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フリーズドライだけじゃない 宇宙食が迎える“次の進化”とは

佐々木亮(博士[理学])

2025年12月03日 公開

宇宙食に対して「フリーズドライのポソポソしたもの」というイメージを持っているかもしれません。しかし、元NASA研究員の佐々木亮さんによれば、現在の宇宙食は地上で食べる食事に非常に近い状態まで進化しており、その技術革新は目覚ましいものがあるといいます。

著書『宇宙ビジネス超入門』では、宇宙に関連する仕事の広がりを多角的に掘り下げています。本稿では、その中から新しい宇宙食について紹介した一節をお届けします。

※本稿は、佐々木亮著『宇宙ビジネス超入門』より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

新しい宇宙食は誰が作っている?

国際的にも注目を集めている分野の一つに、JAXAの「宇宙日本食」開発があります。これは、単に日本の食品を宇宙で食べられるようにするだけでなく、日本の食文化そのものを宇宙に持ち込む試みでもあります。

醤油の風味、味噌の深み、だしの旨みといった繊細な日本の味覚を、無重力環境でも再現することは、技術的にも文化的にも大きな挑戦です。

宇宙食開発のプロセスは明確に整備されており、実際に民間企業も基準をクリアすれば参入可能な仕組みになっています。その仕組みをまとめました。

ユニークなのは、宇宙に持っていくかどうかは、宇宙飛行士自身が決めるということです。宇宙飛行士の個人的な嗜好や文化的背景を尊重する画期的な仕組みですね。

例えば半年間のISS滞在では、その期間の食事メニューの大枠を事前に選びます。朝食、昼食、夕食、そして間食に至るまで、滞在期間中の膨大な食事を地上にいる間におおむね決定するのです。

半年後まで食べるもののレパートリーがある程度決まっている生活というのも、考えてみると現代社会では極めて稀な体験です。これは単なる食事の選択を超えて、自分自身の嗜好や体調管理について深く考える機会でもあります。

(認定されている宇宙日本食はJAXAのホームページをご覧ください:https://humans-in-space.jaxa.jp/life/food-in-space/japanese-food/#authentication

 

映画『オデッセイ』のジャガイモ栽培は目前

宇宙食の進化は、加熱技術から栽培まで広がっています。ISSの"Veggie"装置(野菜栽培装置)では赤ロメインレタスやミズナが栽培され、船内で収穫したばかりのサラダを頬張ったクルーからは「緑が目に優しく、心が晴れた」という声が上がったといいます。レタスの栽培については、日本の企業の竹中工務店、キリン、JAXAの実証実験でも成功しています。

この栽培技術の向上は、実は未来の宇宙開発を見越して行われています。今の宇宙開発の流れでは、人類は月や火星に到達し、そこに拠点を構えることになります。

月は地球から早ければ数日で物資が届くため、定期便で果物や生鮮品を運び、小型温室で葉物やハーブを補う"ハイブリッドキッチン"が現実的です。とはいえ、まだまだ輸送コストと運搬にかかる時間の問題は、簡単には解消されそうにありません。生鮮食品の扱いはこれからの発展に期待ですね。

一方、往復に数年以上かかる火星は輸送にかかる時間もコストも跳ね上がるため、長期保存食や培養肉と、現地で育てる大型温室の野菜・藻類タンパク質を組み合わせるなど、ある程度は現地でどうにかしなければならない見込みです。

 

目標は、地球と変わらない食生活

宇宙技術の急速な進歩により、「宇宙でできたらいいな」という人類の素朴な願望がどんどん実現されています。

電子レンジや火を使った調理器具が宇宙で安全に使えるようになる可能性も十分に考えられます。現在でも実験的な調理機器の開発が進んでおり、地上とまったく同じとはいかなくても、類似した性能を持つ調理機器が、民間企業が作り出す宇宙ステーションに登場することは大いにあり得るでしょう。現に、今では宇宙飛行士たちは、温かい食事をとることができています。

2019年にISSに搬入された小型電気オーブン"ゼロGオーブン"は、空気の対流が起こらない無重力でも熱を封じ込め、2時間かけてチョコチップクッキーを焼くこともできました。

宇宙での食事はより多様性に富み、宇宙飛行士の生活の質は飛躍的に向上することになるでしょう。

宇宙食の最終的なゴールは、地球上と何も変わらないストレスのない食事の実現です。温かい料理を温かいまま、冷たいデザートを冷たいまま、そして新鮮な野菜や果物をそのままの食感で楽しめる日が来ることを、多くの研究者が目指しています。

このゴールに向かって技術が進歩すれば、地球上で提供されている食事産業のすべて―レストラン、カフェ、ファストフード―だけでなく、家庭料理に至るまで、宇宙につながっていく無限の可能性を秘めているのです。

はじめは、いつも手軽に食べられるお店の味や家庭の味が宇宙食となって宇宙に行くだけかもしれません。でも、そのうち宇宙船内で調理ができるようになれば、コックも同行することになるでしょう。たくさんの人が宇宙へ行けるようになれば、キッチンではなく調理場が用意され、ウェイターさんも必要になるかもしれません。

このような食の革新は、やがて宇宙での生活全体の質を劇的に向上させ、長期滞在や移住といったより大きな宇宙開発の目標達成にも重要な役割を果たすことになるでしょう。

食事が単なる栄養補給から、文化的体験、社会的交流、そして心の支えへと発展することで、宇宙は人類にとってより身近で親しみやすい場所となっていくのです。これこそが、宇宙時代における「食」の真の価値なのかもしれません。

 

著者紹介

佐々木亮(ささき・りょう)

博士[理学]

1994年生まれ、神奈川県川崎市出身。博士(理学)。専門は、宇宙物理学・X線天文学。独立行政法人理化学研究所、アメリカ航空宇宙局(NASA)の研究員を経て、現在、サイエンスライター、株式会社ディー・エヌ・エー AI事業の事業責任者、中央大学非常勤講師など。Podcast「佐々木亮の宇宙ばなし」を2020年から毎日配信している。旬の宇宙トピックスを親しみやすく解説する内容で注目を集め、Apple Podcast日本ランキング3位を達成。第3回JAPAN PODCAST AWARDSで、Spotifyネクストクリエイター賞受賞、UJA科学広報賞2025大賞受賞。著書に『やっぱり宇宙はすごい』(SBクリエイティブ)やAI関連の書籍などがある。

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