宇宙兄弟(C)小山宙哉/講談社
メンバーから信頼され、強いチームを築くリーダーの行動とは。3,000回を超えるチームビルディングを実施してきた組織開発のプロが、『宇宙兄弟』(小山宙哉著)の難波六太をモデルに分析する。
※本稿は、長尾彰著『宇宙兄弟「心理的柔軟性」リーダーシップで、チームが変わる! リーダーの話』(Gakken)より一部抜粋・編集したものです。
「自ら」考えて行動するから、「自ず」と協力者が現れる
六太はどんなときでも、自分がリーダーとして先頭に立っているという自覚はありません。
それにもかかわらず、どうしてみんな、六太の言葉に耳を傾け、共感し、強制ではなく自分の意思として行動(協力)するのでしょうか。
それは、六太が口先だけでなく、実際に誰よりも知恵を絞り、誰よりも多く動いて物事の「流れ」をつくり、そこに周囲を巻き込んでいるからなのです。
「リーダーシップを発揮する」といっても、その手段はさまざま。やろうと思えばアイデアや指示だけを出して、実働は別のメンバーに任せることも可能です。
現実にも、そういったシステムで回っている組織は数多く存在します。
「上の人間は簡単に言うけどさ、実際に動くほうは、やってらんないよ!」
「○○部長はいつも軽いノリで"やろう"なんて提案するけど、現場のことを全然理解していないよね」
といったセリフ、職場のあちこちで聞かれますよね。
しかし六太は、絶対にそれをやりません。
たとえ自分に直接関係のないことでも、周囲に呼びかけた以上は、それを達成すべく自らが奔走します。
もちろん、そこには必ず自分なりの行動原理となる「Want(~したい)」が存在しています。
だから頑張れるし、自分の行動に納得もしています。
こうして言語化してしまうと当たり前のことのように感じますが、実際に続けるのはとても難しいこと。
ちょっとした言葉遊びのようですが、「自(みずか)ら」は「自(おの)ず」を引き寄せます。
六太が「自ら」考え、行動しているからこそ、その姿を見て共感した人たちが「自ず」と協力やアドバイスを申し出てくれているのです。
誰かを動かそうと考えるのではなく、まず自分が動いてみる。
そうすれば自ずと、協力者が現れるはずです。
信頼関係は、待っているだけでは手に入らない
また、これは信頼関係においても同様です。
「チームのメンバーから、信頼してもらえていない気がする……」
「どうしてもっと、私を信じて(頼りにして)くれないんだろう?」
そんなふうに感じることがあるのなら、まず自分が相手に対して心から信頼しているかを振り返ってみてください。……どうですか?
心理学では「好意の返報性」と言われていますが、自分が好意を伝えると相手からも好意を持って接してもらえるという考え方があります。「先払いの法則」などと表現する人もいますね。
相手に自分を信じてほしいのなら、まずはあなたが相手を信じてみましょう。
六太と同期の宇宙飛行士・新田との信頼関係も、六太がまず新田を信じたことから大きく変化し始めていきました。
信じてほしいと思ったら、先に自分が信じる。信頼してほしいと思ったら、たとえそれが苦手な相手でも、まず自分が信頼する。本当は至ってシンプルなこと。 (宇宙兄弟(C)小山宙哉/講談社10巻#97)
共に参加したサバイバル訓練で、ほかのチームと順位を争っているにもかかわらず、落とした携帯電話を探しに戻ると言い出した新田を、六太は理由も聞かないまま信じたのです。
常にクールで感情を出さない新田は、六太にとって最初から打ち解け合えるような関係ではありませんでした。
でもそんな六太の態度に、新田は自分にはひきこもりの弟がいること、その日彼からかかってくるはずの電話を絶対に逃したくないことを打ち明けてくれました。
片や六太も、「優秀すぎる弟を持つ兄」というコンプレックスを新田に打ち明けます。
さらに別のエピソードでは、念願だったISSでのミッションにアサインされていたせりかが、ISS廃止の署名活動に六太も参加しているという噂を耳にし、本人に事実を聞こうかと悩むシーンが登場します。
このとき、せりかはもし六太が署名活動に参加していなかった場合、自分の行為によって「JAXAの仲間に疑われた――っていう、嫌な気持ちにさせちゃうよね」と考えました。
そして六太という人間を改めて思い返し、「疑うのはやめよう。私の方こそ信じないと」と決意します。
「六太は自分のことを信じてくれている」という確信があるからこそ、噂に惑わされずに六太を信じようと決めた、せりか。これもひとつの信頼関係です。 (宇宙兄弟(C)小山宙哉/講談社 21巻#203)
せりかは、これまで共に過ごしてきた年月の中で、六太が自分のISSに懸ける思いを信じ、「WHY」に共感してくれているという確信があったからこそ、自分も六太を信じるべきだと思えたのです。
信頼関係も、協力してくれる仲間の存在も、求めているだけ・待っているだけでは手に入りません。
まずは自分から。 それが「リード」へとつながります。
強いチームには、リーダーの「アシスト力」がある
