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海辺の街に捨てられ、漁師たちに可愛がられた猫の「最後の日々」

佐竹茉莉子

2022年01月14日 公開 2022年01月17日 更新

猫がそこにいてくれる。ただそれだけの何でもないしあわせが、コロナ禍で人と会う機会が減ったことなどを機に再認識されている。だが、猫と暮らすには、最後まで寄り添う覚悟も必要だ。

猫との出会いには猫の数だけストーリーがあり、猫と交わす約束もそれぞれである。出会った日、こころ寄りそわせた日、別れの日……、交わした約束を猫はきっと忘れない。交わされた「約束」の選りすぐりの実話エピソードをご紹介していこう。

第2回は、海辺のシェルターの千鶴子さんが、元女ボスの老猫マリと交わした約束。「老後は任せて」

※本稿は、佐竹茉莉子・著『猫との約束』(辰巳出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

捨て猫マリの波乱の猫生

海辺の家の、窓から差し込む光の中で、マリはうとうとしている。

周りでは若い猫が千鶴子ママに甘えたり、ここのボス猫のクマの周りに集まったりしてにぎやかだけど、最近耳が遠くなったマリの眠りを妨げることはない。あっちの部屋には、また子猫たちがやってきたようだ。

マリは、ここでの暮らしがけっこう気に入っている。

この海辺の町で、マリは、ずいぶんと年を重ねた。そう、13年前に、突然海辺に捨てられてから。

あの頃はまだ若かった。心細くて、さみしくて、どう生きていこうかと思っていたら、漁港の猫たちが仲間に入れてくれた。ご飯も毎日運んでくれる人がいたし、漁師さんたちもやさしかった。細かった彼女は、丸々した猫になった。

ある日、一匹の雄猫がこの浜に流れてきた。顔に歴戦の傷跡が無数にある大きな猫で、たちまち浜の猫を仕切るボスになった。憎めない彼を、市場の海産物店や食堂の人たちは「ボス」と名づけて可愛がった。

マリと彼は、恋におちた。ふたりともこの地で手術を受けたから、プラトニック・ラブだったけれど。彼とマリは、潮風の中をいつも連れ添って歩いた。市場の人たちは、ふたりを眺めて言った。「さすがボスは見る目があるねえ。マリちゃんはムチムチのいい女だもんね」

彼との甘い日々は、2年しか続かなかった。それまでの放浪生活で、彼の体はもうボロボロだった。冬に入る前に、ひどい風邪をひき込んだ。そして、ぷっつりと姿を消した。マリは何日も何日も彼を探し回った。

しばらくして、マリは、彼のあとを引き継いで女ボスになった。手足が太く、顔も大きなマリが浜を悠然とのし歩く姿は、遠くから会いに来るファンを作るほどカッコよかった。

 

海辺のシェルターでの穏やかな日々

そんなマリにも、老いが忍び寄ってきた。市場内にねぐらは作ってもらっていたが、2度の台風が吹き荒れたあとの初冬にすっかり体調を崩してしまった。

「もう外暮らしはきつくなってきたね」と、抱きかかえて家に連れていってくれたのが、千鶴子さんだった。

千鶴子さんが亡き母のあとを継いで、海辺の猫たちの世話を始めたのは12年前だった。

自宅はシェルターとして開放し、捨てられた子猫や、病弱の猫、老いて外では暮らせなくなった猫などを迎え続けた。子猫たちは譲渡先を見つけるが、病気の子や老猫は、終生の面倒を見る。釣り人が捨てた釣り糸を飲み込んで緊急手術をした猫もいたし、疾患をいくつも抱えた猫もいた。

やがて、夫の重男さんと共にNPOを立ち上げ、敷地内に、獣医さんに来てもらって外猫手術などのできるプレハブの病院も建てた。

嵐の日も暑い日も寒い日も、海辺やシェルターの猫たちのために心を砕き続ける千鶴子さんの一番の喜びは、保護した子猫の家族が決まること、海辺の猫たちがおいしそうにご飯を食べること、シェルターの猫たちが穏やかに暮らすこと、少しずつ地域の理解が増えていくことだ。

クマは、ある日、餌場に突然現れた長毛の大猫だった。ひと目で流れ者とわかったが、その風格は息をのむほどだった。

餌場に加わった彼を、去勢手術して一晩家に泊め、海辺に戻したその次の朝。クマが、餌場にいた雌猫2匹を引き連れて家まで戻り、塀の上にいるではないか。餌場は家から遠く離れていて、移動はいつも車だというのに、どうやって訪ねあてたのだろう。

賢さに驚き、ほだされもした千鶴子さんは、3匹をもとには戻せなかった。

クマは、シェルターで、若い猫からも老猫からも、雄猫からも雌猫からも、モテモテのボスとなっている。ボスの隣に座りたい猫たちが場所取りを繰り広げているシェルターは、今日も平和だ。マリがもう少し若かったら、クマと再びの恋をしたかもしれない。

いや、やっぱり、マリはボスの彼女であったことを誇りに、波乱に富んだ猫生を静かに終えることを選んだだろう。

マリは知らない。愛するボスが、このシェルターで穏やかに枯れるように最後の日々を過ごしたことを。「復活したら、マリのもとへ」と、千鶴子さんが願って看病を尽くしたことも。

 

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