「スーツが義務の会社」が与える不要な威圧感...伝統的な日本企業の閉塞感の原因
2024年03月22日 公開
金融市場が加熱する一方で、歯止めがきかない少子高齢化、高騰する物価に比例しない実質賃金。そんな日本の状況に不安を感じ、ここで働く希望が見えないという若年層の声は少なくない。
コクヨ株式会社では、働き方や未来社会についての調査・統計を、社内リサーチ部門であるヨコク研究所にて行っている。今年1月にはヨコク研究所から、研究レポート『同調から個をひらく社会へ―文化比較から紐解く日本の働く幸せ―』を刊行した。レポートには働く幸せの在り方について、ウェルビーイング研究のトップランナーである内田由紀子教授との共同研究内容がまとめられている。
その刊行記念イベントが2月21日に品川のコクヨ本社「THE CAMPUS」にて行われた。トークには内田教授をはじめ、コクヨの代表取締役社長・黒田英邦さん、ヨコク研究所のメンバーで冊子の編集も担当した田中康寛さんが登壇。研究レポートの内容をもとに、日本人の幸福観や働く幸せを得る方法について話し合った。
調査で見えた「日本と欧米の幸福観の違い」
『同調から個をひらく社会へ―文化比較から紐解く日本の働く幸せ―』より引用
まず、今回の調査対象国となったアメリカ、イギリス、台湾と日本の幸福の感じ方の違いについて調査をもとに解説してくれた。
「アメリカやイギリスは、昇進などで自分自身の充実や躍進することに幸せを感じやすい傾向があります。一方で、日本人は昇進によって幸せを感じる人は少数で、他者との関係性に幸せを見出しやすいことがわかりました。同じく台湾もチームや家族との関係性が幸せにつながりやすく、東アジアにおける共通点があるように考えられます。」(田中さん)
人間関係が日本人の幸福を左右することは少し意外な結果かもしれない。内田教授によると、日本人の人間関係は複雑で、アンケートでも"友人は少ない"と答える人は多いという。
「日本人とアメリカ人の人間関係をソシオグラム※で表してもらうと明確な違いが見えてきました。日本人は少数でも居心地の良い人間関係を重視します。一方、アメリカでは自分が中心となり、より多くの知り合いがいることが良しとされます。
日本は会社においても、気の合う仲間を見つけることが、働きがいにつながると研究から考えられます。」(内田教授)
また、世界の幸福度ランキングでは日本がG7で最下位になるなど、日本の幸福度の低さが問題視されてきた。しかし、内田教授によると幸せの研究は欧米がけん引してきたことで、日本的な幸せにあまりスポットが当てられてこなかった背景があり、それがランキングにも影響していると分析します。
「今までの幸福感の研究はアメリカ主導で行われてきたところがあります。アメリカの幸福感というのは私は"獲得的"と表現するのですが、自尊心が高く自分の価値を外に示すことが幸せとされています。そのような文化の中では、小学生の頃から自分の価値を周りに表現するトレーニングをさせられます。反対に日本の小学校では、自分よりも周りとの調和が重視されます。
日本人は大人になっても他者とのバランスが大事にされ、それが社会の安寧に繋がっていると考えられます。現在、世界的には北米的な幸福観が主流ですが、競争や周りより目立たないといけないことは日本人にとってプレッシャーになっているように思います。」(内田さん)
※ソシオグラム:集団の中の人間関係や集団の様相を空間的にグラフとして表わしたもの。
「風通しの良い職場」を目指して服装も自由に
左から、内田由紀子さん、黒田英邦さん、田中康寛さん(撮影:Kazuhiro Shiraishi)
コクヨでも社員同士の人間関係構築を重視して、様々な取り組みが実践されているという。
「コクヨではどんなことも自分たちで実験してみることが、会社のDNAとして受け継がれています。
人間関係の構築においては、風通しの良さが心理的安全性につながると考え、まずオフィスをリニューアルしました。今回の会場である2Fのホールと1Fのカフェやワークスペースをオープンにして、地域住民や近隣の会社の人が自由に出入りできるようになっています。外部の人を取り込むと社員の仕事の仕方がどう変わっていくのか実験をしているんです。」(黒田さん)
オープンなスペースがあることで、異なる事業部同士のコミュニケーションの活性化にも一役買っているそうだ。
内田教授は"風通しの良い"ということは、"ゆるい繋がり"があることだと語った。
「ゆるい繋がりというのは、出入り自由で、一度誘いを断ったからといって排除されないような柔軟な関係性です。規範的とは対照にあるものです。」(内田教授)
しかし、コロナ以降にリモートワークが増えたことにより、社員間の関係性が築きにくくなったことも指摘されている。コクヨでは以下のような取り組みがなされている。
「コクヨはオフィスに出勤する頻度を、社員の人たちそれぞれに決めてもらってます。週に何回出社するかを3パターンくらい用意して、仕事の内容に応じて上司と話し合った末に、自分はAパターン/Bパターンですと宣言してもらいます。そうすることで、会社に来るか来ないかが互いに見えるようになっています。」(黒田さん)
