定年後は、現役時代と比べて人間関係が希薄になりやすいものです。寂しさを感じながらも、「どう人と付き合えばよいのかわからない」と戸惑う人も少なくないでしょう。
精神科医・保坂隆さんは、その背景には「生活のだらしなさ」が影響し、人とのつながりを妨げることがあると指摘します。ここでは、保坂さんの著書『精神科医が教える 定年から元気になる「老後の暮らし方」』から、老後の人付き合いについて語った一節をご紹介します。
※本稿は、保坂隆著『精神科医が教える 定年から元気になる「老後の暮らし方」』(PHP文庫)より内容を一部抜粋・編集したものです
いつでも人を招ける家に だらしなさが「交際の輪」を狭める
人間というのは本来、怠け者にできています。他人の目がないと、これくらいでいいやと、だらしなくなるものです。
Kさんは定年後すぐに奥さんを亡くしましたが、子どもはもう独立していたので、気ままな一人暮らしの生活へと戻りました。
奥さんが生きていたころ、Kさんはほとんど家事を手伝いませんでした。もちろんゴミ出しくらいはしましたが、あとは奥さんが手に余る重い物を運んだりする程度でした。別に「家事は女の仕事」と思っていたわけではなく、なんとなく手を出さなくても済んでいたのです。
一人暮らしになると、食事は外食かコンビニ弁当が中心になりました。パンを焼いたり卵焼き程度はつくれましたが、洗濯をして干しても、取り入れたものを畳んだりはせず、その山の中から着るものを取り出すだけでした。
Kさんは、毎日近くの公園に出かけるのを日課にしていましたが、そこでよく会う同年輩の男性がいたのです。会えば、挨拶もするようになりました。
そんなある日、帰りに話しながら歩いていると、急にザアザアと雨が降ってきました。Kさんの家はすぐそこなので「ちょっと、雨宿りしていきませんか?」と口まで出かけたのです。けれど散らかった洗濯物、洗い物が溜まった台所、敷きっぱなしの布団、しばらく掃除していないトイレなどを思い出すと、とても人を招き入れられるような状態ではありません。
そのことがあって以来、自分の家を情けなく感じ、きちんとした生活をしようと思い直しました。そして、家の中をこざっぱりと整理したのです。
その後、例の男性を家に招きました。すると、その男性も自分の仲間を連れてくるようになるなど、だんだん交際は広がっていきました。男性たちにとっても、一人暮らしのKさん宅は気軽に訪れやすかったのですね。
「面倒くさいなぁ」と思っていたトイレ掃除も、毎日欠かしません。いつ、誰が尋ねてきても恥ずかしくない生活をするようになったKさんは、生活もメリハリがつき、気持ちも上向きになって楽しく過ごしています。
いつも堂々とした自分でいるために、「人に見られて恥ずかしくない」という普段の心がけは大切です。
ダラダラした生活を続けていると、気づかないうちに心までだらしなくなり、若さや元気を失うのはもちろん、「交際の輪」まで狭まっていくわけですね。
「おごり好き」「あげ好き」 実は寂しいので他人に甘えたい
地域の気軽な付き合いでも「軽く飲んだり、食べたり」の機会はあります。そんなとき「まあ、ここは私に任せてください」と自分から支払いを買って出る人がたまにいますね。
でも、地域の付き合いの席で「おごる」「おごられる」の関係になるのは絶対にタブー。あくまで割り勘、あるいは自分が頼んだものは自分で支払う、を原則にしましょう。
実は「おごる」「おごられる」はお互いの懐事情というより、その人の性分によるところが大きいのです。たとえどんなに裕福でも、勘定は「絶対に割り勘で」とこだわる人も多いはず。
そして、おごり役になる人はたいてい決まっています。端的に言えば、「ええ恰好しい」が多いのです。つまり、他人におごりたい人の本質は、自分をちょっとでもまわりによく見せたい心にある、といっても過言ではありません。
そう自分でも気がつけば、簡単に「おごる」と言い出すことが恥ずかしく思えてきませんか?
もし相手の懐事情を考えるなら、最初から値の張らない店を選ぶなど、さりげない配慮をするほうがいいのです。
相手を思いやるとは、相手の心の深いところの動きまで察したうえで行動すること。もし、こちらの懐事情を相手に見透かされて「勝手におごられる」としたら、決してうれしくはないでしょう。
また、女性によくあるのが「プレゼント好き」です。
「これ、先週の旅行のおみやげね」「〇〇展で見かけたの。あなたの好きな柄だと思って」「こういうの、一つあると便利でしょう?」
一つひとつは大した額でなくても、しょっちゅう何かをもらうことは、想像以上に、相手の気持ちに負担を与えるとわかっているでしょうか?
長いことシングル生活で頑張ってきたRさんは、定年後、あちこちのツアーを楽しんでいますが、ほとんどは一人参加です。旅先で他の参加者がおみやげ品を買うのを見ていると、つい自分も買いたくなってしまいます。
でも、名産品を買っても一人では食べきれない、小物も間に合っている......。かといって、何も買わないのはやはり寂しい。
そんなことから「そうそう、ご近所の〇〇さんにあげよう」「××の会で親しくしている方にあげよう」と、自分に言い訳しながら買ってしまうのです。
ところが、気軽にあげたつもりなのに、時にはあげたものよりずっと高価な「お返し」をくれる人がいるのです。ちょっと口が滑って「今度の週末、〇〇に行くの」などと話すと、すかさず「おみやげ、買ってこないでね。いつも頂くばかりで恐縮だから」と牽制されることもあります。
聡明なRさんは、やたらと他人にものをあげるのは、結局、自分の寂しさをまぎらわせていただけ。つまり「ものをあげる」「おごる」のを口実に、相手に甘えていたのだと気がつきました。
最近は「自分は自分」と、自分の欲しいものがない限り、旅先でもおみやげ屋さんは素通り。「あげグセ」を封印するように努めているそうです。