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認知症の親を施設へ 家での介護は「もう限界」と感じた時の伝え方

繁田雅弘(精神科医、認知症専門医)

2026年06月04日 公開

今、振り返ると、かつての認知症医療には、本人の気持ちが置き去りにされていたところがありました。「話してもわからないだろう」「どうせ忘れてしまうだろう」と考えられていたからです。

そう語るのは、認知症の人、そしてそのご家族に寄り添いながら診療を続けてきた精神科医で認知症専門医の繁田雅弘氏です。本稿では、そんな繁田氏に「施設への入所」について解説して頂きます。

※本稿は、繁田雅弘著『認知症になって幸せな人、不幸せな人』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

「僕たちのため」「母のため」両方の想いを話したらいい

今、何時かがわからない。この場所がどこかもわからない。
認知症の人の心理は、「安心安全」が保ちにくい状況です。
認知症の人、そして家族が互いに「安心安全」を保てなくなってきたとき、考えるのが、施設への入所です。
認知症の人を抱える家族が、切実に悩まれる問題でしょう。

アルツハイマー型認知症と診断された85歳の女性は、外出を勧めると「家にいたい。おっくうだ、人と話すのは嫌」と繰り返し、日に日に悲観的な言動が増えていきました。介護をしていた息子さん夫婦は共働きのため、なかなか散歩や運動につき合ってあげられないなど葛藤を抱え、かなり疲弊していました。

私は息子さんと本人それぞれに、「施設入所も選択肢の一つではないか」と伝えました。その時は二人とも黙って私の話を聞いていました。

このとき息子さんは、「母の性格からすると、精神的に落ち着いているときなら、『僕たちのために入ってくれる?』と説得すれば受け入れてくれるような気がします」と語ったうえで、「『僕たちの余裕がなくなってきちゃって、これ以上、対応できないんだ』とお願いしたほうがいいのか」「それとも、お母さんが安心して暮らすために入ったほうがいい」なのかと、語り口を悩んでいました。
私は「両方話せばいい」と、背中を押しました。

 

「家族にだまされた」なんて思ったら、その後生きてくのが大変

入所を考えるとき、「きっと施設に入りたくないだろう」と家族は勝手に気をまわして、本人と話をしなくなってしまいます。
でも「家族の正直な気持ちを伝えること」には意味があります。
家族と本人の関係は、その後もずっと続いていくからです。
仮に施設に入った後は「会いに行くつもりがない」家族であっても、その後ずっと、心の中で引きずっていくことになるでしょう。

認知症の人だって、相手が本当のことを言っているかどうかくらい、わかります。
ちゃんとした説明がなく施設に連れていかれた人は、「裏切られた」と思うでしょう。「だまされた」と。

だますと、わかるのです。
本当の絶望でしょう。「認知症」と診断されることより、はるかに深い絶望なのではないでしょうか。だって、家族を失って「孤独」になるのですから。
家族に、「見捨てられてしまう」わけですから─。
「家族にだまされたなんて思ったら、その後生きてくのが大変」と、先の息子さんは語りました。

 

妄想ではない。家族の「真意」を見抜いている

ある方も、親を施設に「1週間だけのショートステイだから」と噓をついて入れてしまったそうです。施設で親は、2階から飛び降りようとしたり、「帰る!ここは私の居場所じゃない」と言って暴れたといいます。「知っている人がいない、怖い、眠れない」と。

「『暴れるのは認知症特有の症状』と考えていたけれど、先生に『認知症の人もわかっている』と教えてもらってから、自分が親の立場だったら、『見捨てられた』と思ってパニックになるだろう、暴れるだろう、と理解できるようになった」とお話しされていました。

よく、認知症の方に対して「見捨てられ妄想がある」と言いますが、全部が全部、妄想ではないと思うのです。
家族の真意を、本人が直感していると思えることもあります。
家族への迷惑を考えて施設に入ろうと思った本人の気持ちも、施設に入ったらさみしくなってやっぱり帰りたいと思った気持ちも、両方わかってあげてほしいと思います。

 

施設に入っても「わからない」のではないか

65歳のアルツハイマー型認知症の母をもつ娘さんは、お母さんの認知障害が高度に進行して言葉をほとんど発しなくなったとき、施設への入所を考え始めました。

娘さんは「家で頑張ればまた戻るんじゃないか」と期待しており、「施設に預けるのは、本人のそういう可能性を諦めることではないか」と、その判断にかなり悩んでいました。
しかも、お母さんがまだ元気なときに、「施設には絶対に入らない!」と話していたことを記憶していたそうです。

