なぜ日本は研究開発者が育ちにくいのか? 企業の「変化に対する対応の遅れ」
2025年08月07日 公開
インダストリー・ジャパン代表の那須直美氏は、日本の工作機械における研究体制について「他国と比べて活性化しているとは言えない」と指摘します。日本が国として技術力を一層強化していくためには、いま何が求められているのでしょうか。書籍『機械ビジネス』より解説します。
※本稿は、那須直美著『機械ビジネス メカ好きな人から専門家まで楽しく読める機械の教養』(クロスメディア・パブリッシング)を一部抜粋・編集したものです。
世界と比較した「日本の工作機械の研究体制」
多くの工業国は、工作機械産業の発展に注力していますが、日本の工作機械の研究体制は、残念ながら他国と比べて活性化しているとは言いにくいのが現状です。その理由には、大学の研究室単位で進められることが多く、企業との共同研究もあまり活発ではないことが挙げられます。
その一方、例えばドイツでは、国策の継続性もあり、豊富な資金でまかなえる研究体制があります。有名どころのフラウンホーファー研究機構をはじめ、公的研究機関や産学官連携も強力です。
また中国では、2010年前後の時点では、工作機械技術は遅れを取っていた印象がありましたが、2015年に発表した「中国製造2025」では"製造強国"を掲げ、野心をむき出しにしていました。現在では国家戦略のもと、莫大な資金が投入され、こちらも産学官連携で活発な研究開発が行われています。
日本工作機械工業会の「工作機械産業ビジョン2030」によると、「中国はさまざまな国家プロジェクトを立ち上げて技術向上を図っているが、高級機に対する市場需要が増しており、日本や欧州からの輸入に頼っている。韓国、台湾は廉価な工作機械を重視した開発を行っている」とありました。
どこの国でも、「懐が潤えば、価格は高くても価値あるモノが欲しくなる」というのが世の常です。非常に高い精度が要求される工作機械に関しては、資本も集まりやすく、メーカーが切磋琢磨する環境のため、競争力も上がっていきやすいのです。
今までは、クオリティの高い工作機械は、人を介して微調整を行う摺り合わせの技術を用いて作られていましたが、近年は労働人口の減少から、自動化・高能率化が進み、各国でもデジタルを活用したスマート工場化が進んでいます。さらに、企業が持続可能な開発に対してどのように寄与できるかも問われており、SDGsへの取り組みに関心が集まっています。
製造業にとってSDGsは、省エネへの改善努力やCO2削減など、循環型社会の実現に向けての関連性も高く、企業が戦略的に取り組むことは持続的成長を促すことにつながります。そのため、経営戦略としても欠かせない重要課題となっています。
加えて言えば、DXやGX(グリーン・トランスフォーメーション)などのように、テクノロジーを活用して、新たな価値創造に対応できる研究開発と人材育成がこれからの発展には欠かせません。
専門性の高い人材育成が急務
今後も日本が国として技術力を強化するためには、科学技術研究が必要不可欠です。
文部科学省 科学技術・学術政策研究所がまとめた資料「科学技術指標2024」の主要な指標から日本の状況を見ると、日本の産学官を合わせた研究開発費・研究者数は主要国(日・米・独・仏・英・中・韓の7カ国)の中で第3位、論文数は世界第5位でした。
同資料の中で筆者が気になるのは、大学・公的機関の研究者数や、注目度の高い論文数の指標で順位を下げていることです。注目度の高い論文数を見ると、日本は世界全体では13位で、韓国やイランよりも下になっていました。
21年前の日本はアメリカ・イギリス・ドイツに次ぐ4位でしたが、この間に日本の順位は下落を続け、現在ではこの分野は中国がトップに躍り出ています。
これらの資料を見ると、国際競争力の低下を防ぐためにも、若手研究者の挑戦を支える環境の整備や次世代研究人材の育成が急務であり、大学の研究費は論文数に大きく影響するため、この部分を手厚く強化する必要があると強く感じています。
IMD(国際経営開発研究所:International Institute for Management Development)が発表した「世界競争力ランキング2024」では、日本は生産性や効率性など企業の技術革新や利益を評価する「ビジネスの効率性」が低く、全体のランクを押し下げることになりました。これにより、前回より3つランクを落として38位となり、過去最低を更新してしまったのです。
これは、日本企業の「変化に対する対応の遅れ」を意味し、これ以上、競争力を低下させてしまうと、経済成長が鈍化するのは避けられません。これを回避するためには、専門性の高い人材育成が急務です。
現在、どの産業も人材確保の競争が激化していますが、工作機械業界はわれわれが生きていく上で重要な役目を担う大切な業界ですから、産学官が力を合わせて、連携をさらに強化していくことが必要と考えます。