1. PHPオンライン
  2. 生き方
  3. 「余計なものがあると思考の邪魔になる」写真家・上田優紀さんが苛酷な自然で培った習慣

生き方

「余計なものがあると思考の邪魔になる」写真家・上田優紀さんが苛酷な自然で培った習慣

上田優紀(ネイチャーフォトグラファー)

2026年06月03日 公開


撮影:上田優紀(ネパール アマ・ダブラム 2018)

ネイチャーフォトグラファーとして、ほとんどの人が足を踏み入れることのできない世界の絶景を撮り続ける上田優紀さん。2026年6月には、10年間の活動で撮影した約100点を収録した写真集『ARCA』を出版します。

人間関係も持ち物も必要最小限にし、「悩みはない」と言い切る上田さんが、やりたいことへ真っすぐ進み続けられる理由とは。写真を届けることで人々にもたらしたい"心の豊かさ"についてもうかがいました。

 

肋骨を骨折した状態でアマ・ダブラム登山

――過去に書かれていたエッセイで読んだのですが、ヒマラヤ山脈のアマ・ダブラムで肋骨を骨折された状態で登り続けたとのこと。その時はどうやって足を前に進められたのでしょうか。

【上田】その時は割と冷静でした。滑落して肋骨を折ってしまったんですが、息を吸うとこれぐらい痛い、歩くとこれぐらい痛い、という痛みの度合いを確認して、自分の体力も含めていけると判断しただけです。

肋骨が折れたからといって心が折れているわけじゃない。絶対に登りたかったから。病院まではヘリコプターで行くしかない場所だったので、手持ちの道具でどう調整できるかを全部やって、こういう歩き方、こういう呼吸の仕方だったら頂上まで行ける可能性があると思ったんです。

しかも一度、頂上まで300mというところまで行っていたんですよ。天気が悪くなって、これは登ったら死ぬと判断して一回下まで降りて、その途中で怪我をしました。頂上が見えるところまで行けたから、この痛みだったらいけるかもしれないと思って、じゃあ行こうと。

成功率は30~50%ぐらいかなと思っていましたが、途中でどうしてもダメとなったら自分の足で下りれる範囲で引き返すつもりでいました。痛みで歩けなくなったらやめるけど、痛くても足が進むのにやめる、という考えはなかったですね。

――山では持ち物やできることも限られているから、より合理的な判断ができるのかもしれないですね。

【上田】そうかもしれないです。シンプルにしていくことが重要なんだと思います。余計なものがあると、いろんなことを考えてしまって思考の邪魔になる。山や苛酷な自然環境では特に、判断がシンプルになるから決断も早いし、できることをやるという思考になりやすい。

 

やりたいことはやる。余計なものは周りに置かない


撮影:上田優紀(ネパール エベレスト 2021)

――日常の中で何かに悩んだりすることは......日頃、過酷な環境に身を置いていらっしゃるので、個人的な印象ではあまり悩むことはないのではと思ってしまいました。

【上田】悩まないですね。逆に何か悩みがあるんですか?

――やっぱり悩みがちなのは人間関係などでしょうか。

【上田】友達と呼べる存在が2人ぐらいしかいないので、悩まないんですよ。余計なものを周りに置きたくないんです。人でも物でも。多いことが好きじゃないというか、周りにたくさんある状態が居心地悪く感じるので。友達も多い必要はないと思っているし、仕事も一人でやっているし、人間関係の悩みがない。

――人からどう見られるかもあまり気にならない、と以前インタビューのなかで答えていらっしゃいましたね。

【上田】気になりませんね。僕は自分に対して正直で、やりたいことはやる、やりたくないことはやらない、置きたくないものは置かない。

そういう生き方をしているので、自分を良く思っていない人もいると思うけど、変えられないじゃないですか、自分の生き方は。変えようとも思っていないし。だから、この生き方を肯定してくれる人、写真を見て喜んでくれる人の方を向く方が建設的だし、他人の評価を気にしても自分の生き方が良くなるわけでもない。

こういうアートの世界って、他人の評価が直結することもあるんですけど、それを気にしていたら新しいものは作れない。こういう写真の方が売れるからこういう写真にしようとか、そういう雑音を入れたくない。自分の生き方に墨のように黒いものをポタっと一滴でも落としたくないから、周りの目を気にしないのはそこからきています。

――そのような生き方に至るまでに、参考にされてきた人物はいますか?

