全米一の進学校は「オンライン高校」 テクノロジーが変える学びの密度
2025年08月14日 公開
日本の教育界はいま、明治時代以来およそ150年ぶりの大転換期を迎えています。この流れは日本にとどまらず、世界中で起こっている現象であり、その背景にあるのは、現在進行中の「情報革命」といわれています。
本稿では、そんな大転換期にある教育現場の今、注目されるオンライン教育の実情と今後の在り方について、日本最大級の教育イベント創設者・大学特任准教授・学校法人理事など、さまざまな立場や役割で教育に関わっている宮田純也さんに解説していただきます。
※本稿は宮田純也著『教育ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)より一部を抜粋編集したものです。
ひとつになる世界とオンライン教育の広がり
世界は徐々にひとつになっています。それが「グローバル化」です。
特に情報革命が、私たち一人ひとりのグローバル化を促進しています。PCやスマートフォンなどの端末があれば誰でもグローバルに情報を受発信することができます。
たとえば、アメリカのトランプ大統領のSNSをフォローしていれば、マスメディアと同じタイミングで同じ情報を入手することが可能です。日本にいながらしてアメリカ大統領の情報発信に直接触れられる時代になったのは、初めてのことではないでしょうか。
私たちは産業革命によって物理的に活動の範囲を拡大し、さらに情報革命によって電子空間上でも活動の範囲を拡張しています。人類や電子空間によって、コミュニケーションの地理的な制約を取っ払うだけではなく、近年はAI技術の発展により言語の壁をも乗り越えようとしています。
YouTubeは多言語に対応しており、自分が創ったコンテンツを世界中に発信できる時代が始まっています。また、学校でも海外の学校とつないで実施する多文化理解教育などをICTの活用によってほとんどコストなく実施できる環境が整備されています。
ICTによって個人がグローバル化し、世界とつながり、世界はひとつになろうとしているのです。電子空間上ではもはやひとつになったと言っても過言ではないのかもしれません。
学校教育でのICTの活用に関する最近のターニングポイントはコロナ禍における非接触型コミュニケーションの推進です。新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止を目的として、多くの学校で長期間の臨時休校がおこなわれました。
学校での学びをストップしないために一部の学校・地域ではICTを活用して学校と家庭をつなぎ、遠隔・オンライン教育が実施されました。これは学校だけではなく、教育という営み自体に大きな変化をもたらすものです。
そんななかで、オンラインで教育活動をおこなう動きが活発化し、その規模が拡大しています。「オンライン教育」とは、ネットワークを介して行われる教授・学習活動全般を指しています。
たとえばeラーニングやAIを用いた学習などが挙げられます。コロナ禍を経てeラーニングの市場規模が約160%拡大するなど、オンライン教育の規模は年々増えていると言えるでしょう。
オンライン教育のツールはますます身近で気軽になり、自身も誰かの学びに貢献する情報発信が可能となり、コンテンツの増加、高品質化、低廉化を遂げていくことになるのでしょう。
私たちはこれから一層電子空間上で活動するようになり、それに伴い、学びもオンラインでおこなわれることが増えていくことが推測されます。通信制高校や大学など、オンライン教育を用いた学びの場も活性化しています。
全米一の進学校のオンライン教育
「オンライン教育」という言葉がありますが、「リアル教育」という言葉は存在しません。
当然ですが、人間がサイバー空間上で活動するようになったのは最近であり、長い人類の歴史を見ればリアル教育が前提ですから言葉を創る必要はないわけです。
一方、オンライン教育は最近登場した稀有な取り組みだからこそ、その概念が登場しています。そうであれば、今日の通信制高校のようにオンライン教育をベースに教育活動を展開することに何か懸念はないのでしょうか。
実際、コロナ禍では、日本の子どもが自律的に学ぶことができていないという課題が明確になりました。そのため、本当に有効活用できるのかとサイバー空間でのオンライン教育に懸念をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。とはいえ、テクノロジー活用に意義があることも確かです。
そのように考えると、リアルな世界でよりよく生きるためにオンライン教育で学ぶのだとすれば、やはりリアルとオンラインを融合することが今日の最先端の教育実践だと言えるのではないでしょうか。
それを体現している事例として、アメリカのスタンフォード大学に付属する中高一貫校「スタンフォード・オンラインハイスクール」を取り上げます。校長は日本人の星友啓氏が務めており、オンライン高校でありながら全米一の進学校と言われています。
「オンラインハイスクール」なのでオンライン教育を教育活動の基盤にしているのですが、大変興味深いことに、人とのつながりを大変重視しています。
まず、授業は、専門分野に情熱を持った先生が少人数制でおこなう「反転授業(FlippedClassroom)」が中心になっています。通常イメージされる授業は、先生が教壇に立って講義をおこない、復習として宿題を出されるものでしょう。
反転授業は、その従来の形態をまさに「反転」させたもので、授業前に基礎的な知識などを学習(インプット)したうえで、授業ではディスカッションなどのアウトプットを中心におこなうものです。
つまり、授業をインプットの場からアウトプットの場へと転換しています。さらに、授業後にもコミュニケーションが生まれる環境づくりを工夫して展開しており、生徒1人当たりにカウンセラー3人を配置することでコミュニケーションの密度を高めようとしています。
そして、オンラインでありながら、全米、さらには世界中から集う生徒たちが授業を中心としたラーニングコミュニティを形成できる仕組みが構築されています。
サイバー空間上で他の生徒たちと興味や学びたいことをシェアしながら一緒に学びに情熱を注ぐ環境づくりによって、学校にコミュニティを創り上げることができています。
さらにテクノロジー活用によって個別最適な学びの密度を高め、オンライン教育をベースとして個々の生徒の資質能力を育むことに成功しています。その結果として進学トップ校としての実績を獲得するに至ったのでしょう。
このような仕組みのなかにリアルとオンラインを融合することのヒントがあるのではないでしょうか。
人間は身体を持った現実世界の存在であり、さまざまな人から学び、触発されることで学び合っていきます。一方でオンラインには、地理的な制約を排して多くの人と出会うことができるなど、多くの利点が存在します。
テクノロジープッシュではなく、あくまで人間が学ぶことの意義やプロセスに機軸を置き、ヒューマンベースなオンライン教育によって、リアル世界の人間が学び成長することができるのではないかと考えています。