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歌人は「バニラ高収入」をどう詠む? 上坂あゆ美×鈴木ジェロニモがオールで語った短歌

PHPオンライン編集部

2026年02月03日 公開 2026年02月03日 更新

2026年1月31日の閉店後から2月1日の早朝にかけて、紀伊國屋書店新宿本店で開催された初のオールナイトフェス「KINOFES 2026」。オンライン化が進む今だからこそ、「リアル書店にしかない価値」を再定義しようと企画されたこの祭典です。フェスのイベントの中でも熱い視線を集めたのが「本当はオールで語りたい短歌の話」です。

歌人の上坂あゆ美さんと、芸人・歌人として活躍する鈴木ジェロニモさん。言葉を扱うプロフェッショナルな二人が、真夜中の書店で愛する短歌について語り合った様子の一部をレポートします。

 

熱い気持ちで選んだ「オールで語りたい短歌」

【上坂】短歌の本を読んだことあるよっていう方はいますか?

(会場から多くの手が挙がる)

【上坂】ほとんどじゃないですか!すごいですね。日本でこんな地域があるんですね。じゃあご自分で短歌を作ったことあるよという方は? ......これも、結構いらっしゃる!

【鈴木】すごいな。

【上坂】いいですね。希望が持てますね!

【鈴木】まず皆さん紙見ていただくとわかると思うんですけど、45分くらいの尺なんで、二、三首選ぼうという感じだったんですけど、すいません、僕は選ぶということができなくて。多く出して、この中からいい感じで選んでくださいと提出したら、全部載っちゃったっていう感じで。 上坂さんが全然選ばなかったとかじゃないです。僕が選べなかったという......。

【上坂】私だってもう身を切る思いでさ、三首に絞ってさ!(笑)。元々、一、二首で多分尺いっぱいだよねっていう打ち合わせをしたんですよ。それを経て十首来てるから話違うな!って思って。むしろ私三首で一首ちょっと多くなっちゃって申し訳ないなと思いながら出したら、まさかの十首で(笑)。

【鈴木】はい、本当にそうです。楽屋入って上坂さんの一言目、「ジェロさん多いね」と言われて...お互い熱い気持ちを持って選ばせていただきました。

 

鈴木ジェロニモがどうしても語りたい短歌

【鈴木】鈴木ジェロニモがどうしても語りたい短歌の一首目。

「缶詰の桃に小さな窪みあり人がまなざし休めるための」服部真里子

服部真里子さんの『遠くの敵や硝子を』という歌集に入っている歌です。「缶詰の桃に小さな窪みあり」というところで一回意味が切れる。前半が切れて、後半が「人がまなざし休めるための」と続いていく。まず缶詰の桃に小さな窪みがあるっていう焦点を一回絞らせて、そこからこの作者が思う、小さな窪みに対してどういう見つめ方をしたのかが後半に提示される構成だなと思いました。

僕が好きなのが、まず「缶詰の桃に小さな窪みあり」っていうのが……缶詰に窪みがあるって、若干ネガティブなイメージというか。自販機で缶買った時も窪みがあると、「え、くぼんでる?」みたいな。完璧な製品ではないみたいなところへのネガティブな感情がもしかしたら働くのかな。缶詰の桃も小さな窪みがあると、劣化した商品なのかなという、ネガティブなイメージを持つんですけど。それに対して「人がまなざし休めるための」という言葉が持ってこられるんですね。

これの何がいいかって、その窪みに対して、簡単な言い方としては「そのくぼんでるからええやん」みたいな、「窪みがあるっていうことが手作り感があってええやん、逆によくないですか?」ってだけ言うのは簡単だと思うんですよね。じゃなくて、それを「人がまなざし休めるための」っていう、本当にその窪みに一瞬目がいった。その窪みに対して、それを良しと思うのか悪と思うのかは人の判断によるけど、そこに目がいったというその事実だけを拾い上げて読むっていうことがこの歌においてなされていると思うんですよね。

プラスの判断もマイナスの判断もせずに、ただその状況だけを歌っている。それが優しい気持ちになるなと思ったんですよね。

【上坂】なるほど。良いとも悪いとも言っていないってことですよね。完璧じゃなさというものに対して。そう読むと「まなざし」って言葉が、あくまで日本語の意味としての視線とか見つめ方ってことだけじゃなくて、精神性にも関わってくるような風に読めるなと思って。完璧で一つの欠点もない商品って、言い方が難しいけど、資本主義的な感じがするというか、量産されたものというか。あまり温度のしない感じがするんですけど。そこに小さな窪みがあるときに、人はもしかして、心を休めることができるのかな。まなざし以上のものを言っているように読めました。

