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生き方

車いすに乗る人がなぜミャンマーで大人気? 本当に優しい「助け方」とは?

岸田奈美(作家)

2023年04月06日 公開 2024年06月03日 更新

 

「なにかできることはありますか」、その一言だけでいい

それから、3年後。わたしたちは、ニューヨークにやってきた。これもまたお仕事だった。

ニューヨークの街のバリアフリーは、設備や道路は古いものの、ミャンマーに比べればずっと進んでいた。でも、日本ほどは進んでいない。お店の入り口には階段があったり、重い扉があったり。地下鉄のエレベーターはほとんどが故障中だった。

「どうしようかな」バリアに出くわす度、立ち止まってみるけれど。ニューヨーカーたちは、足早に通り過ぎていくだけだった。ミャンマーみたいに、人混みの中から突然、だれかがかけ寄ってくることはなかった。まあ、しょうがない。

タイムズスクエアにある、コンサートホールに入った。

車いす席はなく、通されたのは一般のスタンディングエリアだった。当然、母の目線からはステージが見えない。最前列ならば見えそうだったが、すでに早くから席をとっていた人たちで埋まっている。

「音だけ聴けたらいっか」母と話していると、後ろに立っている人が声をかけてきた。

「そこからじゃなにも見えないでしょ? 前に行きましょうよ」

ゴリゴリに強面で低い声の男性だったのに、しゃべり方が完全に上品な女性のそれで、いろんな意味でびっくりした。

「えっ、でも......ほかの人に悪いですし」

「大丈夫よ。エクスキューズミーっていえばちゃんとゆずってくれるわ。ニューヨーカーは心が広いんだから」

そういうなり、その人は母の車いすを押して「エクスッッッキューズミィイィィ!」と叫びはじめた。低音が響き渡った。

「なにごとか」とみんなはふり返るものの、母を見るなり「オーケー」と、笑顔で次々に道をゆずってくれる。海を割るモーセのようだった。ついに母は、ステージがばっちり見える最前列まで来てしまった。

「ウフフ、わたしまで前に来れたからラッキー。なーんちゃって」

おどけて、その人は笑った。最高にかっこよかった。

街のことを不思議に思ったら、通訳さんに聞くのが一番よいと、わたしは信じていた。翌日わたしは、ニューヨーカーである通訳さんと会うなり、聞いてみた。

「最初はニューヨークの人、冷たいのかもって思ったんですが、誤解だったかもしれません」

「そうだね。ニューヨークは多様な人が入り交じる街なんだよ。性別、年齢、国籍、宗教も違う人が当たり前に一緒に暮らしてる。それだけみんな、考えてることもバラバラなんだ。だから、いちいち声をかけて、手助けを押しつけたりしない」

「なるほどー、手助けが必要かどうかも人によって違うってことですね」

「うん。あと単純に、人が多すぎるからね。でも助けを求めてる人となれば、話は別だよ。手伝ってってお願いしたら、快く応じてくれることが多いよ」

街でニューヨーカーたちが助けてくれなかったのは、冷たいからではなく、わたしたち親子が困っていなさそうに見えたからだったんだ。だから気にしなかったというわけだ。

最初は「ニューヨーカーってちょっと怖いね」ととまどっていた母が、3日目には「なんか居心地がいい。わたしってニューヨーカーかも」といい出しはじめて笑った。絶対に違う。

日本で暮らしていると、母はたまに気まずい思いをするそうだ。

遠巻きにジロジロ見られることもある。それは「あの車いすの人、大丈夫かな?」と心配してくれているのかもしれないけど、「大丈夫だから気にしないで」と自分からいうわけにもいかず、そそくさと立ち去るしかない。

「車いすに乗ってようが、困ってなかったら放っておいても大丈夫でしょ」と、さっぱりしたニューヨーカーの対応が、母はなんだかうれしかったみたいだ。

助けるってのは、声をかけて身体を動かすより、視点を動かして相手のことを思うことかもしれない。

先まわりして助けてほしい人もいれば、放っておいてほしい人もいる。日本、アメリカ、ミャンマー、どの国の対応が心地よいかなんて、それぞれ違う。

だから「なにかできることはありますか」と、一言聞くだけでいいんだ。助けなきゃって押しつけるでも、見て見ぬふりをするのでもない。大切なことだなあ。

2020年1月はハワイに行ったのだけど、ハワイの人たちのふるまいも最高にゆるくて明るくてハッピーだったので、母は3日目に「わたしの前世はハワイの先住民だったと思う。居心地がよすぎるもん」といい出した。ニューヨーカーだったり先住民だったり、忙しい人である。

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本書を原作として、ドラマ化が決定しました。
NHK BSプレミアムドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(全10回)毎週日曜 夜10:00〜10:50[出演]河合優実 坂井真紀 吉田葵 錦戸亮 美保純 ほか。ぜひご覧ください!
https://www.nhk.jp/g/blog/pi87eajq5p2o/

著者紹介

岸田奈美(きしだ・なみ)

作家

1991年生まれ、兵庫県神戸市出身。大学在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。 世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズ。 Forbes 「30 UNDER 30 JAPAN 2020」選出。

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