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第78回日本推理作家協会賞の受賞作は? ミステリーの新たな可能性を示した二作品

PHPオンライン編集部

2025年11月05日 公開 2025年11月13日 更新


左から、白石朗さん、久永実木彦さん、野宮有さん、貫井徳郎さん、古泉迦十さん、杉江松恋さん

第78回日本推理作家協会賞の授賞式が11月4日、東京・東池袋の劇場「あうるすぽっと」で開催されました。
短編部門に久永実木彦さん『黒い安息の日々』、評論・研究部門に杉江松恋さん『日本の犯罪小説』が選ばれました。本稿ではお二人のスピーチ、そして選考委員・月村了衛さんの講評をご紹介します。

 

・日本推理作家協会賞 長編および連作短編集部門受賞『崑崙奴』の古泉迦十さんのスピーチはこちら

・日本推理作家協会賞 翻訳部門受賞 スティーヴン・キング著『ビリー・サマーズ』翻訳者の白石朗さんのスピーチはこちら

・『殺し屋の営業術』で江戸川乱歩賞を受賞された、野宮有さんのスピーチはこちら

 

短編に刻まれたSFファンタジーミステリーの新たな1ページ

短編部門の選考経過を報告した月村了衛さんは、「選評にも書きましたとおり、我が国におけるSF・ファンタジーは、ミステリーのサブジャンルとして発展してきた側面があります。ミステリー自体も戦前には、いわゆる変格派が隆盛を極めて発展してきたという歴史的事実がございます」と述べました。

その文脈を踏まえた上で、久永実木彦さんの『黒い安息の日々』を次のように評価しました。「久永さんの書かれるような作品も、当然ミステリーとしての評価範疇に入ってまいります。今回の選考においても、最初の投票で最高得点を獲得いたしました。選考委員の中には、"SFファンタジーミステリー"の新たな1ページを刻むものだと評する方もおられ、異議なく受賞となりました」

 

久永実木彦さん「多様なホラーの在り方を支えてくれた」井上雅彦さんへの感謝

受賞の挨拶に立った久永実木彦さんは、「この歴史あるミステリーの賞を自分がいただけるとは夢にも思っておらず、大変びっくりするとともに、とても嬉しく思っています」と切り出しました。

続けて、本作について、「『黒い安息の日々』は、井上雅彦先生が長年監修されているホラー・アンソロジー『異形コレクション』第58巻のために書いた作品です。今回の受賞は、井上先生が異形コレクションの長い歴史において、多様なホラーの在り方を支えてくださったおかげです。井上先生、そしてシリーズを支えてくださった読者の皆さんに感謝いたします」

また、作品の核となった音楽的モチーフにも言及しました。「この小説には、先日逝去されたオジー・オズボーン、そして彼のバンド"ブラック・サバス"のアルバム『黒い安息日』が重要な要素として登場します。オジーなくしては、今回の作品、今回の受賞はありませんでした。 感謝とともにご冥福をお祈りいたします」

さらに、「私事ではありますが、オジー・オズボーンが亡くなられたのと同日に、愛猫のおやつくんが虹の橋へ旅立ちました。私が小説を書くとき、いつもそばにおやつくんがいました。読者の皆さんにもたくさん愛していただきました。 おやつくん無くしては、私の小説そのものがなかったと思います」と私的な別れについても静かに口にしました。

 

月村了衛さんが明かした「霜月蒼さんとの友情」

評論・研究部門の選考報告で、月村了衛さんは一つの思い出話を披露しました。「少し個人的な話になりますが」と前置きし、約7年前の授賞式のロビーで交わした会話を振り返ります。

「その晩、杉江松恋さんは『今回の日本推理作家賞は自分ではなく、霜月蒼さんの『アガサ・クリスティー完全攻略』が受賞するだろう』と静かにお話されました。実際、その年は霜月さんが受賞されました。のちに霜月さんにその時の話をしたところ、『本来、受賞すべきは杉江さんだった。自分の作品は誰にでも書けるが、杉江さんの作品は杉江さんにしか書けない』と強く仰っていて、二人の友情と信頼関係の強さに深く胸を打たれました」

月村さんは「この話は、杉江さんが受賞される日まで公にしないと決めていた」と打ち明け、今回、自身が選考委員を務める任期のうちに受賞が実現した喜びを語りました。「文句なしの堂々たる受賞だった」と結び、会場から大きな拍手が送られました。

 

杉江松恋さん「ミステリー小説における犯罪とは何か」

続いて登壇した杉江松恋さんは、「この舞台に立つのは三度目ですが、受賞者としては初めてです」と会場を和ませつつ、受賞作『日本の犯罪小説』に込めた狙いを語りました。

「推理小説が"逃避の文学"だと言われることについて、ずっと思っていたことがございました。現実から目を背け、別の世界を楽しむことは読書の大きな効用のひとつです。ですが、現実の倫理や道徳と無関係だと言われることについて、多少の忸怩たる思いがありました」

そして、「現代の小説である以上、現代の政治や世情との接点が必要なのではないか」と考えたといいます。

「この考えの出発点は、『容疑者Xの献身』をめぐる論争でした。あの作品は本格ミステリーか否か――という激論が交わされた際、笠井潔さんが"読者があることを不可侵の領域に追いやることで作品が成立していて、それが社会を見る目の欠落に繋がっている"と指摘されていました。その時に、本格ミステリーであっても、社会に到達する道はあるのだ、と感じました」

その時に、これまでに読んできた、江戸川乱歩の情痴小説、石原慎太郎の暴力による階級支配を扱う小説、池波正太郎が描く暗黒街の小説などが、すべて「犯罪という二文字で結び付く」と実感したと語ります。

さらに、「私は常に"単語でものを考えてはいけない、文脈で考えなければならない"と自分に言い聞かせています。単語だけを見ると、その語義に流されてしまう。ミステリーでは、汎用的な語義が多く、たとえば"犯罪"という言葉ひとつ取っても、改めてその本質を考える機会が少ないと感じていました」

そこから、「ミステリー小説における犯罪とは何か」という根源的な問いを立て、『日本の犯罪小説』の原型ができたといいます。

「ミステリーというジャンルそのものを、犯罪という概念で再構成することができるのではないか――そう考えた瞬間に、今回の本ができたのだと思います」

授賞式の最後には、サプライズで京極夏彦さんが登壇されました。京極さんは受賞者一人ひとりにお祝いのコメントを述べ、会場からは大きな拍手が起こりました。

 

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