一方で、「これだけ物事がわからなくなってしまった母なら、施設に入っても『わからない』のではないか。また、家族のために生きてきた母なら、『家族のために』入ってくれるのではないか」との想いも抱いていました。

私は「わかるか、わからないかはわからない。でも、お母さまはわかっていると考えて話したほうがいい」と伝えました。
「意思表示ができなくても、感じていることがあるはず」と。

家族が本人の気持ちを推し量って代理で判断する場合、「家族に迷惑をかけるようなら施設に入ったほうがいい」と考えるだろうという推測ではなく、まずは「自分らしく暮らすためには、どの環境が合っていると考えるだろう」と考えてほしいのです。
決して簡単なことではありません。だけど本人にとっても家族にとっても大切な決断を下すには、それが適切なやり方のように思います。

 

すべて「わかっている」

すぐに施設入所というわけにはいかなくても、「家族が出かけてしまって、お父さんが家で一人になっちゃうから、お泊りの練習だけしておかない?」などと、練習する機会を少しずつ増やしていった家族がいました。まず一泊、次に二泊、三泊と。

そのことも本人は「わかっていない」のではなく「わかっていて」、受け入れていくのだと思いました。
「申し訳ない、少しずつ諦めていってほしい」という気持ちです。

今の日本の社会では、認知症の人が一人で暮らすことはとても難しいことです。その悲しさ、孤独、絶望を、ちゃんと周りが理解することが大切です。
日本の医療は認知症患者さんに多くを背負わせています。現状では、デイケアも、施設も、十二分に個人を尊重する環境を用意してあげられないのは、どうしようもありません。

「ごめんなさい。本当にどうしようもなくて」という気持ちで本人にアプローチをすることができたら、本人の気持ちも違ってくるのではないでしょうか。

もしかしたら「そうなの、仕方ないね、わかったよ」「あなたがそう言うなら、私がつらいこともわかってくれているなら」と言ってくれるかもしれません。

本人は全部わかっていて、折り合いをつけたのだと、周りは思っていたほうがいい。泣く泣く、いろいろな可能性を諦めて、自分自身が折れて折り合いをつけたというふうに理解することが大切です。

 

「父のためを思って」

72歳のアルツハイマー型認知症の父親を抱える家族は、排泄の失敗などが続き、自宅での介護に限界を感じていました。施設への入所を考え始めるも、なかなか本人に切り出せずにいました。
家族は私に「日中は一人なので何か起こったらいけないと心配だし、本人のためと思って」と言いました。

私は「お父さまをいかに納得させるかということより、あなたたちの正直な気持ちをお父さまに伝えることのほうが大切だと思います。一見して穏やかに事が進んだように見えたご家族でも、よくよくみると本人が諦めて入所していることが多いから」と家族に伝えました。

もしかしたら家族が父親を心配する気持ちより、父親が家族を心配する気持ちのほうが強いのではと思ったのです。父親自身も、「お父さんのため」などと家族から言われるより、「子どものため」と考えて自分で決断するほうが、後々、自分自身を保てると思われました。
それは父親としての尊厳と言えます。

後日、子どもたちが意を決して施設入所について父親に話そうと思ったとき、父親から「そろそろ施設に入ろうかと思う」と言われたそうです。
子どもたちは、自分たちが取り越し苦労をしたと思ったでしょうか。

私は父親のことを真剣に心配し話し合った子どもたちの想いが、父親の前でその態度に現れていたのではないかと思いました。そしてそれを感じとった父親は、自ら入所を切りだしたのではないでしょうか。

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施設の入所を説得するときには、
家族の想いを正直に伝えてほしい。
その真意はすべて、見抜かれています。
「だまされた」という気持ちを抱えて生きるのは大変です。
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著者紹介

繁田雅弘(しげた・まさひろ)

精神科医、認知症専門医

1958年神奈川県生まれ。東京慈恵会医科大学医学部卒業。スウェーデン・カロリンスカ研究所研究員を経て、首都大学東京(現東京都立大学)健康福祉学部学部長、同大学副学長、東京慈恵会医科大学精神医学講座教授、同大学附属病院精神神経科診察部長などを歴任。栄樹庵診療所院長。東京慈恵会医科大学名誉教授、東京都立大学名誉教授。日本認知症ケア学会理事長。メモリーケアクリニック湘南名誉顧問。

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