2021年に東京での暮らしをやめて、家族と共に北海道・札幌へと移住した高橋一喜さん。ストレスフルな都会暮らしから一転、ゆとりのある札幌での暮らしが「心の安定につながった」といいます。高橋さんが感じた、地方移住のメリットとはどんなものだったのでしょうか。
※本稿は、高橋一喜著『こだわるから、とらわれない—温泉が教えてくれた心地いい生き方—』(ICE[インプレス])より、内容を一部抜粋・編集したものです。
猛暑の東京から極寒の札幌へ
2021年1月に東京から札幌に移住してから2年以上が経過した。実際に札幌に来てみて感じていること、特に移住してよかったことを中心にまとめておきたい。
札幌に移住してきて実感しているのは、想像していたよりもずっと過ごしやすい気候だ、ということ。
まずは夏。
移住前、札幌に住む人からはこんな話を聞いていた。「札幌はクーラーがいらない。毎年1週間くらいは暑くて寝つけない日があるけれど、それさえ凌げば夏は快適そのものだ」。だから、札幌ではクーラーがない家が多数派だ。
移住1年目の夏は、札幌は記録に残る猛暑が続き、20日間ほどはクーラーがないと厳しい日が続いた。「札幌で18日連続の真夏日。97年ぶりの新記録」がニュースとなった。わが家は幸い、東京の家からエアコンと扇風機を1台ずつもってきていたので、なんとかやり過ごすことができた。
札幌市民は慣れない猛暑に「暑い、暑い」と嘆いていたが、東京から引っ越してきた私にとっては、「暑いけれど、耐えられる」レベルだった。
東京の場合は同じ気温でも湿気が高く、モワーッとして、まるでサウナに入っているようだ。汗かきの私は、10分くらい駅まで歩いただけで汗だくに。きっとコンクリートジャングルと、エアコンの室外機から出る熱風などが原因なのだろう。夏は外に出るのが不快だった。それが早くて6月から、遅くて10月くらいまで続くのだからたまらない。
それに比べれば、札幌の暑さはまだカラッとしていて、風もよく抜ける。日没後は涼しさを感じるくらいに気温も下がる。
札幌にも真夏日はあるが、1年のスパンで考えればごくわずか。年々厳しさを増す東京の酷暑に耐えられなくなっていた私にとって、札幌の春から秋にかけての気候は、まさに天国。日々、札幌に移住してよかったと実感することとなった。
一方で、札幌の冬は寒さとの戦いだ。「暑いのは耐えられるが、寒いのは無理」という人もいるだろう。私自身、暑さも嫌いだが、寒さも苦手だ。
私が札幌に引っ越してきたのは1月下旬。すでに雪が当たり前のように積もっている時期だった。引っ越し当日も少し吹雪いていて、傘など役に立たない。早速、雪国の洗礼を受けた。
しかし、札幌に移住する前から、雪と寒さは覚悟していた。私はもともと雪国に住んだことはなく、雪道を歩けばきっとスッテンコロリンと転ぶだろう。
だからこそ、地下鉄の駅から近く、できるだけ外を歩かなくても済むような物件を探した。そして運よく、駅の入口から徒歩1分の物件(賃貸マンション)と出会うことができ、雪道の問題はクリアした。
私は札幌の中心部にコワーキングスペースを借りて仕事の拠点としているが、そこまでの移動もまったく雪は問題にならない。
札幌の繁華街は、札幌駅から大通、すすきのという南北のラインに沿って集中し、その地下には地下歩道(通称、チカホ)が張り巡らされている。コワーキングスペースも地下歩道と直結しているため、外に出る必要はない。
また、百貨店や商業ビルなど買い物をするためのスポットの多くも地下歩道とつながっているので、だいたいの買い物は外に出なくても済む。
つまり、住む場所と職場をうまく選べれば、雪道を歩く距離を最低限に抑えることができる。私の場合、家とオフィスの往復だけなら、1分も外に出なくてもいいのだ。そのおかげで、雪道も寒さも生活するうえで、それほどネックにはならなかった。実際、まだ一度も雪道で転んでいない。
それでも、降雪量は想像以上だった。
移住から1年が経とうとしていた2021年の12月、札幌は大変な積雪に見舞われた。札幌市中央区では24時間の降雪量が55㎝に達した。あらためて札幌が豪雪地帯であることを実感することとなった。
札幌は世界有数の豪雪都市であるという。人口約195万人の大都市でありながら、年降雪量は597cm(札幌管区気象台)に達する。
人口が100万人以上いる大都市で、年間の積雪量が500cmを超えるのは、世界中で札幌だけというから、世界一の豪雪都市といっても過言ではない。
ちなみに、すごく雪の降るイメージのあるロシアのモスクワの年降雪量は72cm、冬季オリンピックが開催された韓国の平昌は27cmだというから、札幌はダントツである。