魅力的なリーダーには、物事をリードするだけでなく、仲間をアシストする力も備わっており、この「アシスト力」には、ふたつの意味があります。
ひとつ目は、「他人の仕事を手伝う」こと。
その言葉どおり、メンバーの仕事をアシストするという意味ですが、大切なのは、自主的に行っているということ。
誰かの指示によるものや、強制的に他人の仕事を手伝わされている状態では、アシスト力にはなりません。
自己犠牲ではない、自主的かつ厚意によるアシストこそがメンバー同士の信用を生み、信頼へとつながります。
また、せっかくのアシストも「干渉」するのはNGです。仕事の主導権は相手にあることを忘れずに。
「私がアシストしたから、うまくいったんだ!」
そんな自己満足を抱きたくなる心理、わからなくもないですが、相手が自分の成功体験として味わえるよう、あくまで「介入」に留めておくようにしましょう。
ふたつ目の意味は、「自分の仕事をやり切る」ことです。
「自分の仕事なのにアシスト?」と、疑問に思う人もいるかもしれませんね。
しかし、自分に任された仕事をしっかりとやり切ることは、チームにとって立派なアシストになります。
「○○さんには、安心して仕事を任せられる」という信頼があるからこそ、ほかのメンバーも自分の仕事に集中し、各自が強みを発揮できるのです。
六太はこの「アシスト力」を本当にうまく発揮しています。
該当するエピソードは数多くありますが、僕がとくに六太らしいなと感じたのは、ISSでのミッションに参加していたせりかが、製薬会社の社員によって仕組まれた噂の流布により世間からの猛バッシングに遭い、苦しんでいたときの対応です。
インターネットやメディア上で誹謗中傷に晒され、そのせいでタンパク質結晶化の実験の中止にまで追い込まれていたせりかに対し、六太は動画でメッセージを送ります。
ここで六太が伝えようとしたのは、JAXAの宇宙飛行士選抜試験で共に過ごした濃密な時間や、同じ志を持つ仲間と出会えた喜びを思い出させるものでした。
せりかの身の潔白を世間に証明するようなアクションではなく、彼女自身の意識を変化させようとしたのです。
せりかはこの動画を観て、中止命令の出ていた実験を独断で再開させます。
この行為は、二度と宇宙に行けなくなる可能性さえもはらんでいましたが、彼女は毅然とした態度でJAXAの管制室にこう告げました。
「この先、誰に何と言われようと、誰も何も言ってくれなくても、私はやります」
実験を続けると決めたのは、あくまでせりか本人の意思。決して「六太に言われたからやる」のではないという点に、とても大きな意味があります。 (宇宙兄弟(C)小山宙哉/講談社 27巻#257)
その後も世間からのバッシングは続きましたが、タンパク質結晶化の実験に成功したことを機に、徐々に鎮静化していきました。
まずは「観察する」ことから始めてみる
六太の素晴らしい点は、せりかが動画を観ることで仕事に向き合えるようアシストしながら、ちゃっかり自分の仕事もこなしていること。
アップされた動画は、『週刊六太』というJAXAが公開しているオフィシャル動画なので、自分の仕事をやり切ったうえで、せりかのことを励ましているわけです。
このように、六太があらゆる場面でアシスト力をスマートに発揮できるのには、日頃から相手をよく観察しているという習慣が大きく役立っています。
六太は、宇宙飛行士と管制室を結ぶキャプコム(宇宙船通信担当官)の任務についた際、宇宙飛行士のビンスとのコミュニケーションに悩んでいたことがありました。
どうすればうまくやっていけるのかと模索していた矢先、ビンスの妻・ベリンダの姿にヒントを得ます。
彼女は、ビンスが何かを言おうとする前にその意図を理解し、要求に応えていました。
ベリンダいわく、「あの人のこと、じーっと観察して観察して、そして観察した」結果、何を欲しているのかがわかるようになったというのです。
もともと観察力が大変優れている六太ですから、さっそくビンスの動きを注意深く観察することで、彼のやろうとしていること、やりたいことを先読みできるようになっていきました。
彼のちょっとしたそぶりで手順書を探していることを見抜いた六太は、それとなく場所を伝えるなどのアシストぶりを発揮し、ビンスからの信頼を得ることができたのです。
観察するということは、その人に対して深く興味を持つということ。
どのようにアシスト力を発揮すればいいのかわからない場合は、まずこの「観察する」ことから始めてみるのもいいかもしれませんね。
六太やベリンダのように、相手の欲することが自然とわかるようになると思います。
前述したように、「アシスト」は自己犠牲や自己満足を目的にしては成り立ちません。
自分を犠牲にしてしまうと、「私はここまでやってあげたのに」と、それに対する見返りを期待してしまいます。
相手の仕事がうまくいくように手伝う。
でもそれ以上は干渉しない。なぜなら、自分の力でちゃんと乗り越えられることを知っているから――。
これこそまさに、相手を信頼している証でもあるのです。
【アシストに自己犠牲や干渉は禁物。相手を信頼しているからこそ、最後まで見守る姿勢を貫こう。】