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生き方

「人生はいつ途絶えるかわからないから」元プロ野球・高沢秀昭さんが還暦で選んだ保育士の道

高沢秀昭(保育士、元プロ野球選手)

2026年05月26日 公開

元プロ野球選手の高沢秀昭さんは、7年ほど前に球団での仕事を辞め、その後一から勉強をして保育士になりました。年のせいにも、先送りにもしない。「今」が絶好のチャンスだと高沢さんは語ります。(取材・文:若林邦秀)

※本稿は『月刊誌PHP』2026年5月号から一部抜粋・編集したものです。

 

61歳で保育の専門学校に入学

僕は還暦を過ぎたころ、それまで身を置いていた野球界を離れ、保育の道に進むことを決めました。

僕はもともとプロ野球選手をしていて、現役引退後はコーチを務めたのち、球団の野球教室で子供たちに野球を教えていました。中にはキャッチボールがうまくできない子もいますが、それでも捕球できることがある。 「おお、やったね!」と声をかけると、 とてもうれしそうな顔をするんです。子供たちが喜ぶ姿を見るのをいつも楽しみにしていました。

野球教室は10年続けましたが、球団での仕事は一年ごとに契約を更新します。2019年に会社から打診された次の契約は、野球教室の若手コーチの育成でした。子供たちと触れ合う機会が減るのならばと、退職を決めたのです。

次の就職先を考えるにあたって、真っ先に頭に浮かんだのが保育園でした。子供と接することの楽しさが忘れられず、とにかく子供と関わる仕事がしたかった。近所の保育園を飛び込みで訪ねて回り、「何でもやるので、雇ってもらえませんか」とお願いしましたが、保育士の資格がないと難しいと、軒並み断られてしまいます。

そんな中、とある保育園の施設長に「そんなにやる気があるなら、資格を取られたらどうですか」と勧められました。そこで、61歳で保育の専門学校に入学しました。

学校に通って何かを学ぶのは40年以上ぶりのこと。机に向かって勉強するのが新鮮で、毎日わくわくしながら、18、9歳の若者たちと過ごしました。以前、球団で2軍コーチを務めたときに20歳前後の選手と関わっていたので、若い世代との交流に不安はありませんでした。

苦労したのは、ピアノの習得です。専門学校では定期的に試験があり、課題曲を弾けるようにならなければ、単位がもらえません。ピアノは未経験でしたので、楽譜の読み方や指の使い方から学びました。近所のピアノ教室にも通って特訓してもらいましたし、家ではかつて娘が使っていたピアノを弾いてひたすら練習する日々。

また、保育園での実習も経験しましたが、早朝に家を出て、8時間の実務を終えて帰宅後に日誌を書いていると、深夜を回ることもありました。大変でしたが、「乗りかかった船だから、保育士になれるまでやり切ろう」という気合いだけはあったんです。

そうして専門学校の卒業と同時に資格を取得し、63歳で保育士になりました。卒業する前の年に、資格取得を勧めてくれた保育園から内定をもらっていたので、2022年の春からそこで働いています。

 

悔いなく生きるために

何事も、まずは一歩踏み出すことが大切な気がします。挑戦してみて、想定外のことが起きたり、思うようにいかなかったりすることもあるでしょう。でも、そのときに軌道修正すればいいんです。

僕自身、実は保育園に就職して2カ月で休職してしまいました。入社してすぐ1歳児の担当になったのですが、子供と接するには、常に前かがみになる必要があります。前傾姿勢を続けるうちに腰を痛めて、椎間板ヘルニアになりました。

すぐに手術を受けましたが、保育士を続けていけるか自信を喪失。仕事に穴を開けるのも申し訳なく思い、一時は退職も考えました。でも施設長が、「せっかく資格を取ったのだから、仕事をやめるのはもったいない」と言ってくださったんです。3ヵ月の休職を経て正社員からパートになり、一日6時間、週4日働いています。

僕は今の職場が好きですが、保育士の資格を生かせる仕事は意外と幅広いんです。学童での放課後児童支援員や、児童養護施設で働く道もある。今後もさまざまな選択肢があると思うと、気が楽になります。

保育園では、お預かりしている大切なお子さんの命を守るという緊張感が常にあります。その責任の重さを感じながら、子供たちの成長に驚く日々です。入園時は首がすわっていない子が、半年も経つとハイハイやつかまり立ちをし始める。言葉を話せなかった一歳児が、僕を見て「じいじ」と言うようになる。一人ひとりの個性や成長の違いを見守るのも、楽しいものです。

みなさんの中には、「今から始めても」と年齢を理由にあきらめたり、あるいは、今始めなくてもとか、もう少し環境が落ち着いたらなど、先送りにしたりする方もいるかもしれません。でも、人生がいつ途絶えるかは予測できませんよね。

僕は13年前に、妻を亡くしました。享年56でした。がんと闘いながら、日に日に衰えていく彼女を前に、人生の残り時間は誰にもわからないと痛感したんです。

以来、何事も思い立ったらすぐ実行しています。グズグズと迷う時間がもったいないし、人生は一度きり。本当にやりたいことに挑戦する絶好のチャンスは、いつも「今」だと思います。これからも一日一日を悔いなく過ごしながら、よりよい人生にしていこうという志を持ち続けたいです。

 

【高沢秀昭(たかざわ・ひであき)】
1958年、北海道生まれ。’79年、ロッテオリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)に入団。’92年に現役を引退。翌年からロッテでコーチを務める。2010年、野球教室「マリーンズ・ベースボールアカデミー」でコーチに就任。’22年に保育士資格を取得し、横浜市の大豆戸どろんこ保育園で勤務する。

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