そんな豪雪都市である札幌に200万人近い人が住めるのは、公共の除雪システムが確立されているからだ。
札幌の室内は想像以上に暖かいということも、移住してから気づいた事実だ。
札幌の住居は寒さ対策のため、基本的に二重サッシになっている。だから意外と冷気が入ってこない。東京の住居は窓が1枚しかないので、冬はけっこうすき間から冷気が入ってきて、寒さを感じることもある。
さらに、札幌の住居の多くはガスファンヒーターで暖をとる。ガスがヒーターまで直に引かれているので、運転ボタンを入れるだけで数分のうちに部屋が暖まる。しかも、二重サッシの効果で熱があまり逃げない。だから、まったく寒さを感じず、温度設定を間違えると、汗をかくくらいだ。「北海道では真冬にアイスがよく売れる」という話を聞いたことがあるが、それもあながちウソではなさそうだ。
冬を越した札幌の印象は、「恐れていたほどは寒くない。むしろ暖かい」というものだった。
もちろん、年間を通せば「寒い日が多い」「夏が短い」といったマイナス面もある。しかし、私の場合は、東京のうだるような気温の高さと湿気にうんざりしていたので、それがないだけでも快適だ。
札幌の気候面に関しては、「想像していたよりも快適で、冬の寒さと雪も慣れれば大丈夫」という感想をもっている。
移住で向上した生活の質
QOLが向上したのも、札幌に移住してきたメリットである。QOL(quality of life)は、「生活の質」「人生の質」などと訳される言葉だ。
まず、わかりやすいのが金銭面。札幌に来てからしばらく収入は減ったが、一方で支出もかなり減った。
東京・新宿に住んでいたので、家賃は23区内でもだいぶ高いほうだった。それでも、利便性などの面から都心に住むメリットのほうが大きいと判断していたのだ。
新宿に比べれば、札幌の家賃相場は安い。ざっくり言うと、今の我が家の家賃は東京に住んでいたときの3分の2ほど。
子どもの成長にともなって部屋が手狭になっていたので、札幌ではもうひとつ部屋が多い物件を選んだ。したがって、部屋が広くなったにもかかわらず、家賃が安くなる結果となった。
家賃は毎月出ていく固定費だから、3分の1のコストカットは大きい。単純に部屋が広くなれば居住性が高まり、快適に過ごせるから、心理的なメリットも大きいといえる。
他の支出でいえば、飲食に関する支出も大きく減った。東京に住んでいたときは、そこら中に飲食店があるので誘惑が多い。たいしてお腹が減ってもいないのに、なんとなくご飯屋さんに入ったり、なぜか気分がイライラして居酒屋に立ち寄ったりすることがよくあった。帰宅時に立ち寄ったコンビニで、購入するつもりのなかった酒やつまみをカゴに入れてしまうことも...。
そんな食生活だったので、自然と出費も多くなり、体重も増えていった。
一方、札幌での生活は、浪費の誘惑が少ない。もちろん、繁華街に出れば飲食店やコンビニはたくさんあるが、繁華街を離れればそれほど多くはない。
また、札幌は美味しい食べ物が多いので、逆に余計な食費を使わないようになった。たとえば、お寿司。札幌は回転寿司が充実している。「トリトン」「なごやか亭」「根室花まる」が、北海道の回転寿しの御三家と言われているが、どれもネタが新鮮で大きい。そして、安い。私は5~6皿食べればお腹いっぱいになるので、1500~2000円ですむ。
東京で同じネタを食べたら、間違いなく2~3倍の値段をとられる。東京で食べた高級店の寿司もおいしかったが、御三家の寿司を食べてしまうと、「もうこれで満足」と思ってしまう。
他にもラーメンやスープカレー、豚丼、ジンギスカン、ザンギ(からあげ)など北海道ならではの名物はあるが、こうしたグルメに気軽にありつけるので、食生活は満足度が高くなる。
もちろん、頻繁に外食していたら出費も重なるので自炊もしている。スーパーの食材は想像していたよりは安くはないが(たとえば葉物など)、ざっくり言うと、東京の7割くらいの値段で調達できる。
食生活が充実すると、不思議とムダな飲食費が減る。今考えると、東京では食事がマンネリ化して、楽しんでいなかったのかもしれない。だから、たいしてお腹も空いていないのにダラダラと食べてしまう。札幌に来て食生活が改善したおかげで、肥満気味だった体が絞れ、体重も10キロほど減った。
札幌に来てからは心理的なストレスも減ったことを実感する。東京に住んでいた頃は、常に追われているように感じ、イライラすることも多かった。悪夢にうなされることも多かった。しかし、札幌に移住してからは心穏やかな時間が増えた。
夏でも涼しい北海道の気候や自然豊かな生活環境も影響しているのかもしれないが、北海道のゆったりとした時間の流れが、心の安定につながっていると感じる。