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部活指導の「厳しさ」はなぜ暴走するのか 高校野球の事件が示すスポーツ現場の実態

安藤俊介(一般社団法人日本アンガーマネジメント協会 ファウンダー)

2025年10月01日 公開 2025年10月02日 更新

子どもたちの成長を願う部活動が、ときに暴力やハラスメントの場になってしまう――。それは学校だけでなく、社会の価値観や文化とも結びついています。2025年夏に明るみに出た広陵高校での暴力事件は、その縮図とも言えるでしょう。アンガーマネジメントの第一人者でありスポーツハラスメントの実情にも詳しい安藤俊介さんに、スポーツ指導の現場が抱える課題を伺いました。

※写真はイメージです

 

高校野球の事例に見る部活動の悪しき慣習

――今回の広陵高校野球部での暴力事件について、安藤さんはどのようにご覧になっていますか。

【安藤】部活動におけるハラスメントの問題は、昔から存在していました。私がかつて通っていた高校もスポーツ強豪校でしたが、スポーツで名をあげようとする学校では暴力的な指導が普通にありました。

母校では強豪の陸上部や野球部、ラグビー部などで体罰といったハラスメント行われていましたが、その一方で選手たちは学校から特別に優遇されてもいました。例えば、何か不祥事を起こしても揉み消されてしまう。一般の生徒もそれを知っていましたが、"そういうものだ"と受け止めていたのです。

――そうした慣習が"スポーツハラスメント"という言葉で問題視されるようになったきっかけは何でしょうか。

【安藤】大きな転機は2012年に大阪市立桜宮高校のバスケットボール部で起きた事件でしょう。顧問の過度な指導によって生徒が自ら命を絶ち、元顧問は刑事事件で有罪判決を受けました。また、大阪府に対して損害賠償を求めた裁判でも、約7,500万円の賠償が確定しています。

この事件を契機に、社会的に「これは良くない」という機運が一気に高まりました。文部科学省は有識者会議を設置し、スポーツにおける暴力から選手を守るための第三者相談・調査制度について議論を開始。2013年4月には日本体育協会(現・日本スポーツ協会)と日本オリンピック委員会が「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」を採択しました。

いわゆるスポーツハラスメント根絶に向けた取り組みは、この時から本格的に始まったのです。

つまり、社会全体としてスポーツの現場における暴力を問題視し始めたのは、わずか10年前にすぎません。

 

行き過ぎた指導の背景

――広陵高校や桜宮高校の件など、行き過ぎた指導の背景にはどのようなものがあるのでしょうか。

【安藤】問題は今も起き続けています。なぜ日本のスポーツ指導に暴力がつきまとうのかについては、いくつかの説があります。よく指摘されるのが二つです。

ひとつは軍隊教育の影響です。第二次世界大戦期の軍隊の考え方が連綿と続いてしまっている。軍隊式の価値観とは「厳しい・苦しい経験を乗り越えるほど成長する」というものです。

さらに徹底した上下関係が特徴で、上の言うことは絶対。いわゆる「愛のムチ」も軍隊から来ていると言われています。スポーツ指導はこの流れを引き継いでおり、戦後80年のうち70年近くはこの考え方で続いてきました。スポーツハラスメント根絶宣言が出されたのは2013年で、まだ10年しか経っていません。70年続いた慣習を10年で覆すのは簡単ではないでしょう。

もうひとつは勝利至上主義です。勝つことが何より優先される。広陵高校の例だけでなく、多くの学校に当てはまります。スポーツで強くなることで学校の知名度を上げ、生徒を集める。これはマーケティングの側面も大きい。

たとえば私自身は高校野球をあまり知らないのですが、それでも強豪校の名前は知っています。例えば今年の甲子園優勝校だったり、詳しいことを知らなくても「強い学校」として名前は耳に入ってくる。駅伝やゴルフなどが強い大学も同じです。スポーツの実績が学校名を世に広めた例はたくさん存在します。だからこそ「勝たなければならない」という論理が背景にあるのだと思います。

 

スポーツの現場で起こりがちな人間関係の歪み

――スポーツの現場、とくに上下関係や軍隊文化の名残がある中で、起きやすい人間関係の歪みにはどのようなものがありますか。

【安藤】基本的には「言うことを聞け」です。企業で同じことをすればパワハラだと誰もが思うのに、スポーツだけは聖域のように扱われてきました。

また、これは文化的な問題でもあります。長年、周囲が指摘してこなかったために「承認されてきた」と指導者が感じているのです。

広陵高校の監督も長く現場を任されてきました。もしかしたら過去に声が上がったことがあったのかもしれませんが、大きな問題にはならなかった。そのため本人にしてみれば「ずっと認められてきたやり方なのに、なぜ今さら批判されるのか」という感覚になってしまう。つまり、当たり前にやってきたことが暗黙のうちに容認され、結果としてゆがんだ人間関係を温存してきたのだと思います。

会社でのパワハラと同じで、上司のやり方に誰も異を唱えなければ、「認められている」という承認につながってしまうのです。加害者からすれば「黙認=同意」と受け止めてしまう。そうやって長年、スポーツハラスメントという概念が広まらず、黙認されてきた側面があるのだと思います。

さらに、日本のスポーツには集団主義の文化があります。「連帯責任」という考え方で、チームの和を重んじ、個人の声が届きにくくなる。今回の件も、一部の生徒の行為がチーム全体の責任とされてしまいました。これは軍隊的な発想と同じで、声を上げにくい状況をつくり出していると思います。

(取材・執筆:PHPオンライン編集部 片平奈々子)

著者紹介

安藤俊介(あんどう・しゅんすけ)

一般社団法人日本アンガーマネジメント協会 ファウンダー

一般社団法人日本アンガーマネジメント協会 ファウンダー/アンガーマネジメントコンサルタント/ナショナルアンガーマネジメント協会 公認トレーニングプロフェッショナル/ナショナルアンガーマネジメント協会 日本支部長/新潟産業大学客員教授
アンガーマネジメントの日本の第一人者。アンガーマネジメントの理論、技術をアメリカから導入し、教育現場から企業まで幅広く講演、企業研修、セミナー、コーチングなどを行っている。アメリカに本部のあるナショナルアンガーマネジメント協会では15 名しか選ばれていない最高ランクのトレーニングプロフェッショナルにアジア人としてただ一人選ばれている。

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