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進むべき道を選び出す「直感力」の磨き方

羽生善治(将棋棋士)

2013年01月25日 公開 2022年06月22日 更新

ミスはなくせないが減らすことはできる

いい経験知を身につけるためには、漫然と経験を重ねるのではなく、経験から学ぶことを心がけねばならないだろう。職業人としての厳しい道を10代から歩んできた羽生氏は、どのようにして経験を活かすことに努めてきたのだろうか。

「将棋は、突き詰めると自己否定につながるところがあります。どの手を選ぶかはすべて自分の責任ですから、ミスをしたり失敗したりするのもすべて自分のせい。そう考えていくと、『結局、自分はダメなんだ』ということになりかねません。

自己否定に陥らないためにどうするかというと、ある種のいいかげんさ、過当さが非常に大事なのかなと思います。

プロですから勝負して勝つことは大前提であるにしても、完壁や完全はあり得ないし、ある程度はダメでも仕方がない。ときには負けでも仕方がないと、どこかで考えているほうがストレスも小さいでしょう。

反省の仕方一つにしても同様です。ミスをしたり負けたりしたときに、あとから振り返ると、たいてい似たようなところでミスをしているものです。反省はするけれども、それでも、また同じミスをすることはよくあります。

そこで『二度と同じミスはしない!』と決意しても、人はすぐ忘れるじゃないですか(笑)。そして、また同じミスをしますよね。結局、癖だから仕方がないのでしょう。

ただ、そういう自分の癖を知っておけば、同じミスはするものの、回数は減らせます。完全になくせればいちばんいいのでしょうけれども、なかなかそうもいかないなら、頻度を低くすればいい。

同じミスを繰り返すとしても、それが月に1回なのか、年に1回なのかでは、まったく影響が違います。1年に1回のミスを3年に1回にできれば大きな成長といっていい。そのくらいの考え方がちょうどいいのではないかと思います」

徹底して結果が問われる勝負の世界に身を置きながら、完璧主義に陥るのではなく、人間のダメな部分も踏まえたうえで適度に力を抜く。絶妙なバランス感覚だ。

「そもそも将棋では、対局後に『今日は完璧だった』『ノーミスだった』ということはほとんどありません。たいてい反省点があります。

それを前提にしているので、何事も、あまりにきっちりしたやり方を追求してもうまく回らない、という感覚があるのでしょう。

ミスをするのが前提、といったらおかしいかもしれませんが、そういうことも当然あると考えていますし、ミスをしたときに修正ができること、できるだけ動揺せず、ミスの前とあとで同じスタンスで対処できることをいつも考えています。

ただ、どんなに場数を踏んでも、動揺するときは動揺しますよ。対局中に動揺してしまったときは、その場面でどうしたらいいかを考えることに集中します。

いちばん困るのは、何をやったらいいのかわからなくなってしまうことです。逆に、気持ちがどんなに揺れていても、次の一手を選べればいいのです。何かしら具体的な次の行動が見つかれば、それが安心にもつながります」

 

予測はできなくても方向性は決められる

ロジカルな思考を積み重ねるにせよ、一瞬の直感を働かせるにせよ、先を読むことが棋士の仕事。「先がみえない時代」といわれ、だからこそ未来予測がビジネスマンの死命を制すると考えられているこの時代に、いわば予測のプロフェッショナルである羽生氏は、どんな時代の読みや戦略をもっているのだろうか。

「この先どうなるか、どう行動するかということは、そんなに深くは考えていません。ただ、そのときそのときの情勢に合わせていこうとは思っています。

将棋のスタイルにしても、将棋界の情勢に合わせて変えていこうと思っています。とくに、いまからこうしようという考えはありません。

棋士の生活はマラソンに似ています。一般に、競技生活が長いですから。私はプロになって26年目ですが、『まだあと30年あります』といわれたら、気持ちが萎えてしまいます(笑)。あまり先のことまで考えると、道のりが途方もなさすぎて辞めたくなる。

むしろ『とりあえず1km走ろう』という気持ちでやっていくほうが、自然に続けられるのではないでしょうか」

誰もが先を読むことに必死な時代に、あえて先のことを考えすぎない。意外な答えのようだが、その背景には棋士だからこその発想がある。

「先のことを考えるのは、楽しいといえば楽しいものです。でも、だいたいは、考えてもそのとおりにならない。いろんな人がいろんなことを予想していますが、まずそのとおりにはなりませんよね。あまり予想なんかしても仕方がないとさえ思います。

たしかに、対局では一生懸命に先を読んでいます。しかし、それでも読みが当たらない、あるいは、わからないというケースも非常に多いのです。10手先をきっちり予想するのも極めて難しい。自分と相手の2人が5回ずつ指すだけなのに、です。

これが世間一般の事象となると、まず自分では決められないことや介入できないことが多いですし、自分が決めたあとにいろいろな人が手を出してきて状況が変わっていきます。そうなると、2手先、3手先でも、どんな局面になっているのかわかりません。それを考えても仕方がないのではないでしょうか。

これから日本がどうなっていくかはわかりませんし、わからないことは考えない。それは、思考をストップさせるという意味ではありません。わからなくても、とりあえず目の前で何かを選んでいかなくてはいけないし、進まなくてはいけないからです。

そのときに大事なのは、方向性だけは間違えないようにしておくこと。

混沌としていて何をやったらいいかわからないという場面に出合ったとき、確信ももてないし自信ももてないのは当然です。それでも、とりあえず『なんとなくこっちじゃないかな』という方向に進んで、そこでずれていると思ったら軌道修正をして、まだずれていると思ったらさらに軌道修正する。その方向性だけ誤らなければ、先がみえなくても、比校的迷わず、遠回りせずに進めるのではないでしょうか」

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