【鈴木】うん、確かに。目とか視線っていうことでも同じことを言えるんですけど、「まなざし」っていう四音を使って、しかも「まな」の二音ってかなり音の滞空時間が長いと思うんですよ。「視線」と「まなざし」では使う口の筋肉の量が全然違う気がしていて。ただ「目」っていうだけなのに、「まなざし」という四音を使って長く滞空時間を持たせていることによって、さっき上坂さんがおっしゃっていた、まなざし以外のことも含んでいるんじゃないかという感覚が生まれているのかなと今聞いてて思いました。

【上坂】なるほど、そうだね。ひらがなだしね。開いて書いてるのもすごく休んでる感じを出してるというか。いいですね。

 

上坂あゆ美がどうしても語りたい短歌

【上坂】じゃあ私の方をいきますね。

「とおくまでいこうねバニラ高収入バニラバーニラこのはるやすみ」篠原仮眠

篠原仮眠さんの短歌です。これ、皆さんどういうふうに読むかなって考えてほしいんですけど。私の読みでいうと、新宿とかの繁華街の交差点に女子高生が二人います。春休みを迎える時、繁華街で喋っている。「とおくまでいこうね」ってどちらか一方が言った時に、おなじみのバニラの宣伝カーが走り抜ける。通り過ぎた後に「このはるやすみ」っていう続きの音が聞き取れた、というような一瞬の情景かなと読みました。

これ歌に書いてないことをめちゃくちゃ言ったんですけど、女子高生とか繁華街とか、それを伝える力がものすごい短歌で。なんで今のがわかるかっていうと、「とおくまでいこうね」「このはるやすみ」だけがひらがなで、音はカタカナと漢字なんですよね。この表記の違いで、セリフと音環境を分けるっていうのがすご!って思って。しかも短歌ってものが一行で読み下し、その一行を何回も味わうっていう文芸だからこそわかるんですよね。

深読みしていくと、「とおくまでいこうねこのはるやすみ」だけだと、青春のきらめきを感じる読み方もできる。でも、バニラカーって遠く行けないんだよなぁ、とか。本当はバニラカーは遠く行けないじゃないですか。そういう、もしかしてこの二人遠くには行けないんじゃないかなとか、なんとなく最後の春休み感があるというか。別れの予兆もちょっとする感じがして。私ね、この一首でね、3時間は語れるなって思うんですけど。

【鈴木】3時間いきましょう。この「バニラ高収入バニラバー」になるところで、その車が通り過ぎたという読み、確かになるほどなと思いました。「とおくまでいこうね」から「バニラ高収入」までは宣伝カーのイメージが浮かぶんですけど、「バニラバーニラ」って付け足すことによって、車が通り過ぎていった時のこちら側の会話が抗いようもなく、あの車の音に侵食される。あの感じが、「バニラバーニラ」まで書き切ることによって、耳がそっちに奪われちゃってるような。実際にトラックが通り過ぎて行った時の心情に近い気がしていて。

【上坂】ああ、そうだね。めっちゃいい読みですね。「バニラ高収入バニラバーニラ」の、こっちの事情を鑑みずにガンって生活に介入してくる感じが、多分この二人を女子高生だと感じさせてるのかな。無力な感じがするんですよね。この歌の主体が、強い者に絡め取られてしまいそうな気配があって。それはこの不条理感から来てるのかもしれないです。

【鈴木】あと短歌というものが三十一音で限られてるから、それを書いてるということは書いてないということになる。書くことによって書いてないことを書いたことにする働きがあると思うんですけど。そう思って読むと、「とおくまでいこうね」って言ってるってことは、遠くまで行けないということであり。

【上坂】それ、短歌あるあるです。

【鈴木】そうですよね。「はるやすみ」って言ってるってことは、春休みではないということになる。「バニラ高収入」も、甘くて美味しいものでもないし、高収入で幸せになるかもわからないということを音を出しながら、実は走ってるんじゃないかみたいな気持ちになってきて......。

【上坂】バニラはそんなつもりはないと思うんですけど(笑)。

【鈴木】バニラ関係者の人、すいません。

【上坂】でも短歌にそういうものを入れることによって、批評的な目線が入りますもんね。

すごく聴覚優位な感じがします、この歌。普通「とおくまでいこうね」って約束を新宿でした歌を作りたい時に、バニラの音なんて書かないけど、今ここで流れる音のすべてに感覚が研ぎ澄まされているような感じがして。すごいなと久々に本当に思った歌です。

篠原仮眠さんは、3月末に第一歌集が出るとのことなので、私はめちゃくちゃ楽しみにしております。

深夜の紀伊國屋書店で語り尽くされた、短歌への深い愛。それは、リアルなフェスでしか成し得ない「ライブ感溢れる場」を象徴する光景でした。

 

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