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幸福な人生を送るには? 哲学者が語る「自分で選択できる」ことの重要性

小川仁志(哲学者・山口大学教授)

2025年09月03日 公開

人生は選択の積み重ねです。

「お茶を飲むか、コーヒーを飲むか」そんな無意識の選択から、「結婚」「転職」などの人生における重大な選択まで、私たちの一日は、あらゆる「選択」によって占められています。

では、いったいどうすれば「いい選択」ができるのでしょうか?

本稿では、なぜ今「選択思考」が必要とされているのか? 哲学者で山口大学教授の小川仁志さんに解説して頂きます。

※本稿は、小川仁志著『悩まず、いい選択ができる人の頭の使い方』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

「ルール」は大きく変わった

なぜ今、私たちに「選択思考」が必要なのでしょうか?

それは、世界のルールが大きく変わり、「選択」を難しくする要因があまりにも増えているからです。私たちは、溢れる情報や多様な価値観、そして時にアルゴリズムなどのテクノロジーによって、知らず知らずのうちに自分の望まない選択へと誘導されてしまうことがあります。

自分自身の意思で未来を選び取り、納得して前に進むために、「哲学を使った選択思考」を身につけ、「いい選択」を重ねていくことが、不可欠なのです。

「頑張れば報われる」「目標を設定し、努力し達成することこそが成功である」
私たちは長らく、そんな人生観に支配されてきました。

ところが今、世界は静かに、しかし確実に変わりつつあります。

テクノロジーが進化し、価値観が多様化し、自律性を重視する時代の流れの中で、人生設計を考える際、「目標を達成できるか」ではなく「何を選ぶか」に主眼が置かれるようになっています。

言い換えれば、人生はもはや「ゴールを目指すレース」ではなく、「自分に合ったレースを見つける旅」となったのです。

もちろん、人間にとって、努力することの価値が失われたわけではありません。ただし、以前のように「ひとまず目の前のことを頑張る」という選択は、必ずしも有効であるとは言い難い状況です。

今まで、多くの人は、将来の方向性が定まらないとき、「ひとまず目の前のことを頑張る」という選択をし、目の前の課題に真摯に取り組み、その過程で道が開けていくことを期待してきました。

それは決して間違った戦略だとは言えませんでした。頑張っているうちに収入やポジションが上がったり、人生が好転したりすることが実際にあったのです。

しかし、時代は変わりました。

たとえば、この原稿を書いている時点でのChatGPTの最新モデル「OpenAI o1」は、2025年に実施された東京大学理科三類の入試で「合格水準」に達しました。理科三類は東大の中でも最難関とされています。

また、少し前は難しいといわれていた、アニメ動画の生成、デザイン、音楽など芸術に関する分野でも、AIは目覚ましい進化を遂げています。

ほかにも、AIによりさまざまな可能性が広がったことで、データ分析・文章生成・業務設計など、「努力と経験」が必要だった分野で、作業がAIに代替されつつあるという現実もあります。

こうした状況の中で、ただ漠然と「頑張る」だけでは、時代の波に飲み込まれてしまう可能性が高まっています。

したがって、今私たちに求められているのは、「何に」「どのように」努力するかという、より戦略的な選択だと言っていいでしょう。

 

「目標志向」はもう古い?

ハーバード大学の名物教授マイケル・サンデルの息子で、同じくハーバードで教鞭をとるアメリカの哲学者アダム・サンデルは、著書『瞬間に生きる 活動するための哲学』の中で次のように指摘しています。

「現代社会を生きる人びとは、仕事や勉学等にまつわる何らかの目標を達成すべく努力するが、それを達成しても心が満たされることはない」

アダム・サンデルによれば、私たちがもっとも自分らしくあるのは「活動している」ときであり、本来それ自体に価値のある活動を、成功か失敗かという「任務」に変えてしまうとき、不幸が始まるのだと説いています。

「頑張れば報われる」という世界が崩壊したにもかかわらず、現代社会にはいまだに終わりなき「目標志向」が蔓延しています。

AIの登場と進化は、この矛盾にますます拍車をかけることになるでしょう。

私たちに必要なのは単に「頑張る」「目標を達成する」を選択することではなく、本当に自分らしさを感じられる活動を選択する知恵を持つことではないでしょうか。

 

「選択の質」が心と体も変える

自分自身でいい選択をすること。
それは人生の幸福度や心身の健康を大きく左右します。

コロンビア大学教授シーナ・アイエンガー(1969~)による心理学の名著『選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義』では、イギリスの「ホワイトホール研究」が紹介されています。

同研究は、仕事における裁量の有無が健康に与える影響を明らかにしています。

調査対象となった公務員の中では、自己決定権の少ない階層の人たちが心臓病で死亡するリスクは、自己決定権の高い階層の約3倍にのぼったといいます。

シンプルに言えば「選択の自由があるかどうかが、その人の健康リスクを大きく左右する」のです。

さらに驚くべきなのは、実際の職位よりも「自分は自由に働いている、と思っているかどうか」という主観的な認識のほうが、健康と強く関連していたという点です。

職位が高くとも「日々の仕事に自由はない。自分に選択権はない」と認識している人は心臓病のリスクが高くなり、自己決定権が少ない職位の人でも「自分は自由に働いている。選択肢は常に自分が持っている」と認識していれば、心臓病のリスクは下がったというのです。

同書には、こんな一文があります。

「飼育動物とは違い、人間の自己決定権や無力感のとらえ方は、外部の力だけで決まるわけではない。人間は、世界に対する見方を変えることで、選択を生み出す能力を持っているのだ」

つまり、実際に選択肢があるかどうかではなく、「自分で選べる」という感覚こそが、幸福や健康の基盤となるのです。

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