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社会

「とりあえず生ビールで!」「私も!」つい多数派に流されてしまう心理の正体

橋本之克(行動経済学コンサルタント/マーケティング&ブランディングディレクター)

2025年08月07日 公開

行動経済学とは、心理学と経済学を組み合わせることで、人間の不合理な行動の謎を解き明かす学問です。その理論はビジネスやマーケティングの場で、「人々を企業などにとって都合の良い方向に誘導するため」に、多数活用されています。

行動経済学を学び、人間の思考のクセや行動パターンについて知ることは、「無意識に誘導されてしまう」状況から脱し、自分にとってより「正しく」「最適な」選択や決定ができるようになることにつながるわけです。

本稿では、行動経済学コンサルタントの橋本之克さんに「同調効果」について解説して頂きます。

※本稿は、橋本之克著『世界は行動経済学でできている』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

多数派に流されてしまう理由 

同僚や友人たちと居酒屋に行って最初の飲み物を決めるとき、「とりあえず生ビールで!」「じゃあ私も!」「俺も!」というシーンに遭遇すること、よくありますよね。

同じものを頼んだほうが早くそろいやすい、他の飲み物をメニューから探すのに時間がかかるなど、いろいろと理由はあるかもしれません。

その一方で「本当は別のものが飲みたかったな……」というときでも、「ここは合わせておくか」と判断することも多いのではないでしょうか。

同じようなことは、職場の会議やミーティングでも起こります。
誰かの意見が「ちょっと微妙だな」と思ったとしても、参加している複数のメンバーが、「◯◯さんと同意見です」「私もそれがいいと思います」などと賛同してしまうと、反対意見を述べることができなくなりがちです。

集団の中で浮かないために個性を出せない、意見が言えないといった状況では、行動経済学で言う「同調効果」が働いていると考えられます。

 

「みんなに合わせたい」のは人間の本能

「同調効果」とは、自分の意見や信念を曲げて多数派に従ってしまう心理効果です。人間は集団で生活する生き物なので、同調することが良いと捉える本能を持っています。集団から外れず、集団と同じ行動をすることで安心を得ようとするのです。

逆に集団から離れた孤独な状態ではストレスを感じてしまいます。これは、良し悪しや、意味の有無とは関係のない、人間の本能によるものです。

アメリカの社会心理学者ソロモン・アッシュによる実験を紹介します。

数名の被験者がテーブルを囲んでいます。ただし本当の被験者はそのうち1名だけで、その他は全員サクラ(実験協力者)です。
各自の目の前にある1枚のカードには、ある長さの線が書かれています。そして別のカードには長さの異なる3本の線が書かれています。3本の中から最初のカードと同じ長さの線がどれか、全員が答えます。

問題自体は非常に簡単で、ほぼ100%の人が正解するようなものですが、サクラはみな誤った回答をします。その状況で本当の被験者が、自分の判断に従い、他とは異なる線を選ぶか、あるいは他の人の回答に合わせて誤った回答をするのかを調べました。

結果は、平均3割程度の確率で「誤った」選択をしたのです。
つまり、内心明らかに間違っている答えだと思っていても、自分以外の参加者が全員そろって違う答えを選ぶと、それに合わせてしまうのです。集団の状況、集団の判断が、自分の判断をゆがめてしまうわけです。状況によっては怖い話ですね。

 

「同調効果」も使い方次第

「同調効果」が悪い方向に働いてしまうと、災害で警報が発令されていても、周囲が避難しないので自分も逃げないといったことも起こります。 

最近、テレビでキャスターが強く避難を呼びかけたり、大きな文字で「逃げろ」と表示したりするのは、こうした事態を避ける狙いもあります。
反面、「同調効果」を知ったうえでうまく活用すれば、良い効果を生むこともできます。

熊本地域医療センターでは、看護師の制服を勤務時間帯で色分けすることで、同調効果をうまく利用して残業時間の削減に成功しました。

当病院では、看護師の残業過多が大きな問題になっていました。そこで時間管理をしやすくするため、看護師の制服の色を日勤を赤、夜勤を緑に変えたのです。

残業が多い理由には、終業間際であっても仕事を振られれば断りにくい、という事情がありました。色分け後は一目で勤務時間帯がわかるため、まわりの人も、勤務終了が近い人に新たな仕事を依頼しなくなりました。

同時に、色分けによる看護師個人の意識の変化も影響したと考えられます。

真面目な看護師ほど、時間を超過しても仕事をこなそうとする傾向があります。ところが、周囲の看護師が時間で交代していくと、「同調効果」により自分も終わらせようと思うようになったのです。まわりに異なる色の制服の看護師が増えると、自分が残っていることに居心地の悪さを感じ、早く交代しなければ、と思ったわけです。これもまた「同調効果」の裏返しです。

こうして当病院では2014年度の導入以後、前年度に1人あたり年約110時間だった残業が半減しました。2018年度には約20時間と、導入前の5分の1まで減ったそうです。

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