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受験は教養からハック化へ 三宅香帆×谷頭和希が「正解探しの社会」を語る

三宅香帆(文芸評論家)、谷頭和希(都市ジャーナリスト、チェーンストア研究家)

2026年02月09日 公開

昨年上梓した『考察する若者たち』が話題を呼んでいる文芸評論家の三宅香帆さん。三宅さんは昨年、共著で『実はおもしろい古典のはなし』も出版されており、共著のお相手は、都市ジャーナリストの谷頭(たにがしら)和希さんです。

『考察する若者たち』をテーマに開催されたトークイベントの後半では、中学・高校教師でもあり、国語教育史を研究されている谷頭さんとともに、日本における作文教育の歴史を深掘り。「読書感想文」の意義とは? なぜ大人になっても「正解とされるフォーマット」を求めてしまうのか?
Podcast等で共演する機会が多く、息の合ったお二人の対談の様子をお伝えします。
取材・構成:PHPオンライン編集部(次重浩子)

 

ビジネス書が売れるのは、日本の作文教育のせい?

【三宅】昨年上梓した『考察する若者たち』では、今若者たちの間で「考察」というのが流行っていて、小説やドラマなどを見て、そこに作者が仕掛けた謎を解こうとする、つまり、正解を見つけ出すことで、「報われるゴール」を求めている、そんな時代なのではないか、ということを書かせていただきました。

ただ、大人がSNSで感想を語る時にも、なんか正解を求めちゃうみたいなんですよね。フォーマット的なものがあったほうが書きやすいと。私としては、「いやいや、あなたの感想を読みたいので、そんな正解とか言わないでくださいよ」って思うんですけど、学校教育の作文の授業や作文コンクールを見ていると、ある意味、書き方に正解があるように見えます。作文教育が道徳教育に結び付いていそうな気が...。

【谷頭】読書感想文って1950年代に始まっていて、悪書追放運動の流れからきているんですよ。悪書、つまりエログロナンセンスみたいな本を教育界から締め出して、良書と呼ばれる本を生徒に読ませていこうと。で、良い本に触れて、あなたはどう感じたのかを書いてくださいねっていう。

【三宅】そうだったんですね。読書感想文コンクールの優秀作品を見ると、「この本を読んで、私はこう感じて、こういう人間に変わりました」と、自分の内面の変化を書くと褒められるっていうフォーマットがあるようなんです。それはやっぱり、いい本を読んで道徳的にいい人間になろう、という運動からスタートしているからなんですね。

【谷頭】だから読書感想文の書き方がよくわからないっていうのは、もっともな話なんですよ。本当は国語と道徳は分担して指導するべきなんだけど、形だけ残っちゃってる。

日本の作文問題って結構根深くて、明治期頃の作文って、素晴らしい漢文を書き写すことだったんです。
でも、そんなことやったって子どもが情緒的に成長しないじゃないか。彼らの生活のリアルを綴らせないといけないんだっていう一派が、すごい力を持った時期があったの。

【三宅】なんかわかる!私、今でも覚えてるんだけど、小1の時に、詩を書く授業で、標準語っぽいバージョンと、方言っぽいバージョンで出したら、方言の方が褒められるっていうのに気づいたんです。方言とか、ほんとみんな好きなの。なんかリアルっぽい言葉を子どもが使うと、大人が喜ぶんですよね。

【谷頭】で、そうやって学校教育が内面を書かせる作文ばっかりやらせてるから、成長して社会に出たら「あれ、ダメなんだ。通用しないんだ」ってなる。それで、ビジネス系の人たちが大人向けに文章の書き方の本とかを出して、めっちゃ売れちゃうわけですよ。

【三宅】私のこと!?

【谷頭】違う、違う!全然意図してなかった。ごめんごめん(笑)
本来それって、中学や高校、せめて大学ぐらいでやっとくべきなんだけど、日本ってそこがうまく回ってないところがある。
例えばアメリカだったら、「パラグラフライティング」っていって、最初に主張して、その根拠を次に持ってきて、もう1回主張を繰り返すっていう、文章作成のパターンが確立されているんですよね。

日本の場合は、戦争の混乱やいわゆるイデオロギー的な対立があって、国語の歴史を見通しづらい。今でも、なんで読書感想文を書くのかよくわからないのに続けてるでしょ。そういうのってやばいですからね。本当に。

 

