宇宙兄弟(C)小山宙哉/講談社
『宇宙兄弟』(小山宙哉著)には、魅力的なリーダーシップを発揮する人物やエピソードが登場する。約30年にわたって3,000回を超えるチームビルディングを実施してきた組織開発のプロが語る、現代にこそ求められるファシリテーター型リーダーシップとは。
*本稿は、長尾彰著『宇宙兄弟「心理的柔軟性」リーダーシップで、チームが変わる! リーダーの話』(Gakken)より一部抜粋・編集したものです。
「ちょっとだけ頑張る」のすごいパワー
チームの原動力は、そこに属するメンバーから生まれます。
それぞれがどれだけパフォーマンスを発揮できるかでチームの推進力も変わってくるので、目標値をどこに置くかは重要なポイントですよね。
わざわざ低く設定することはないと思いますが、やたら高すぎるのも考えもの。
「今の2倍、頑張って!」
いきなりそう言われたら、多くの人が「そんなの無理!」と思うはずです。
抵抗なく受け止められるのは、自分の能力にかなりの自信がある人でしょう。
では、目標値はどこに設定すべきなのでしょうか?
僕が提案したいのは、こちら。
みんなでちょっとずつ頑張る、「1.1」という考え方です。
人は、常に「1.0」のパフォーマンスを発揮できるわけではありません。
仕事の難易度や得意・不得意、コンディション、作業時間、チームワーク、テンションなど、さまざまな要因によって変動しています。
そのうえで、
「1割増し」の状態を「1.1」
「1割減」の状態を「0.9」
としたときに、各自が「1割増し」になる努力をする。
これが、「1.1」を目指すということなのです。
「1.1」で得られるパフォーマンスは微々たるものに感じるかもしれませんが、毎日を「1.1」の状態で過ごすのと「0.9」の状態で過ごすのでは、30日後にはどれほどの差が出るのでしょうか。
「1.1」の30乗は、約17。
「0.9」の30乗は、約0.042。
その差はなんと、約405倍にもなります。
南波六太は、自分を「1.1」にするのがうまい
もちろんこれは、あくまで数式上での話。
30日間ずっと「1.1」を繰り返し成長することも、「0.9」を繰り返すことも実際にはないと思います。
ですが、メンバー全員が「1.1」を目指しているチームと、「0.9」でいることに慣れてしまっているチームでは、推進力に差が生まれるのは明らかですよね。
『宇宙兄弟』の南波六太(なんばむった)は、自分を「1.1」な状態にするのがとても上手なタイプ。
「2.0」になれることはほとんどないし、ときには「0.9」や「0.6」にまで下がることもあるけれど、なんだかんだで「1.1」を達成しています。
また、自分が「1.1」だと認識しているので、周囲に「2.0」を求めるようなことはしません。
読者が六太に共感したり、安心感を抱いたりするのは、この「1.1」感による部分も大きいと思います。
カリスマ性の高い優秀なリーダーは「2.0」以上であることが多いので、周囲にも同じパフォーマンスを望みます。
たとえ相手が「0.9」の状態でも容赦なし! ましてや「5.0」くらいの鉄人リーダーになると、“せめて「2.0」くらいはできるだろう?”と妥協しているつもりなので、ハードルの高さにも気づかないのです。いわゆる「無茶ぶり」というやつです。
確かに、「2.0」のパフォーマンスはチームにとって大きな力になります。
鉄人の彼らが3人で回せるものを、「1.1」のメンバーならば6人必要ですから。
でも、「2.0」って続きません。それに周囲もしんどい。
ブースターにはなるので、ここぞというときに「2.0」を目指すのは、とても効果的だと思います。
そこからチームを継続的に走らせたいのなら、「1.1」モードにシフトチェンジをするのがいいでしょう。
すぐに結果は出ないかもしれませんが、仲間の数が増えれば「1.1」のままスピードアップすることも可能です。
「2.0」や「5.0」といった魔法のような力を求めるより、「1.1」の状態であり続けること。
これを実行しているチームは、安定した速度で、安定したパフォーマンスを生み出すことができるようになります。
「2.0」を目指すのは厳しいけれど、「1.1」なら頑張れそう!
まずは、メンバー全員がこの意識を持つことから始めてみましょう。
「1.1」を繰り返しクリアしていくことで、その人のパフォーマンスが底上げされ、結果的に当初の「2.0」のラインを上回ることだってできるはずです。
「レベル1」に、いきなりボスキャラでは戦意喪失
「1.1」の概念は理解できたとして、肝心なのは、具体的にどうやって「1.1」の状態に自分を持っていくか、です。
そこでぜひ取り入れたいのが、「フロー理論」によるフローマネジメント。
「1.1」の状態とは、「挑戦してみよう!」と思える適度な「チャレンジ」のレベルと、その人の現実的な「能力」とのバランスによって成り立っています。
たとえばロールプレイングゲームで、まだ「レベル1」のあなたの前に、いきなりボスキャラが出てきたら、戦う気をなくしませんか?