これに対して内田教授は、リモートワークという会社が管理しづらい状況の中で、社員に勤務体系を選んでもらうのは会社側からの信頼を示すことにつながると分析した。
また、コクヨの風通しを良くするための実験は、意外なところにも派生し効果を得られているという。
「コクヨでは社員のドレスコードをなくしました。元々全くカジュアルがNGというわけではなかったんですが、ピンヒールやダメージジーンズがダメ...などの縛りが厳しくありました。でも今は自分たちの判断でTPOをわきまえた服装を着てもらうことにしています。私も今日はジャケットを羽織っていますけど、普段はスウェットを着ることも多いです。
ある時、私が珍しくスーツを着ていると女性社員から『なぜスーツを着ているんですか』と聞かれました。なぜそんなことを言われるのか、詳しく聞いてみると『社長がスーツを着ていると他の男性社員もスーツに戻ってしまうから』とのことでした。今までは男性社員ほぼ全員がスーツ姿でいることが当たり前でしたが、それがいかに威圧感を与えていたのか、言われて気が付きました。
今では髪色の明るい人や短パンで来る人など色々いて、社内の空気感にも良い変化を与えていると感じます。」(黒田さん)
自律しながら協力できる社会へ
『同調から個をひらく社会へ―文化比較から紐解く日本の働く幸せ―』(ヨコク研究所)
コクヨは「自律協働社会」を掲げ、会社や社会全体の未来について考えているという。レポートによれば、自律協働社会とは既存の大きな社会的システムに依存するのではなく、一人ひとりが自由で自律的に自己表現をしながらも、孤立せずに他者と協力・協働できる社会を意味するそうだ。
「これからグローバル化やテクノロジーがますます発展していく中で、人はより自分らしい生き方を追求していくのではないかと考えました。しかし、それで皆が自分のことだけ追求する社会になるのだとしたら、破綻に向かうように思います。だから個人のやりたいことは認めつつ、興味が近い人たちが集まって、助け合ってシェアしていく社会になれば新しい幸せにつながるんじゃないかと。」(黒田さん)
「私も自律と協働は素敵なスローガンだと思っていて、この先の社会それがないと難しくなっていくと思います。文化比較の視点で言うと、日本はアメリカに比べて主体性が弱い。だからこそ日本においては協働を通して自律をどう生み出していくかが必要になってきますね。」(内田教授)
撮影:Kazuhiro Shiraishi
では、日本社会において自律を促すにはどうすればよいのか。コクヨは社員の自律のためにも"実験"を行っているという。
「自律には、社員一人ひとりがこの集団でどうなりたいのか考えることが必要だと思います。
その自律性を引き出すために、弊社では社内複業のルールを導入しました。6か月間、勤務時間の20%を社内の他の業務に使えるルールを人事部と一緒に考えました。これはキャリア拡大や経験の幅を広げるための制度で、例えば入社からずっと営業だった人が違う仕事もしてみたいといったときに、転職ではなく社内で実現できるように仕組みを整えました。
公募制になっていて、ある部門が今までと違う人の意見を求めたり、空気を変えたい場合に、20%分の仕事を出します。それに対してやりたい人が手を上げてマッチングするようになっています。」(黒田さん)
この20%複業ルールは効果的で、個人の成長と会社の発展を両立させているという。また、最近ではこの事例を聞きつけ、同様の取り組みを導入する他社も増えているそうだ。
このコクヨの施策に対して内田教授は、社内に流動が生まれ、社員と会社の関係性をより良くするのではないかと賛同の意見を述べた。
「会社って、通常は停滞した場所になりがちだと思います。とくに日本は基本的に新卒でそのまま勤める人が多く、引越し回数も他の国に比べると少ない。流動性が低い傾向にあります。すると閉塞感が増して、この場所で評価一つ失ってはいけないという恐怖につながります。だから社内複業制度は、そうした閉鎖的状況からの解放にもなると思います。」(内田教授)
“社会の公器”としての日本企業の在り方
撮影:Kazuhiro Shiraishi
今後、多様な働き方が増えていく中で、企業は社会でどのような役割を担うべきなのだろうか。
「かつて立派な経営者の方が仰っていたように、日本では"企業は社会の公器"であるというのが根付いてると思うんです。だから雇用を生み、税金を納めていくことは大前提として、企業の目的は未来に対して新しい価値を生み出すことにあるのではないでしょうか。社会にイノベーションを起こすために会社に集まっているのだと思います。」(黒田さん)
資本主義経済を見直す動きはあるものの、世界の激しい変化と技術的な進化が続くと、社会の人間性は失われていくのかもしれない。その中で企業は、人と密に接点を持つ機関として、働く個人の"人間らしさ"を維持する場としても存在するのではないか。黒田さんはそう締めくくった。
取材執筆:PHPオンライン編集部・片平奈々子