「予備校の講師」が求められる時代

【三宅】「作文」というもの自体がちょっと謎っていう感覚はありますよね。
だから考察の話に戻すと、今まで学校で教育を受けてきたのに、社会に出たら正解がない!ってなって、せめてエンタメでは正解が欲しい、となるのは、感情としてあると思うな。

今までの話聞いていると、日本では先生も生徒も正解があった方が楽なのでは?っていう気持ちになっちゃうんですけど、教育の世界で「正解がないほうがいいんじゃない?」みたいになった時期はあるんですか。

【谷頭】ありますよ。だから今も高校では「総合的な探究の時間」をやってるでしょ。生徒が自分で興味を持ったことを調べて発表しましょう、みたいな授業。ただ、いかんせんノウハウがないのよ。正解がないことを授業でやるって、卓越したスキルが必要で。それで、そこに時間を割いた結果、今何が問題になってるかっていうと、計算とか漢字とか、基礎的な学力が落ちているんじゃないかっていう。

【三宅】そうか。読み書きそろばん...。答えのない問いに向き合うのって、時間かかるんですよね。

ただ最近、総合型選抜で学生を受け入れる大学が増えてるじゃないですか。勉強以外でどんなことをがんばったか、論文や面接でアピールするっていう。あれって、正解じゃないものに向き合ったことを評価することになるんですけど、それはそれで、プレゼンがうまい人とか、いい感じの文章を書ける人を合格させているだけで、結局、ここにも「正解」があるんじゃ?って思っちゃうんですよね。

【谷頭】確かに大学も、企業の人事も、評価をどうするかって難しい問題だと思うんですけど、それに立ち向かう若者はどうしたら...?ってなって、「せめて正解をください」ってなるのはわかる気がしますね。

僕はだから、教育の現場が複雑な状況にありますよ、というのを教員が社会に向けて発信したほうがいいと思っているんですけどね。結局メディアに出てくるのは予備校の講師が多いでしょ。予備校の講師って、正解を見つけるプロフェッショナルじゃん。みんな正解を言い切ってくれる人が好きなんだよね。

【三宅】確かに!話法としてパシッと言うのがうまいですよね。
実は今、私の中で予備校の講師が"熱い"んですよ。私は予備校に通ったことがないから余計に。

昔の予備校の講師って、ちょっと学生運動やってたり、大学教員になりたかったけどなれなかったとか、反体制側の自意識がある人が多かったと思うんです。でも今は、ある意味職業として確立されたのもあるし、反体制側というよりは、体制寄りの人文への入り口みたいな人が意外と増えてきたっていうか。メディアに出る予備校の先生史みたいなのを作ると、正解を答える人たちの変遷を概観できそうな気がする。

【谷頭】確かにね。小西甚一さんの『古文の読解』とか見ると、昔の参考テキストってすごい教養主義ですよね。

【三宅】そうなんですよ。多分、ある世代まで、大学受験する人は絶対に読んでる、みたいな参考書代わりの本があるんですよね。

【谷頭】そうそう。当時の参考書は大学入試のためでなくて、教養をつけた先に大学入学があるという考え方だったと思う。参考書も変わってきてるんだろうな。

【三宅】ですね。ある時期、受験勉強のハック本がベストセラーになりましたよね。それこそ共通一次試験を実施していた頃と時期が重なってて、教養主義としての参考書から、ハック的な参考書への時代の変遷がある。

「考察」が流行っているという話は、大学受験で求められてきた生徒像とか、予備校の先生の在り方とか、それらの果てにある気がする。予備校の参考書史と、国語教育史と、ビジネス書の言語化ブームと、それらを一繋ぎで串刺しにして、現代を切り取れそうな気がしてきた...!

【谷頭】じゃあ、ぜひ続編を!

【三宅】そうですね。続編をね(笑)

著者紹介

三宅香帆(みやけ・かほ)

文芸評論家

1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了(専門は萬葉集)。著書に『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書、新書大賞2025大賞)、『「好き」を言語化する技術』(ディスカヴァー携書)、『「話が面白い人」は何をどう読んでいるのか』(新潮新書)、『考察する若者たち』(PHP新書)など。

谷頭和希(たにがしら・かずき)

都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家

1997年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業、早稲田大学教育学術院国語教育専攻修士課程修了。著作に『ニセコ化するニッポン』(KADOKAWA)、『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』 (集英社新書)など。テレビ・動画出演は『ABEMA Prime』『めざまし8』など多数。

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