故郷にも住む場所にもとらわれない 75歳の実業家が貫いてきた「身軽さ」という哲学
2026年05月07日 公開
旅の計画を立てるのに時間をかけすぎていませんか。あるいは、生まれ育った場所や、今いる環境への漠然とした義務感に縛られていませんか。
実業家・中野善壽さんの旅の流儀は「計画を一切しないこと」。130の国と地域を訪れてきた中野さんは、ホテルも決めずに降り立った街で、カフェの店員に宿を頼む。それが最高の旅になると言います。
そしてその自由さは、旅だけにとどまりません。「ふるさとへの執着」「今いる場所へのこだわり」など、私たちが当たり前だと思い込んでいるものを一度疑ってみることで、思いのほか身軽になれることを教えてくれます。
※本稿は『ぜんぶ、すてれば』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を一部抜粋・編集したものです。
※同書は2020年に発売した書籍を携書化したもので、内容やプロフィールは発刊当時のものとなります。
旅は計画ゼロで。偶然の出会いが最高のガイド。
これまで訪れた国と地域は130ほど。プライベートでも海外旅行は好きです。やっぱり、自分が知らない土地、知らない文化に触れることは、心を自由にしてくれます。若い人には旅をおすすめしたいです。
僕なりの旅の流儀を一つ挙げるとしたら、「計画を一切しないこと」。とりあえず飛行機から降りて街に出たら、感じのよさそうなカフェに入って「このへんでいいレストラン知らない?」と店の人に聞く。
「高いレストランがいいの?」と聞かれたら、「あまり高過ぎるのはダメ。でも、そこそこおいしくて雰囲気がいい店がいい」と希望を言えば、だいたい教えてくれます。
そして行ってみたレストランが気に入ったら、「このへんで一番おすすめのホテルを教えて」と聞く。
センスのいい料理やインテリアを提供しているレストランで働く人は、だいたい、いいホテルを知っているんです。ホテルの名前を教えてくれたら「そこにする。今日泊まりたいから、悪いけど、予約してくれない?」とチップを添えて。次の日のランチもその調子で、行き当たりばったりの旅が面白いんです。
ふるさとに縛られるのも、幻想でしかない。
日本人がなかなか捨てきれないものの一つに、「ふるさと」があります。生まれた土地とそこに紐づいた地縁。「跡取り」として土地や家を受け継ぐプレッシャーに悩んでいる人も少なくないでしょう。とらわれる必要はない、と僕は思います。
そもそも"土着"という考え方がなぜ生まれたのか。歴史を紐解くと、それが時の為政者の施策でしかなかったことがわかります。
例えば、江戸時代の徳川幕府による土地政策。各地の生産性を維持し、江戸への必要外の流入を防ぐために土地を与え、寺などに地域の分所的役割を作ったのです。個人が土地にこだわるようになったきっかけは、人の管理と生産管理の一環でしかなかったのかもしれません。
「そんなものか」と思いませんか。
もちろん、こだわることで得られるものもあるでしょう。けれど、もしかしたら失っているものも大きいかもしれない。例えば、土地に縛られなければ外国だってどこだっていつでも飛び立てるんですから。
伝統工芸のような精緻なものづくりには継承が必須になるけれど、それも「その土地じゃないと絶対ダメ」ということはないはず。
捨てちゃいけないものなんてない。それくらいの気持ちで、一度、すべての「当たり前」を疑ってみることをおすすめします。
今いる場所を捨てる。いつでもゼロから始める。
住む土地にこだわらない。移住先の選択さえ、なりゆきで決めてしまう。そんな価値観に至った源流をたどると、子ども時代に転地を繰り返した経験が大きいように思います。
1944年生まれの僕は、家庭の事情で祖父母に育てられました。本籍は東京ですが、生まれは青森県八戸市鮫町です。小学校の頃に一度転校し、中学生の頃に再び青森へ。同級生の津軽弁がまったくわからず、一人になってしまったような心細さを感じたことを覚えています。
その後、大学は千葉に進んだので、また大移動。東京で就職してからも、香港、ニューヨーク、パリと、世界の都市で働く経験があったからか、見ず知らずの土地に行くことにはなんの抵抗もありません。
一つの場所で固定した人間関係を築くような町内会的な発想は皆無。「モンゴル遊牧民族的」な生き方とも言うべきか。どうせ新しいことをやるなら、今いる場所でやるよりも、新しい場所で始めたい。だって、今いる場所で始めたら、ここでやってきたことに影響されるじゃないですか。
いつでもゼロから出発できる。そのほうがずっといい結果を生めると信じることができれば、どこへだって行けると思います。