年々、メンタルヘルス不調による休職者が増加していますが、休職者が出たあとの業務をフォローする負担が他の社員に降りかかり、新たな休職者が出てしまう「休職ドミノ」と呼ばれる悪循環につながるケースが起こっています。どんどん余裕がなくなっていく職場でしんどさを軽くするヒントとは? 労働者メンタルヘルスの専門家である佐藤恵美さんによる書籍『職場の同僚のフォローに疲れたら読む本』から紹介します。
※本稿は、佐藤恵美著『職場の同僚のフォローに疲れたら読む本』(PHP研究所)から一部抜粋・編集したものです。
余裕のない職場で急増するメンタルヘルス不調
余裕のない職場は、働く人のメンタルに大きな影響を与えています。
令和4年「労働安全衛生調査」(厚生労働省)によると、過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1カ月以上休業した労働者がいた事業所の割合は10.6%で、前年の調査の8.8%と比べて1.8%増加しています。また、メンタルヘルス不調により退職した労働者がいた事業所の割合は5.9%で、こちらも前年の4.1%と比べて1.8%増加しています。
私は労働者メンタルヘルスの専門家として、企業や行政機関において職場内カウンセリングをしたり、人事労務担当者や経営者から相談を受けたりしていますが、実際の現場の肌感覚は、この数字以上です。
さらに、職場によっては、メンタルヘルス不調による「休職ドミノ」が起こりかねない状況が見られます。休職ドミノとは、1人の休職者が出たあとに残されたメンバーでなんとか業務をまわすしかない状況で、とうとう残されたメンバーからも休職者が出てしまい、まるでドミノ倒しのように休職者が相次ぐ現象のことです。
もともとの仕事に休職者の業務がプラスされる職場
メンタルヘルス不調にかぎらず、なんらかの理由で人員が減る場合、今いるメンバーで休職者がやっていた業務を分担する場合がありますが、もともとの仕事にプラスの業務が加わるので、当然負担が大きくなります。
メンタルヘルス不調による休職は、短くても数カ月、長いと数年単位になることもあるので、残されたメンバーだけでの自転車操業は、いつか限界が来るのです。また、休職者の代わりの人員を一時的に補充して対応する場合も、前任者の穴をすぐに埋めることは難しく、名もなきフォローがどんどん増えていきます。
本来、そのような職場では、だれか1人が抜けたとしても別の人が円滑に対応できるように、日頃から業務の標準化や平準化、また1人で複数の業務ができる多能工化が必要ですが、今日、明日ですぐにできることではないし、人員に余裕がない状況ではそもそも無理があります。
いずれにしても、「1人抜けたら即アウト」というギリギリの状況なので、疲労がたまってメンタルヘルス不調におちいる人が後を絶たないわけです。
メンタルヘルス不調を招く職場の「不健康サイン」
メンタルヘルス不調が起きる要因は、仕事量だけではありません。心理的負担感も、とても大きな要因になります。仕事量が多いところに、さらに「なんで自分がやらなきゃいけないの!?」といった心理的負担感があると、イライラ、孤独感、徒労感、無力感などが生まれて、ストレス度は一気に高まります。
つまり、「職場の同僚のフォローに疲れた」という状況は、仕事量と心理的負担感が合わさったときに起こる現象の典型例なのです。
職場の同僚をフォローすることは、サポート体制の1つとして考えれば決して悪いことではありません。とはいえ、名もなきフォローに無理なかたちで頼らざるをえない状況は、メンタルヘルス不調を招く職場の「不健康サイン」といえます。
日本の美徳「おもてなし精神」が働く人を追いつめる
また、日本の美徳の1つといわれる「おもてなし精神」も、職場の名もなきフォローを増やす一因になっています。
おもてなし精神は、かつての豊富な労働力を前提に実現できていたものです。現在の人手不足の職場で、これまでのような質の高いサービスを提供しようとすると、どうしても無理なかたちで1人にかかる負担が増えていくことになります。個人のレベルではすぐには改善できない構造的な問題が、職場の名もなきフォローという現象を生んでいるのです。
余裕のない職場、人のフォローがしんどくなるような状況は、これから先も続いていく時代の潮流といっていいでしょう。