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脳に「物忘れする機能」が備わる納得の理由

大賀康史(フライヤーCEO)

2023年08月15日 公開

 

知識と思考の意外な関係

学校では生徒に知識を教えると、なるべくそのすべてを記憶することを求めます。記憶がしっかり根づくまでには、自分にとって価値のあるものになるように、何度となく忘却の波に洗われていきます。

有用な知識は毎回思考するよりも苦労が少なく便利なため、気を付けなければ知識が増えるほど思考力が低下することになりかねません。そして知ることと考えることを結びつける重要な役割を占めるのが、忘れることであると著者は伝えています。この無意識的な作用が人を人たらしめているのです。

忘却が働きやすい環境はほぼ思考に最適な環境とも言えます。中国・北宋の政治家・学者だった欧陽脩は、文章を練るのに最も良いところは、馬上、枕上、厠上(お手洗い)であると言ったそうです。雑念が去って、頭の廊下がきれいになっているからで、言葉を変えれば忘却にも最適な場所だとも考えられます。

よく学び、よく遊べ、という言葉にも同じことが表れています。勉強を効果的に行うためには、うまく休んで忘却を働かせることが大事であるとも言い換えられます。学校では必ず授業の後に休み時間が準備されています。また、各コマが50分程度で区切られていて、同じ授業を継続的に行わない仕組みになっているのも、忘却にとって都合がいい仕組みになっています。

以前、東京の有名な公立高校では、雑然と多くの学科を学習するよりも、まとめて一度にやれば学習効果が上がると考えました。先生たちは協議の末、科目を寄せて、授業時間の統合整理を行いました。例えばある日の午前中はずっと国語をする、次の日の午前中はずっと数学をする、といった改編でした。

実施して早々に、先生も生徒もねをあげて、もとどおり復旧することになったそうです。適切な忘却をはさまない学習はむしろ効率が悪いことが確認されました。

 

忘却と今のビジネスシーン

ディズニーの映画に「ファインディング・ドリー」という作品があります。そこで描かれるドリーは極度の忘れん坊で、少し前の記憶すら思い出せません。

ただ、ドリーは危機に直面するたびに柔軟に対策を考えて切り抜けていきます。次第にまわりの仲間が「ドリーならどうするだろう」と自問自答をするようになって、仲間たちも一緒に危機を乗り越える手助けをして目的を達成していきます。

私は、なぜ神様は忘却という不要に思えるシステムを人間に組み込んだのだろう、と考えていました。ゼロから脳をデザインするなら、コンピューターのように記憶力がほぼ完全なものを作り出すように思えたからです。

その答えは忘却の効用にありそうで、実は最新のテクノロジーでも活かされています。ディープラーニングについて学んでいくと、AIの世界にも自然言語処理の一部のアーキテクチャで忘却ゲートと呼ばれる過去の情報を忘れる機能があります。

その他にも学習内容を一度忘れてランダムに行動することで部分最適(局所解)におちいらず最適な方法を探索する、という手法も登場します。完全に記憶できるはずのコンピューターに忘却という機能を付加した技術者は、きっと人間の忘却の効用を信じた人だったのだろうとも思えます。

最近の会社研修で話題になるアンラーニングもほぼ同様の目的に感じられます。この言葉は前の経験や知識を一度忘却するからこそ新しい学びが行える、という意味で語られます。記憶することが全く無駄になる訳ではありませんが、本書で語られているように忘却は詰め込み型学習の対極、あるいは補完の役割を担っています。

本書の内容を踏まえると、記憶力のいい人にはその人に向いた役割があるように、忘却力の高い人には柔軟性を発揮する機会がより与えられるとよいでしょう。忘却力も記憶力と同様に才能の一部であり、多様性の要素であるようにも思います。

子どもの時から何かを忘れて人に怒られた経験を、私たちは誰もが持っているはずです。自分の忘却力さえも大切だと思えるようになる本書は、多くの人にとっての救いの書になりそうです。

 

著者紹介

フライヤー(flier)

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