【上田】あまりいないんですけど、父親が割とそういう人でした。考古学者で、もう亡くなったんですが、本当に自分の好きなことしかやらない人で。子どもがいるのに1年のほとんどを海外に行って発掘調査をして、たまに2週間ぐらい帰って、また半年行く、といったことをずっとやっていた。

子どもながらに、それだけ好きなことがある人はかっこいいなと思っていました。親としては失格だなとも思っていましたけど、生き方は人としてかっこいいなと。もしかしたらその影響を受けているかもしれないですね。

――もしも読者から「考えすぎてしんどい」という悩みを受けたら、何と言葉をかけますか?

【上田】難しいですよね。考えなきゃいいじゃん、とは簡単に言えない。僕はこうだけど、この生き方が全員に当てはまるとは思っていない。人それぞれベストの回答があるのが人生だから、こうしなさいとはなかなか言えない。

強いて言えば、自分がいいと思う人生を進むために必要なことは何か、を掘り下げてみることじゃないかと思います。

どう生きたいか、死ぬ時に後悔しないためには今何をしなきゃいけないか。その前提の中で、周りからの声にどうアクションするか。無視するのか、受け入れるのか、従うのか。どれを選ぶかは人それぞれですが、今自分の周りにある手段の中からシンプルに選んで考えていくことなのかなと思います。

 

見たことのない風景が心を豊かにしてくれる


撮影:上田優紀(トンガ ババウ島 2024)

――世界一周中に撮った写真を他国の人に見せたら反応がすごく印象的だったと過去におっしゃっていましたが、それが原体験として今に直結しているということでしょうか。

【上田】その経験がそのまま今に直結しています。この地球の隅っこの方にある美しい風景を誰かが知る、ということが何かの喜びになってくれればいいなと思っているし、それを写真というものを通じてやっていきたい。ラッキーだったのは、まだ何者にもなれる時期にそれと出会えたこと。あの経験があって、今があります。

――「見たことのない風景が心を豊かにしてくれる」とよくおっしゃっていますが、その「豊かさ」をどう定義されますか?

【上田】僕が届けている風景は、多くの人が行くことができない場所、出会うことが難しい現象や動物、エベレストのように一生見ることなく過ごしていくような風景です。

生きていく分には必要がない風景なんですよ。でも、こういう想像もできないものと出会った時に、人の心に好奇心や想像力が生まれると思うんです。その好奇心を持ったり、ちょっと挑戦してみようかなという気持ちになっていることって、心が豊かになっているということの一つなんじゃないかと。

しかもこれって、人間の原始の部分に近い感情だと思っています。僕たちの祖先がアフリカで誕生して、ヨーロッパへ、北米へ、南米まで「グレートジャーニー」を歩いて今の人間になっているわけですが、わざわざ危険な場所を旅し続けたのって、好奇心なんじゃないかと思うんです。

未知への憧れや好奇心は、みんなが原始から持っている感情で、それを刺激した時にドキドキする。それは豊かになっている瞬間じゃないかと。そういうことを写真から感じ取ってもらいたいなと思っています。

(取材・執筆・撮影:PHPオンライン編集部 片平奈々子)

著者紹介

上田優紀(うえだ・ゆうき)

ネイチャーフォトグラファー

1988年、和歌山県生まれ。京都外国語大学を卒業後、24歳の時に世界一周の旅に出かけ、1年半で45ヶ国を回る。帰国後は株式会社アマナに入社。2016年よりフリーランスに。
2018年にアマ・ダブラム(6,812m)、2019年にマナスル(8,163m)、2021年にはエベレスト(8,848m)登頂。「想像もできない風景は見た人の心を豊かにする」を信念に、世界の極地や野生動物の撮影を積極的に行っている。著書に『空と大地の間、夢と現の境界線 ─EVEREST─』(玄光社)、『エベレストの空』、『七大陸を往く 心を震わす風景を探して』(ともに光文社新書)がある。

関連記事

アクセスランキングRanking