では面倒を見られない」という宣言かもしれませんね。

【太田】近年は、正社員を長期雇用で囲い込むデメリットが、メリットを上回るようになってきました。正社員は「まだ会社が面倒を見てくれる。自分たちを手放したくないはずだ」という思い込みがあるけれども、経営者の側は「組織にコミットしなくてもいいから、担当部分の成果にコミットしてほしい」というのが本音でしょう。

 

自由を認め、意欲を引き出す空間が必要

――太田先生の他のツイートで、喫煙より「もっと危険なこと、大事な問題で見過ごされていることはたくさんある」と述べています。具体的には何ですか。

【太田】日本社会にあるさまざまな規制、「横」の同調圧力の害悪のほうが、はるかに害が大きいと思いますよ。現に規制のせいでイノベーションが起きずに会社や店が潰れ、同調圧力に抗しきれず、職や命を失う人が存在するわけですから。短期的に目に付くものには厳しい規制を課しながら、影響が長期的に現れる部分に対しては目をつぶる。わかりやすい規制強化のほうが、国民や消費者に与える印象が強いからです。必然的に、政治のポピュリズムや企業のアピール合戦につながります。

――政治のポピュリズムと、日本が貧しくなってしまったことには関連がありますか。

【太田】大いにあると思います。乱暴な言い方をすると、いまの日本は何もしないほうが得な社会なんです。個人が挑戦や改革、目立った動きをするといっせいに叩かれる。黙って様子見し、大勢に従っていたほうが得をする。こうした中庸の社会からは何も生まれません。ジョブ型雇用についても、日本の雇用改革はメンバーシップ型にジョブ型の要素を取り入れる折衷策が多い。しかし、これではどちらの良さも消えてしまいます。

――社会の構造全体を変えるのは難しいとして、特区制度など、個々の規制の緩和、撤廃から始める「下からの変革」はできませんか。

【太田】規制緩和・撤廃は大事ですが、それもやはり政府・政治の判断ですから、過剰な期待は禁物でしょう。むしろ、従来の規制の網にかからないニッチな人たちの活躍のほうが、よほど期待できます。

――利権や保護の枠外にいる人たちですね。

【太田】たとえば、フリーランスの人びと。フリーの労働者が活躍して所得を増やすようになれば、組織で手足を縛られるのが損であることを、日本人も実感するでしょう。事実、プロフェッショナルな個人が集まるネットワーク型組織のほうが、競争には圧倒的に強いのです。

皮肉な見方をすると、日本企業ではむしろ部署の壁を越え、個人の嗜好で好き勝手に集まる喫煙室でこそ、最も仕事らしい仕事ができるのかもしれない。「たばこ休憩」のような時間ほど、クリエイティビティやイノベーションが生まれる機会はありません。コロナ禍以降、コワーキングスペースに立場や職種を問わない人びとが集まり、新たなビジネスやアイデアが生まれています。喫煙室はその先駆けといえるでしょう。

いま全国各地のコワーキングスペースやシェアオフィスでは、リモートワークを行なうだけではなく、企業勤めの人やフリーランス、起業家、投資家まで集まり、コラボレーションからビジネスの芽が生まれるケースが出ています。間にコーディネーターの役割の人を入れ、マッチングを支援しているところもあります。もしかしたら、今後はコワーキングスペースがそのまま会社になっていくかもしれない、と思わせる展開です。

――雑多な人たちが期せずして同じ空間に集まった結果、生まれるネットワーク型の組織ですね。異分子を排除して同質性を同調圧力で強化する企業より、はるかに何かが生まれそうな気がします。ポスト工業社会の新しい流れですね。

【太田】最近はデジタル化によって、工業社会以前の在り方に戻っているところがあります。個人はバラバラだけれども、千差万別の役割をITやAIが調整し、組織の生産性に結び付けていくと、1人で数十人、数百人分の仕事ができる環境が生まれる。個のウエイトが高まる時代だからこそ、組織が個人の自由と裁量を認め、意欲を引き出す空間が必要なのです。

 

Voice 購入

2024年5月号

Voice 2024年5月号

発売日:2024年04月06日
価格(税込):880円

関連記事

編集部のおすすめ

新型コロナ対策は2類でも5類でもない「P類」で

黒木登志夫(東京大学名誉教授)

たばこの販売を禁止すべきか? ―喫煙問題の倫理学

児玉聡(京都大学准教授)

喫煙所の未設置は行政の怠慢

橋下 徹(元大阪府知事・弁護士)
×