歌人・穂村弘「革ジャンを貸した。傷だらけで僕に返してきた。その友だちに憧れる」
2018年06月26日 公開 2024年12月16日 更新
<<17年ぶりの歌集『水中翼船炎上中』が刊行された歌人の穂村弘さん。「これは私のことでは」と読者に思わせつつ、現実と虚構のあいだを揺るがせるエッセイも人気です。今回は「こわい」を入り口に、お話をうかがいました。>>
僕の人生を四文字で表すと「びくびく」
──穂村さんは「怖い短歌はいい短歌」とよくおっしゃっていたり、エッセイではご自身が何かと怯えたり恐れたりされていますが、こわがりなんですか?
(穂村)僕は「わくわく」に憧れているんですけど、なんとなくいつもびくびくしているので、なぜみんながそんなにわくわくしているのかわからないんですね。
僕の人生を四文字で表すと「びくびく」だと思う。でも、怖いものを、怖いから避けるんですけど、一方で惹かれもする。
「怖いもの見たさ」という言葉もありますけど、どうして怖いものに惹かれるのかなというのは考えてみたくて、それをテーマに書いたのが『鳥肌が』という本でした。鳥肌って、怖いときにも立つけど、感動したときにも立ちますよね。
──誰もが共通して「こわい」と感じるようなことももちろんありますが、その感覚は人によってずいぶん違ったりもしますね。
(穂村)怖がらない人に対して驚きと憧れを感じるんです。以前すごいなーって思ったのはジョニー・デップで、僕は彼の映画も見たことがなくて写真でしか知らないんだけど、とても有名な人なんですよね?
彼が夫婦喧嘩で暴れたとかで、指の先っちょを失ったというニュースを見ました。指の先を持ってお医者さんに行ったけど、切断されて24時間以上経っていたからもうくっつけられなかったというのを聞いて、急にジョニー・デップを尊敬したの。
夫婦喧嘩でギャーッとなって指を切っちゃうのは単に愚かだと思うんだけど、もし自分だったら一瞬で「やべっ」と我に返って、今まで喧嘩してた相手に「医者医者医者!」「救急車! 救急車!」って言うと思うんですよ。
その瞬間、どんなに頭に血が上っていても、急に醒めて、「俺の指!」って。だけどジョニー・デップは指のことなんか忘れてて──ここがポイントで、指のことなんか忘れて24時間そのままにしちゃってたっていうことに、とても憧れを覚えました。
ジョニー・デップのことよく知らないんだけど、僕の中のジョニー・デップは、指が切れても、そんなのどうだっていいんだ。
──彼は恐れない。
(穂村)そう、恐れずに、素に返らずに、24時間放置して指が短くなった人っていう。
まあ、この件に関しては、そっちのほうが少数派ですよね。僕は暴力とかふるわないから、一般的にはそのほうがいいんですけど、そうじゃない魂のレベルで感じるものがあった。