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FIPで8ヶ月の生涯を終えた愛猫...悲しみに暮れる家族に灯をともした兄弟猫

佐竹茉莉子

2024年10月21日 公開


詩のあとに迎えた兄弟

障害をものともせずたくましく生きる猫、難病を抱えながらも家族の愛に包まれて暮らす猫、ペットロスの家族を救った猫、認知症の犬を献身的に支えた猫、人間なら128歳の年齢まで生きた猫......奇跡みたいな"ふつうの猫"たちの、感動の実話を集めた書籍『猫は奇跡』(佐竹茉莉子著/辰巳出版)が発売されました。

本書には大の猫好きとして知られる小山慶一郎さんや、『25歳のみけちゃん』(主婦の友社)の著者で児童文学作家の村上しいこさんから推薦コメントも寄せられています。

本書には、著者の佐竹茉莉子さんが丁寧に取材した、猫と人の物語を17話収録。それぞれの「奇跡」が共感と感動を呼ぶ、猫好き必読の一冊となっています。

本稿では『猫は奇跡』から全3話をご紹介。第2回は、愛猫を病魔で亡くし、悲しみに沈む家族を救った兄弟猫「まさくんとしくん」の物語です。

※本稿は、佐竹茉莉子著『猫は奇跡』(辰巳出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです

 

「いてくれたら、うれしい」


愛らしかった詩(鎌倉ねこの間提供)

「また猫が飼いたい......」

次男が友香さんにそう打ち明けたのは、一家で溺愛していた「詩(うた)」が空に帰っていって半年が過ぎた頃だった。それは、友香さんが心のどこかで予期していた言葉だった。

愛らしさの塊のような詩が、FIP※によって8ヶ月の短い生涯を終えてから、家じゅうが悲しみの湖底に沈んだ。会話がめっきり少なくなり、誰も笑わなくなった。友香さん自身、どれほどの涙をこぼしたことだろう。外出さえできない時期もあった。ようやく半年たって「詩はもういないんだ」という事実を受け入れられるようになってきていた。

詩をいちばん寵愛(ちょうあい)していた長男は、弟の願いに無反応を通す。数日後、「もう一度猫を飼うとなったら、どう思う?」と、友香さんは長男にそっと聞いてみた。下を向いたままの長男の目から、ぽとりぽとりと涙がこぼれ落ちる。反抗期真っ只中の彼の抱え続けていた喪失感と悲しみを友香さんは思い知る。

ひとしきり泣いた後、長男は小さな声で言った。「いてくれたら、うれしい」

※FIP...猫伝染性腹膜炎の略。猫コロナウイルスが猫の体内で突然変異を起こすことで発症する、非常に致死性の高い病気。食欲不振、活動性の低下、発熱、体重減少などの症状が起こる

 

飛び出してきた兄弟


動物病院に保護されていた当時(友香さん提供)

ちょうど動物病院に保護されてきたばかりの子猫がいて、詩の面影のある子がいるというので、会いに行くことにした。長男は「詩に似た子は嫌だ」と言うが、写真で見るその子は詩に毛色や顔立ちは似ていても、男の子らしいやんちゃさがあり、似ていないとも言える。

夫婦で動物病院へ会いに行く。すると、面接のために、奥から2匹の子猫が元気いっぱいに飛び出してきた。詩に似たキジトラと、その兄弟のキジ白と。2匹は仲良くはしゃぎ回る。「こんなに仲のいい兄弟の1匹だけを連れていけない」と思う友香さんの隣で、夫のハートは2匹にすっかり射抜かれていた。
息子たちには「子猫がやってくる」とだけ伝える。

2匹を連れ帰ってきた日。学校から帰ってキャットタワーを組み立て、待ち構えていた次男が声をあげる。「えっ?えっ?2匹!2匹!2匹!」と雄叫び、大興奮である。

続いて帰宅した長男も叫ぶ。「おおっ!」

息子たちの心底楽しそうな笑顔は、詩がいたときのそれだった。兄弟子猫たちは、部屋中を走り回り、揃ってご飯を食べ、また走り回る。遊び疲れて、重なり合って眠る。生き生きとした空気が家の中に満ちた。


兄弟が2組になった

 

心に蓋をすることはない


友香さんととしくん

「悲しみの淵から抜け出すのに時間はかかりましたが、悲しむのならうんと悲しもうと思っていました。いつかまたやってくるかもしれない猫と暮らす日のために」と、友香さんは言う。猫の温かさも柔らかさも愛おしさも知ったら、その心に蓋をすることはないと、思っている。きっと、その人、その家族のペースで満ちてくるものがあるはずだから。

迎えた子猫たちの名前は、息子たちもその一字を持っている「朗」の字をつけ、キジトラは「雅朗(まさあき)」、キジ白は「福朗(としあき)」とした。愛称は、まさくんととしくんである。「新しい子がやってきたのを、詩はきっと喜んでくれてる。やさしい子だったから」と、次男くん。


次男くんに抱かれるまさくん

2022年の夏に2匹を迎えてから2年が過ぎた。まさくんはふっくらタイプ、としくんはがっちりタイプに成長した。大学生と高校生になった息子たちは、2匹をそれは可愛がっている。猫のことを話題にするだけで、家の中に笑顔が満ちる。

「詩はわが家に来てくれた初めての可愛い女の子で、お月さまのような存在でした。その詩が呼び寄せてくれたまさくんとしくんは、私たちの心を温めてくれた太陽のような存在です」と、友香さんは微笑む。

「詩からもらった愛は、胸の奥に大切にしまってあります。その愛をまさくんとしくんに伝えて、詩とはまた違う愛をふたりからもらって......そんなふうに愛が丸く巡るしあわせを感じながら、私たち家族はこれから3匹と共に生きていくんだと思います。出会えたことこそが奇跡と感謝しながら」


「2匹がやってきてくれてとても楽しい!」と次男くん

著者紹介

佐竹茉莉子(さたけ・まりこ)

ライター

フリーランスのライター。幼児期から猫はいつもそばに。2007年より、町々で出会った猫を、寄り添う人々や町の情景と共に自己流で撮り始める。フェリシモ「猫部」のWEBサイト創設時からのブログ『道ばた猫日記』は連載15年目。朝日新聞系ペット情報サイトsippo の連載『猫のいる風景』はYahooニュースなどでも度々取り上げられ、反響を呼ぶ。季刊の猫専門誌『猫びより』(辰巳出版)や女性誌での取材記事は、温かい目線に定評がある。

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