レベル相応の強さのキャラと戦い、レベルアップすることで、前に進もうという気持ちになるのです。
反対に、「レベル100」にもなって、雑魚キャラばかりが延々と出てきても、やる気をなくしますよね。
手ごわい敵を倒すからこそ、面白い。
「チャレンジ」と「能力」のバランスが取れているからこそゲームを楽しめるし、夢中になってステージを進めようとするわけです。
この、何かに夢中になっている状態のことを、「フロー」と呼びます。
言葉の由来は、心理学者のミハイ・チクセントミハイ氏によって提唱された、時間や身体感覚すらも忘れるほどに何かに没頭している状態を指す「フロー体験」からきています。
「チャレンジ」のレベルが「能力」よりも高すぎると「不安」が大きくなり、フロー状態にはなれません。
また「能力」が「チャレンジ」のレベルよりも高すぎると、今度は「退屈」に傾きます。
「チャレンジ」と「能力」の相関性を、チクセントミハイ氏の著書『フロー体験 喜びの現象学』(世界思想社教学社刊)を参考にアレンジしたものが次の図です。
図の中心、(3)の部分が「フローゾーン」です。
フローマネジメントとは、このエリア内に目標設定を置き、課題や仕事のチャレンジレベルを調整することで、その人のパフォーマンスを引き出すというもの。
多くの人は、(1)の「不安ゾーン」からの始まりになるでしょう。
しかし、試行錯誤しながら続けるうちに能力や習熟度が上がり、フローゾーンへと突入。
それまで不安だったことが、今度は楽しめるようになります。
この状態が続くと、頑張らなくてもこなせてしまうので、徐々に退屈さを感じるように。
そこで、新たな課題を用意したり、チャレンジのレベルを少し上げたりすることで、再びフローゾーンに戻していきます。
目標設定で陥りがちなミス
チクセントミハイ氏が、『ビズジン』という事業開発者向けのウェブメディアで語ったインタビューによると、125年間、赤字を計上していたスウェーデンの州営交通会社が、マネージャー全員に部下のフロー面談を実施させました。
フロー面談の内容は、
「その部下が仕事に飽きていないか?」
「自分の仕事に不安を感じていないか?」
「フローでいるか?」
を中心にヒアリングします。
その結果に基づき、それぞれに合った仕事や仕事環境、トレーニングなどを調整したところ、仕事をさぼったり、仮病で会社を休んだりする従業員が激減し、生産性が向上。
1年後に黒字となったのです。
このフローマップは、マネジメントクラスの人だけでなく、チームのメンバーも共有・理解することでより活用できると思います。
たとえば、こんな会話が生まれるようになるかもしれません。
「あなたは今、フローマップの、どのエリアにいると感じる?」
「私は今、不安ゾーンにいます」
「そうなんだ。じゃあ、どんな能力・スキルを学習すればいいと思う?」
または、
「私は今、退屈ゾーンにいます」
「では、目標設定を少し上げてみよう。あなたは、どんなチャレンジをしたい?」
これからしばらく不安な時期が続くけれど、能力が上がればきっと、フローゾーンに入るよね。
だから頑張ろう」
などと、共通言語として会話ができれば、お互いの信頼関係が築けるはずです。
注意すべき点は、不安ゾーンからフローゾーンに入ったからといって、すぐに目標設定を上げてしまわないこと。
せっかく楽しめるようになったのに、また不安ゾーンへと逆戻りし、常に不安な状態になってしまいます。
目標管理制度を取り入れている会社で、離職者が多い、常に不安を感じている社員が多いというのは、まさにこのパターンに陥っている可能性が高いと思います。
目標設定を上げるのは、フローゾーンの(3)を経て、退屈ゾーンへと入ってから。
「あなた(私)は今、退屈ゾーンに入っているのでもう少しチャレンジのレベルを上げてみよう」
この意識を持っているのといないのでは、不安ゾーンでのパフォーマンスも大きく変わります!
僕のワークショップでは、この一連の流れを課題解決ゲームによって実際に体験してもらっていますが、目標設定を人から決められるのではなく、チームのメンバーが自分たちで行えるようになることを目指しています。
自分で目標設定ができて、そのための能力を得る機会が保証されている。
これぞ、最高のチームが生まれる環境だと思います!
【チャレンジと能力のバランスで、仕事は面白くなる! 自分の状態を把握することが大切。】